第9話【トイレの花子さん】10
私は花子ちゃんのいる中学校へ向かうバスを降りると、近くのコンビニで缶の紅茶とプリンを二つずつ買って校門の前に立つ。
所長から学校に入る前と出た時に必ず電話をするように念押しされていたので「今から入りますね」と連絡を入れた。所長は「何かあったらすぐに連絡してくださいね」と心配しているようだ。心配してくれるのは有難いのだが、ギリギリになって自分の予定をキャンセルして同行しようとするのを止めるのは骨が折れた。鏡花ちゃんの「この子だって自分の身は自分で守る術はあるのだし、何かあっても逃げるくらいは出来るわよ。それに今日の依頼人の女の子はストーカーに付け回されていて、今日あたり何かあるかも知れないって言ってたでしょ?そっちの方が心配よ」という言葉に促されて渋々同行を諦めたのだ。
正門を開けて現れたいつもの用務員さんは私を見ても訝しんだ目では無く、明るい笑顔で迎えてくれる。
「今日は一人かい?大変だね。そう言えば学生たちの間で『いじめっ子を懲らしめる正義の花子さんが出た』なんて噂が流行ってるみたいだよ。まぁ、お嬢さんは人をいじめるようには見えないから大丈夫だと思うけど気を付けるんだよ」
用務員さんはそう言うとニコリと笑い私に鍵を渡す。
この用務員さんの反応は私たちが来ている目的を察してのことだろう。毎度、怪しまれるより笑顔で迎えてもらえる方が有難い。
一人で歩く校舎内は暗さもあり少し心細い。周囲からヒソヒソと声が聞こえて来る。敵意を向けられているというよりは小さな声で話し合っている様子だ。
「こんばんはー! 七不思議さんたちー! 今日は私が花子ちゃんと遊びに来たよー! 少しだけお邪魔するねー!」
私が少し大きな声で言うと声は校舎内で反響して響いていく。
「いらっしゃい……」
少し遠くから声が聞こえる。良かった。受け入れてくれているようだ。
三階のトイレの三番目の個室の前でふと思った。あれ?私が来ていない時は所長がここで三回回ったんだよね。所長がトイレの個室前で華麗にターンを決める様子を想像して声を出して笑った。
笑いながら三回回ったせいでバランスを崩しかけたが、何とか回れて三回ドアを叩く。
「フフッ、花子ちゃん。遊びにきたよ。アハハっ」
「どうしたの桜のお姉さん?」
個室のドアが開き花子ちゃんが姿を現す。
「いや、ちょっとね。私が来ていない時に所長が三回回るのを想像して……プッ」
華麗に三回回った後にポーズを決める所長を想像して吹き出してしまった。
「あ~……回ってたね。すごく恥ずかしそうに下を向いて……」
「プッ……アハハハハっ!!」
そっちの方だったか。
「ごめんごめん。ちょっと笑いのツボに入っちゃって。では改めて、今日から担当になりました。木花咲耶です。お近づきの印にさっきコンビニで買ってきたの。プリン。一緒に食べようと思って」
私はコンビニのレジ袋からプリンを取り出して花子ちゃんに見せる。
「私に? 私はお化けだから人間と違って物を食べなくても平気だよ?」
花子ちゃんは不思議な顔で私を見る。
「でも食べられないってわけではないんでしょう?」
「うん。まぁ、たぶん」
「それじゃあ一緒に食べよう」
私はプリンとスプーンを花子ちゃんに渡して、コンビニ袋から自分のプリンを取り出しフィルムを剥がしてスプーンで一口分すくって口に入れる。
「うーん。美味しい!」
そう言った私を見て、花子ちゃんは自分のプリンのフィルムを剥がして恐る恐る口に入れる。
「ん!?」
花子ちゃんは釣り目の目を真ん丸にしてプリンと私を交互に見る。
「どう?美味しかった?」
「うん。すごく」
花子ちゃんはニコリと笑う。
プリンを食べ終えて缶の紅茶を鞄から取り出す。鞄の中にしまっておいたお陰でまだ温かい。紅茶を美味しそうに飲みながら花子ちゃんは呟いた。
「ごめんね」
「えっ?何が?」
「人間ってトイレで物を食べないんだよね?」
「まぁ、好んで食べる人は少ないかな」
「私がトイレから出られないから……」
「別に気にしないでよ。お土産持って来たのは私だし。それに、花子ちゃんは『特別な花子さん』みたいだしその内にトイレから自由に出られるかもね?今は『いじめっ子を許さない正義の花子さん』って噂されているみたいだよ」
「やめてよ。それは他の子から聞いて知っているけど、そんなのじゃないから!」
私たちは紅茶を飲みながらしばらく談笑をして
「それでね。橘くんったら……もうこんな時間だ。あまり連絡が遅くなると所長が心配するから帰らなきゃ」
「そっか……」
花子ちゃんは少し寂しそうに呟く。
「あっそうそう。私から花子ちゃんに一言だけ言いたいことがあるの。花子ちゃんは前に『お化けと人間が友達になれるワケがない』って言ったけど、一緒にプリンを食べて楽しくお話して……ってこれは私と花子ちゃんはもう友達だと言えるね!」
「たしかにそうかも」
花子ちゃんはキョトンとした顔で私を見ている。
「それでね。『花子ちゃん』ってちょっと長いから『花ちゃん』って呼んでも良いかな? そっちの方が友達っぽくて、特別感が増すかな……なんて思うんだけど」
「別にいいけど……」
花ちゃんは少し照れている様子で私から視線を逸らす。
「それじゃあ、花ちゃん! また来るね!」
私はそう言って手を振りながら花ちゃんのトイレを後にする。




