第10話【怪人口裂け女】3
「それで、どこで“口裂け女”と会ったの?」
「あれは三週間前の火曜のことです。一旦下校して家に帰り……僕の家、この小学校の近所なのですが、お姉様さえよろしければ今からご案内しますよ」
「行かないから。それより話を早く進めて」
「は、はい。その冷たい視線……でへへっ。家に帰った後に僕のお気に入りのお姉さんがいる……まぁ木花お姉様に会った後では僕にとっては過去のお姉さんですがね。パン屋さんに向かったのです。お姉さんと談笑していると外はもう薄暗くなっていました。僕は早足で家に向かって歩いていたのですが、この小学校から見て東側にある団地の前で正面から歩いてきた女性に声を掛けられました。『私、綺麗?』って。こんな僕ですが、逆ナンパをされた経験は初めてだったので驚きました。その女性の身長は百六十センチくらい、少しボサボサで艶のない黒髪のロングヘアーで茶色の大きめなロングコートを着ていました。そして一番に特徴的だったのが鼻の根本まで隠れる大きなマスクをしていました。自分が綺麗かと尋ねるその女性に僕は『とりあえず髪のコンディショナーは変えた方が良いかもしれませんね。ドラッグストアで店員さんに相談すれば良い商品を教えてくれますよ。あと、大きめなロングコートがいけません。服装全体が重たく見えますし女性らしいボディラインが隠れてしまいます。その二点を改善すれば十分にお綺麗になれると思いますよ』と僕なりのアドバイスをしました。そんな僕の言葉に感銘を受けたのか少し引き攣った目元でマスクを外して素顔を見せてくれました。『……これでも?』と自信なさげに。彼女の口は頬まで裂けて痛々しく奥歯や歯茎が見えていました。僕も紳士の端くれです。女性が自らウイークポイントを見せてくれたのですから何とか褒めてあげなければと思い頭をフル回転させました。そこで『海外では口が大きく口角の上がった笑顔の女性は健康的で自信に満ちていて魅力的だと言われています。自信を持ってください』とアドバイスをしました。その言葉に満足したのか女性は何も言わず早足で歩いて行きました。その女性が所謂“口裂け女”だと気が付いたのは二週間ほど前にクラスの女子の噂を聞いた時です。そうです。僕の逆ナンパ体験は幻だったのです」
柴崎くんは悲しそうに俯く。
私は何を聞かされているのだろう? 柴崎くんのクセが強すぎてこんな子に声をかけた“口裂け女”が不憫になってくる。
「怖くはなかったの? その女の人は口が裂けていたんだよね?」
「その時の僕は逆ナンパをされたという興奮状態だったので怖いとは感じませんでしたね。そして今は木花お姉様に出会えたことであの時の倍は興奮状態です」
柴崎くんは鼻息の音が聞こえそうな程に目を血走らせ前のめりに話す。
「それでお姉様……素直に自分の恥ずかしい話をした報酬と言ってはなんですが、一度でいいので僕のことを『この豚が!』と罵っていただけませんか?」
「えっ? 嫌だよ。気持ち悪い」
「ブヒィ! ありがとうございます」
柴崎くんは鼻息を荒くして満面の笑みで感謝している。私は何を感謝されているのだろう。
「柴崎くん。話はもういいから早く教室に戻って帰りの準備をしなさい」
金川先生はひどく疲れた様子で言った。
「でもお姉様との連絡先の交換がまだなのですが?」
柴崎くんは不思議そうな顔で金川先生を見る。
「キミと連絡先の交換なんてしないよ。キミとは会うことはもうないだろうし、次の子の聞き取りもしたいから早くここから出て行ってくれると助かるかな」
私がそう言うと柴崎くんは満面の笑みで「ありがとうございます。早急に立ち去ります」と言って教室の出口へ駆けていく。彼は先ほどから何に感謝しているのだろう。
教室の外で柴崎くんが友達と話す声が聞こえる。
「キモ崎。あの可愛いお姉ちゃんどんな人だった?」
「おい、お姉ちゃんじゃない。《《お姉様》》だ。二度と間違えるなよ。この愚か者がっ!」
「おっ……おう。なんかよくわからんがすまん」
柴崎くんとその友人の声は徐々に遠ざかっていく。
「……すいません。あの子、あまりいないレベルでクセが強くて、でも勉強も運動も出来て決定的な問題は起こさないのです。学校の近所にあるお店の女性たちからは『何も買わずにお店に来て、冷たくしても強く注意しても喜ぶばかりで困っている』という相談を受けるのですが、犯罪や非行というわけではないので強く言えず……最近では女子から罵倒される為に自分からキモ崎と周りに呼ばせているみたいです」
あんな子と毎日接しなければいけない金川先生は大変だろう。私なら一週間もしないうちに心労で倒れそうだ。
「じゃあ、私……気に入られてしまったんですか?」
「はい。おそらく。初めは優しそうな外見で冷たくしてくれなそうな木花さんが不満だったみたいですが……」
金川先生は大きくため息を吐く。先生よ、その言い方では私は外見だけで中身が優しくないみたいじゃないか。心外である。
私の後ろで見ていた橘くんは口を半開きにして呆然としている。
その後、柴崎くんの後に聞き取りをした女子児童二人は普通の子で普通に“口裂け女”が「怖かった」と言っており安心した。女子児童たちは二人で下校中に柴崎くんと同じように団地の付近で声を掛けられたという。声を掛けてきた女性(口裂け女)は百六十センチくらいでボサボサのロングヘアーと大き目な茶色のロングコート、そして鼻元まで覆う大きなマスクという格好だったとのことだ。『私、綺麗?』と声をかけて『……これでも?』とマスクを外す。裂けた口を見せた後、女子児童たちはその女性から何かをされたということは無く、女子児童が自分の姿を見て怖がる様子を見て、うんうんと頷きながら満足して帰って行ったという話だ。“口裂け女”と思われる女性は何がしたかったのだろうか?
ただ聞き取りを行うだけなのに随分と疲れた。ほとんどは柴崎くんのせいなのだが。
事務所に戻ると疲労を押して聞き取りの報告書を作成して所長に提出した。だが私には一つだけ懸念があった。聞き取りの報告書という性質上、会話の内容を可能な限り忠実に書き起こさなければいけないのだ。
報告書を読んだ所長は案の定、お怒りのようで眉間に皺を寄せている。
「木花さん。また報告書でこんな酷いおふざけをして。こんなクセが強すぎる小学生がいるわけがないじゃないですか」
そう言われた私と橘くんは俯く。
「えっ!?本当に実在するのですか?冗談ですよね?」
所長は慌てている様子だ。
「オレは木花が書いたその報告書を読んではいませんけど、そこに書かれている柴崎という小学生は実際に存在します。正直、その辺の怪異より厄介な奴です」
橘くんは真剣な顔で所長に言った。
橘くんの言葉を受けても所長は半信半疑の様子で報告書を見ながら首を傾げている。




