第10話【怪人口裂け女】5
私たちは落ち着いて話せるここから近所の喫茶店に移動することにした。“口裂け女”の両側に所長と橘くん、後ろに赤いランドセルを背負った私、移動というよりは護送に近い配置だ。ちょっと待ってほしい。私はランドセルを背負ったままではないか、車に戻ってランドセルを置きに行きたい……などといえる雰囲気ではないので我慢することにした。
少し歩いて目的地の喫茶店に着く。喫茶店は開き戸を開けるとカランコロンと鈴が鳴るレトロなお店でお客さんは私たちだけだった。カウンター奥にはコーヒーの抽出機器が並び、素人の私でもそのこだわりが随所に垣間見られる。
「四人なのですが。今のお時間大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
白髪に髭を蓄えたマスターは低く渋い声だ。間違いなくここはコーヒーの美味しいお店だ。
四人席の窓際奥に“口裂け女”その横に橘くん、窓際手前に所長その横に私と席に着き各々に注文を行う。
「僕はホットコーヒーをブラックで」
所長は手の平を上に向け“口裂け女”に注文を促す。
「私もブラックで」
「じゃあオレもブラックで」
「カフェオレで」
“口裂け女”を含めた三人の『コーヒーにこだわった喫茶店でカフェオレなど頼むな』と言わんばかりの冷たい視線が私に集まる。
「カフェオレで、砂糖は多めにお願いします」
どんなにコーヒーにこだわっている美味しいお店でも私の主義は変わらない。ミルクが沢山入って甘い方が好きなのだ。
「みなさんそれぞれに好みはありますし、私としては美味しく飲んでもらえる方法で飲んでいただいた方が嬉しいですよ」
(……流石はマスターだ。よくわかっている。それに小学生でもない女が赤いランドセルを背負って現れても、眉一つ動かさずに対応するプロ意識の塊である)
私は得意げに頷いた。
コーヒーとカフェオレが席に届いたところで所長が口を開く。
「さて、落ち着いた所で先ほどのお話の続きをしてもよろしいですか?」
「はい」
“口裂け女”は不安げな様子で俯いている。
「正直に事情を話していただければ祓うというような物騒な話にはなりませんから安心して下さい」
所長は優しく笑いかける。しかしそれは正直に話さなければ祓うと言っているのと同義ではないだろうか。
「わかりました。正直に何でもお話します。私が『なぜ小学生を驚かせていたか』でしたね。その前に少し長くなりますが私自身の在り方というか、私が何者であるかについて説明させて下さい。怪異や妖怪と一口に言っても大きく二つに分類されます。実体が無いか、有るかです。実体の無いものの代表として幽霊があり、幽霊は人や物、場所に縛られるという特徴があります。俗にいう憑りつくというものです。その幽霊はどうやってできるかですが、穢れや瘴気と呼ばれるものが濃い場所であることが第一条件で、そこに怨念や悪感情が集まる事が第二条件、最後に観測する人間がいてその存在がそこにあってもおかしくないと思えるだけの根拠、これが第三条件です。第一、第二の条件を満たせば幽霊として存在することはできますが、第三条件を長期間満たせなければ自然に消滅します。ここまでは祓い屋さんなら多くの方がご存じだと思います」
「幽霊ってこの世に未練を残した故人の霊魂じゃないんですか?」
私は話が一区切りするまで待って疑問をぶつける。
「未練を残さないで天寿をまっとうできる人間なんてほとんどいませんよ。それだとこの世は幽霊まみれになっています。基本的に霊魂は供養されるとこの世を去ります。残されるのは残留思念です。よく見る黒い靄ですね。強い残留思念の中でも悪感情によるものが死後の怨念と呼ばれます。つまり幽霊は故人そのものではなくて故人の残した感情の塊のようなものなのですよ。すいません、木花さんが話を止めてしまって。続きをお願いします」
「……はい。次は実体のあるものです。有名なものは生きている人や動物から怪異に転じたもので、“鬼”があります。これは生きている人間や動物が“呪い”により変化したものです。“呪い”は他者からかけられるもの以外に自分自身の悪感情が怨念へと変化して自己を呪うというものもあります。“鬼”も怪異なので“幽霊”と同じで第三条件の観測者がいなければ徐々に弱体化して消えてしまいます。実体のあるものの特徴として食物を必要とすることです。肉体があるので当然ですね。例外的に休眠状態や封印状態では食物を必要としないようですが……」
(……怪異だけど食べ物が必要なのか、この点は実体の有る無しで決まるのか。そういえば以前、花ちゃんが自分には食べ物は必要がないと言っていたな)
「それでは私はどうなのか? ということなのですが……私は実体を持っていますが生きている人間が転じたものではありません。死体から作られた怪人です」
「怪人ですか?失礼ですが、僕が“怪人”と言われて想像するのは特撮モノの悪役なのですが……」
「正直その認識も大きく外れてはいません。特撮モノの怪人は悪の秘密結社に産み出されますが、私たちは”穢れ様”によって産み出されました」
「“穢れ様”ですか?初めて聞いた名前ですね。それは何モノなのですか?」
「何モノか? と問われると“超高濃度で巨大な穢れの塊”であるという以外は実際に産み落とされた私も理解はしていません。“穢れ様”は近くにある人や動物の死体や残留思念、そして霊魂、つまり人や動物の魂を吸い込みます。“穢れ様”に吸い込まれた魂は天に昇ることも輪廻の輪に還ることも黄泉の国に行くことも出来ず、個としての自我や記憶をバラバラにされて自分も含めて誰か、何かの肉体、魂とランダムに合成されます。そこで産まれたモノの内で人としての特徴が強いモノを“怪人”、それ以外の特徴が強いモノを“怪物”と呼ばれます。“穢れ様”がその合成を意思や目的があってやっているのか、そもそも意思があるのかさえも分かりません」
「そこから産まれた“口裂け女”さんでさえも“穢れ様”には不明な点が多いのですね」
所長は顎に手を置いて熟考している。




