第10話【怪人口裂け女】4
「所長? 本当にこれを背負わなければいけないんですか?」
「アハハハッ! よく似合いそうじゃない早く背負って見せなさいよ」
鏡花ちゃんは私の机の上に置かれたランドセルを指差して大笑いしている。橘くんもその言葉を聞いて声を殺して肩を振るわせ笑っている。
ランドセルは所長が凜さんに頼んで実家から持ってきてもらった物だ。ご丁寧にランドセルのかぶせの横からリコーダーまで顔を出している。凜さん曰く「リコーダーもあった方がリアリティあるでしょ。あと、咲耶ちゃんが背負っている姿の写真を送ってね」とのことだ。百歩譲って背負ったとしても写真で残されるのはごめんだ。
「小柄な木花さんならランドセルを背負えば後ろ姿は小学生に見えないこともないかなと思いまして、実際の小学生に囮をお願いすることもできませんし……なんとかお願いできませんか?」
所長は申しわけなさそうに手を合わせる。
「仕方ないですね。小柄なのは事実ですが、小学生すら惑わす成人女性としての内面の色気が溢れて『こいつ小学生じゃないな。色気が溢れ過ぎている』と気が付かれても私のせいじゃないですよ。それは所長の人選ミスですからね」
「……」
「……」
「……」
三人の沈黙に耐えかね、私は観念してランドセルを背負った。その姿を、所長は一言も発さず携帯電話のレンズに収める。
翌々日、予定を調整し私、所長、橘くんの三人で実際に“口裂け女”に会うべく調査に向かう。
三人の小学生からの聞き取りで共通していた出現場所、団地の前でランドセルを背負った私が一人で立って囮になり“口裂け女”を誘き出す。その際に所長と橘くんは団地の前の植え込みの影に身を隠し“口裂け女”が現れたら飛び出して捕獲する。という作戦だ。
そして私にも秘策がある。“口裂け女”といえばこれだろう。という《《あるもの》》をスーパーから買って上着のポケットの中パンパンに詰め込んでいる。所長からは、「効果があるかはわからないので過信してはダメですよ」と言われてはいるのだが、ないよりはましだと思う。
日も暮れてきて、先ほどまで騒がしく団地の前で遊んでいた子供たちは家に帰った様子で少し離れた幹線道路を通る車の走行音がハッキリと聞こえる。そんなとき、背後から何者かに声を掛けられ振り返る。
「私、綺麗?」
声の主は鼻元までの大きなマスクをしてはいるが、ツヤツヤのロングヘアーの黒髪をさらさらと風になびかせ、白色で太ももまでのタイト目なスタンドカラーコートを着た女性だった。
(……あれ?聞いている特徴と違う。この人は“口裂け女”ではないのかな?)
「はい。ツヤツヤでさらさらなロングヘア―がとてもお手入れに気を使っているのだなと思いましたし、タイト目なスタンドカラーコートはお姉さんの一見スレンダーだけど、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる抜群のスタイルを際立たせています」
自分で言っていて真逆の言葉を最近聞いたことを思い出す。
私の言葉を受けて女性はうんうんと満足そうに頷くと踵を返し、一歩進んだ所で何かを思い出したように、ビクンと止まって私に体を向けるとマスクに手をかける。
「……これでも?」
女性はマスクを取ってその口元を露わにする。
女性の口は痛々しく耳に届くほどに裂けて、それを強調するように口角を上げているので奥歯や口腔内の両奥がハッキリと見える。
(……これはやっぱり“口裂け女”で間違いないね)
「ポマードポマードポマードポマード、ポマードポマードポマードポマード……」
私は“ポマード”と連呼しながらポケットの中の秘密兵器“べっこう飴”を取り出してポイポイと次々に“口裂け女”に投げつける。
「ヒエーッ、ポマード怖い、べっこう飴も怖い」
“口裂け女”は耳を押さえてしゃがみ込み震えている。
所長と橘くんは植え込みから飛び出して“口裂け女”を囲むように私の正面に立つ。所長たちが来たのに気が付いたのか“口裂け女”は震えながら一瞬顔をあげる。
「ヒィッ、化け物!!」
“口裂け女”は橘くんを見て悲鳴ともつかない声をあげた。
「ふざけんな、誰が化け物だ! ポマードポマードポマードポマード……」
「ポマードポマードポマードポマード、ポマードポマードポマードポマード……」
私と橘くんの叫ぶ『ポマード』が、夜の団地に幾重にも重なって響き渡る。図らずも始まった完璧な輪唱に、私は妙な高揚感を覚え始めていた。
「ストップ!! 二人ともやめなさい! “口裂け女”さんが泣いているじゃないですか」
所長の声で我に返った私は“口裂け女”の顔に視線を移す。へたり込んで、たしかに泣いている。それも号泣だ。
「もうやだ。なんなの。さっきからやめてって言ってるのに……ひどいよ」
“口裂け女”は鼻をすすりながらコートの袖で涙を拭いている。
「あっ、ごめんなさい。橘くんと私の声がこだまして響いていくのがなんだか楽しくなっちゃって」
私は“口裂け女”に向かって頭を下げる。
「ほら橘くんも」
所長は橘くんの背中をポンと叩く。
「いや、でも樹さん。こいつが化け物って……」
所長が眉間に皺を寄せて橘くんを見た。
「ごめんなさい」
橘くんは納得がいかない顔で謝罪する。
「申しわけありません。二人がやりすぎてしまったみたいで……立てますか?」
「はい」
“口裂け女”は泣き腫らした顔で立ち上がりコートの裾をはらいマスクをつける。
「あなたは“口裂け女”さんで間違いないですか? 僕は小早川探偵事務所所長の小早川と言います」
「はい。自分から名乗ったことはないですが、私は“口裂け女”といわれています。それで、探偵さんが私に何の御用ですか?」
「あなたが小学生を驚かしていたことが問題になっていまして……ここでは何ですし、静かに話せる場所に移動しましょうか?」
「えっ!? わかりました……」
一瞬橘くんの方へ視線を向けた様子から自分に拒否権もなく逃走しても無駄なことを理解したのだろう。
私は放り投げたべっこう飴を急いで拾ってランドセルの中に仕舞う。
(……食べ物は粗末にしてはいけないからね。後で美味しくいただこう)




