第9話【トイレの花子さん】8
「次の日、目の下に隈を作って暗い顔をした優子が掃除をしていると、あの女が肩を震わせながらやって来て言った。『優子!あんた、さっきバスケ部の前田くんと話したでしょ!あんたみたいなブスが前田くんと話したら前田くんが汚れるのよ!!』そう言われて優子は『それはたまたま授業のグループワークで……』『うるさい!口答えするな』そう言ってあの女は平手打ちをして、屈み込んで打たれた顔を押さえる優子の体に蹴りをいれた」
「『そうだ、良いこと思いついちゃった。二人ともちょっと逃げないように優子押さえといて』あの女はそう言うと掃除用具入れに近づきモップを取り出す。モップの柄の方を優子に向けるとニヤニヤと笑いながら、取り巻き二人に抑えられ『嫌、離して』とあばれる優子に向かって突進していく。私は優子が危ないと思ったら呼び出されてもないのに個室のドアを開いて黒い手であの女の両足を掴んでいた。そして、走り出した所で足を掴まれ盛大に転んだあの女に『毎日毎日、ギャアギャアギャギャア、発情期のカラスみたいにうるせぇんだよ。それに誰がブスだって? 鏡、見たことあんのか? 般若みたいな顔をしたお前の方がよっぽどブスだけどな。二、三発ぶん殴ればもう少しましな顔になるかもしれないから試してみようか?』そう言って私が黒い手で握り拳を作って見せたら、目を見開いて私を見ていたと思ったら、『ヒィーッ、すいませんすいません、もうしません。だから殺さないで下さい。お願いします』と泣きながら懇願するものだから、私は興が醒めて黒い手と姿を消した」
「そうしたら、優子を押さえていた取り巻きの二人は優子を掴んでいた手を乱暴に離して、腰が抜けて号泣しているあの女を支えてトイレから出ていった。優子はしばらく呆然としていたけど、立ち上がると三番目の個室の前で頭を下げて小さく『ありがとう』と言ってトイレから出て行った」
「といった感じかな?」
花子ちゃんは腕を組んで個室のドアに寄り掛かりながら話した。
「それって、いじめられていた女の子を助けるために……ってことだよね?」
「……どうだろう?『優子が危ない』とは思ったけど、それ以上にあの女に腹が立っていたんだと思う」
花子ちゃんは少し考えてから答える。
「それでも転ばす程度で済ませたんでしょ?当然、花子ちゃんの力ならもっと酷いことだって出来たのに」
「……そうだね」
「うんうん。事情は分かったよ!」
「……私みたいなお化けの言ったこと全部信じちゃうの?」
花子ちゃんは不思議そうな顔で私を見つめる。
「信じるよ。私が聞いていた話とも辻褄は合うし、それに花子ちゃんの話してる様子を見たら嘘をついているようには見えなかったからね」
「それで、人間に危害を加えた私はその男の人にこれから祓われるの?……それは仕方ないのかも知れないけど、友達は勘弁してあげて欲しいな。何もしていない普段は大人しい子たちだから」
花子ちゃんはそう言ってトイレの入り口に目を向ける。
「いやいや、そんなことしないよ。事情を説明すれば協会も学校も分かってくれると思うよ。だって花子ちゃんはこんなにいい子なんだから。そうだな~。私が監視と言う名目で定期的に会いに来るってことで説得しようかな。でも、これからは腹が立っても自分で懲らしめちゃ駄目だよ。その時は私に相談してね。約束だよ。人間のことは人間が解決するべきだと思うから」
私はニコリと笑う。
「それでいいの?」
花子ちゃんは不思議そうな顔で私を見ている。
「いいよね? た・ち・ば・なくん」
私はそう言って指を顎に当てて小首を傾げる。
「わかったよ。どうせ一度言い出したら聞かないだろお前は」
そう言って橘くんは私から視線を逸らすように横を向く。
「うんうん。と、いうことでこの件は一件落着だね」
私が腕を組み頷いていると横から橘くんが
「木花はこれからレポートがあるけどな。協会や学校を説き伏せるくらいなの書かないとな」
と言って意地悪く笑う。
「うぐ……。そうでした」
橘くんの言う通り課題のハードルが高くなったのは確かだ。しかし、虐められていた女の子を助けようとした行いで、花子ちゃんが怪異だからと事情も聞かず討伐されるのは納得が出来ない。なんとしても協会が舌を巻くぐらいのレポートを仕上げねば。
私がトイレの入り口に作った壁を解除すると、二宮金次郎像と人体模型が花子ちゃんに駆け寄る。
「花子……大丈夫か? 何かされてないか?」
「大丈夫。何もされてないよ。本当に話をしただけだから心配しないで」
花子ちゃんはそう言って二体に向けて笑顔を見せる。
その後、私は「また来るね。花子ちゃん」と手を振り学校を後にする。終始無言で不満げな様子の橘くんを連れて。
「どうしたの橘くん? 不満そうな顔して」
私は橘くんの顔を覗き込む。
「あのなぁ。今回はたまたま話が通じる奴だったけど、怪異は“穢れ”から生まれたもので基本的に話なんて通じない悪意の塊みたいなものだからな。『話がしたい』なんて言ったら騙し討ちに遭う方が多いってことは覚えておけよ」
橘くんは大きくため息を吐きながら話す。
「そうか~、じゃあやっぱり花子ちゃんは特別な“花子さん”なんだね」
そう言ってうんうんと頷く私の横で、
「お前は本当に……」
橘くんは先ほどより大きくため息を吐く。




