第9話【トイレの花子さん】7
「一応確認だけど、花子ちゃんは『トイレの花子さん』で間違いないんだよね?ちなみに私は木花咲耶、こっちの好戦的で怖い人は橘くん」
「ちゃんって……まあいいか。そう、私は『トイレの花子さん』。別に誰かに言われた訳でもないんだけど、物心がつくというか意識が芽生えた頃には、私は人では無いそういう物だと理解していた」
そう言いながら花子ちゃんは個室から出てくる。トイレの窓から入る月明りに照らされた花子ちゃんは少し釣り目の美少女だった。少し大人びた相貌の彼女が子供のような髪型や恰好をしているのに少し不自然さはあるが、舞さんならば「キャー可愛い」と騒ぐことだろう。
「そっか、意識が芽生えた頃から理解しているのか……なるほど。それで花子ちゃんは今まで大人しくしていた……というか人目に付かないようにしていたのに、何故女の子を転ばせたの?」
「それは……」
花子ちゃんが口を開くと同時にカーン、カーンという金属音とカシャ、カシャというプラスチック音が私たちの居る女子トイレに近づいて来る。
「新手か!!」
そう言って橘くんは身構えて戦闘態勢をとる。
近づいて来る音が止み入口から姿を現す。そこに現れたのは二宮金次郎像と人体模型だった。橘くんを見た二体は動きを止めて後方に一歩後ずさりする。
「は、花子をいじめるな!!」
二体は同時に叫ぶと左右の腕を上下に構えてファイティングポーズをとった。二体からはカタカタカタと音が鳴っている。二体には表情が無いが声の調子から感覚的に恐怖で震えているのがわかった。
それを見た橘くんはニヤリと笑い二体に向かい駆け出す。私はトイレの入り口に二体と橘くんを隔てる壁を作る為、急いで右手を上げて花びらを出す。横を見ると花子ちゃんが橘くんに向かって便器から黒い手を伸ばしている。花子ちゃんの手が橘くんに届くすんでの所で私の壁は完成し、動きを止めた橘くんは裏拳で花子ちゃんが伸ばした手を打ち霧散させる。
「おうおう!どういうつもりだ!おかっぱ頭!!今、俺を攻撃しようとしたよな?」
こちらに向き直った橘くんは指を鳴らしながら花子ちゃんに近づいていく。その口調と金髪スカジャンでは本当にやんちゃな人のようだ。
「あ、あんたが私の友達をいじめようとしたから!!」
そう言って花子ちゃんは橘くんを睨みつける。
「全員落ち着いて!!」
私がそう叫ぶと私以外の全員が動きを止めて私の方へ視線を向ける。
「まず、橘くん。君はどうしてそんなに好戦的なのかな?あの二体は『花子をいじめるな』って言ってたでしょ?別にいじめてないんだから、そのことを説明すればいいよね」
「でも、あいつらが攻撃しようとしてたから……」
「いや、私には橘くんを見て恐怖で震えていたように見えたよ。それを見てニヤって笑ってから飛び出したよね?あれは十分に話し合える状況だったよね?」
私がそう言うと橘くんは私から目を逸らせて「うん」と小さく呟いた。
「次に花子ちゃん。友達が危ないと思って焦る気持ちはわかるけど、私が壁を作っているのに気がついたら黒い手を消さないと攻撃の意志があると思われても仕方がないよ」
そう言われた花子ちゃんは「うん。ごめんなさい」と私に謝った。
「それと、二宮金次郎さんと人体模型さん。私たちは花子ちゃんと少しお話がしたいだけでいじめていたわけじゃないから心配しないでね」
私は入口の向こうにいるであろう二体に声をかける。
諍いを止めるには本当に労力がかかる。これをいつもしている所長には頭が下がる思いだ。
「さて、落ち着いたということで、花子ちゃん。お話聞かせてもらってもいいかな?」
私はニコリと笑い花子ちゃんに語りかける。
「なんというか……桜のお姉さんはすごいな。それで何故、私があの女を転ばせたかだったね」
「そうだね。何か事情があったんでしょ?」
「別段、深い事情があったかというとそうでもないんだけど、一言で言えば“腹が立ったから”かな」
「トイレの掃除当番ってあるでしょ?当番なのだから当然、持ち回りで代わる代わる掃除する人間が変わるはずだけど、このトイレの掃除は三カ月前から同じ子が一人でやっていたの。変だなとは思っていたんだけど、こんな薄暗くて人の来ないトイレを丁寧に掃除してくれていたから私はさほど気にしていなかった」
「その子はある時から掃除が終わると、三回回って三番目のドアを三回叩いて『花子さん、遊びましょ』と私を呼び出す儀式をするようになった。私は呼び出しには応じなかったよ。だって、綺麗にトイレを掃除してくれるその子を驚かせて来なくなっちゃったら嫌だから」
「その子がいつものように掃除をしていると、私が転ばせたあの女と取り巻きの女の二人の女がやってきた。あの女は入ってくるなり『薄暗くて気持ち悪いトイレ。勉強ばっかりで根暗な優子にはピッタリだね』そう嫌味を言って笑いながら帰っていった。その日、優子は私を呼び出す儀式をしてから呟いたの『私、学校に友達がいないんだ。花子さんが友達になってくれたら嬉しいな』って。私はその時『お化けと人間が友達になれるワケがないのに何を言ってるのだろう?』と思ったよ」
「あの女と取り巻きはそれから優子が掃除をしていると毎日嫌味を言ってから帰るようになった。それから少しして優子が珍しく上機嫌で鼻歌を歌いながら掃除している時だった。あの女と取り巻きが現れて『あんた、学年一位だったからって調子に乗るんじゃないよ。ブスのくせに』そう言って優子を突き飛ばしてケラケラ笑ったの。優子は突き飛ばされても卑屈に笑うだけだった。それを見たあの女は『こいつ突き飛ばされて笑ってるよ。キモっ。キモブスだな』と言って取り巻きと笑った」
(……それはひどいな……)
私は思わず眉根を寄せる。
「それから突き飛ばしは蹴り飛ばしになって平手打ちに変わって、さらにバケツで水をかけられたりもした。それでも優子は泣きながらトイレの掃除を続けた。でもある日、優子はもう限界だったみたいで掃除が終わると三番目の個室の扉に泣きながらもたれ掛かって言ったの『花子さん。私、なんでこんな思いまでして学校に来なきゃいけないのかな?もう嫌だよ……』って、お化けの私には人間のことは詳しくわからないけど、そんなにまでして来るほど、この学校に価値があるとは思えなかった。この頃には私も泣いている優子の顔を見るのが辛かったし、そんな顔をさせるあの女たちが憎かった」




