第9話【トイレの花子さん】6
校門の前で目の前の中学校に電話すると用務員さんが来て校門を開けてくれた。
「こんな遅くに水道管の検査なんて大変だね。これが正面玄関の鍵だよ」
言葉とは裏腹に訝しんだ目で用務員さんは私たちを見る。当たり前だ。二十歳前後の私服の男女が水道管の検査に来るわけがない。協会から学校にどういう風に伝わっているのか知らなかった私は電話で用務員さんに「水道管検査の業者さん?」と聞かれて一瞬戸惑った。
用務員さんが校舎に戻ると橘くんが口を開く。
「よく咄嗟にそんな演技できたな」
橘くんは私を見て感心している。
「橘くん、よく覚えて置いた方がいい。女の子はみんな女優なんだよ」
私はそう言って片側の口角を上げてにやりと笑う。
私たちは校門を抜けて校舎を見上げる。外観はずいぶんと古く『トイレの花子さん』が居ると言われても納得するだけの雰囲気があった。
「それじゃ、行くか」
そう言って橘くんは正面玄関に向かって歩き出す。私は周りをキョロキョロと見回しながら橘くんの後ろをついていく。
正面玄関に着くと用務員さんから預かった鍵で引き戸を開けて中に入る。校舎内は静寂に包まれ、引き戸を開ける音が響き渡る。私たちは来客用と書かれた下駄箱からビニール素材のスリッパを取り出して履き替え、目的地の三階の女子トイレを目指す。
ペタンペタンと私と橘くん二人分の足音が校舎内に響く。気のせいかもしれないが、空気が重く淀んでいる気がする。
「なんだか肝試しみたいだね」
私はそう言ってクスリと笑う。
「あんまり気を抜くなよ。思っていた以上に《《穢れ》》が濃い。それに、そこら中から見られてる気配がするから対象の怪異以外も居るかもしれない」
橘くんは周囲を軽く見回し小声で言う。私も身構え周囲を見渡す。確かに視線を感じる気がする。
私たちは周囲を警戒しながら目的の場所である三階の女子トイレに到着する。
「着いたね。三番目の個室だよね」
「ああ」
そう言って頷くと橘くんは女子トイレの入り口から室内に入る。
恐る恐る入った女子トイレの室内は先ほどまでの校舎内で感じたどんよりとした感じがより強くなった。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
橘くんは九字を切り臨戦態勢に入る。
「木花、三回回って三回ドアを叩いた後に俺の後ろから例の言葉を言ってくれ」
「うん、分かった」
私は三番目の個室の前に立ち、フィギュアスケートの選手のように華麗に三回回る……なんてことが出来るワケがないので無難に三回、不格好に回った。
トントントン
ドアを叩いた私は急いで橘くんの後ろに下がる。
「はーなーこーさん、遊びましょ」
私がそう言い終わると、バンッとトイレのドアが勢い良く開く。
トイレの個室内には小柄な私と同じくらいの身長でおかっぱの髪型に白いブラウス、赤いジャンパースカートを着て腕を組み壁に寄り掛かっている少女がいた。その少女の周囲を黒い靄のような物が包んでいる。
「あんたたち祓い屋でしょ?遊んであげても良いけど」
少女がそう言って足踏みをすると個室内から無数の黒い手が伸びてくる。
「そっちがその気なら話が早くて助かる」
橘くんは軸足に体重をかけて今にも少女に飛び掛かる勢いだ。
これは不味い。一触即発だ。有無を言わさず祓うというのは橘くんならともかく私の流儀には反する。それに所長の話や清祓協会からのレポートを読んだ際に違和感があったが、鏡花いわくグリズリーのようだと評される橘くんを前にしても怯む様子のない少女を見て確信した。この少女、『トイレの花子さん』は強い。無能力者や前任の担当者くらいの能力者なら簡単に《《殺せる程には》》。
ではなぜ花子さんは女子生徒や前任の担当者を殺さなかったのか、詳しくは訊いてみないと分からないが、その気が無かったのだろう。ただ脅かす程度が目的だったのではないだろうか。とにかく事情を訊いてみる必要がある。その前に二人を止めないと。
「ちょっと待った~!!」
私はそう叫んで、右手の手の平を前に出す。手の平から桜の花びらが飛び出し二人の間に花びらの壁を作る。それを見た花子さんは目を丸くして驚いている。
「おい木花!何のつもりだ」
橘くんは怒気をはらんだ声を出し、私の方へ振り返る。
「色々考えたんだけど、私にはその子が悪い物には思えないんだよ」
「はぁー!?お前、見た目に騙されてないだろうな?あんな濃い穢れをまき散らしてる奴が悪い物じゃないわけがないだろ」
「じゃあ何故、そんな強い花子さんと相対した人たちは死んでいないの?転んだ女の子だって膝を擦りむいた程度だし、前任の祓い師なんて無傷だよ。強いはずなのに身を隠すように今まで目撃されなかったのも変だと思わない?」
「確かにそれはそうだけど……」
「話が出来るならあの子から話を訊いてみたいんだよ。いいかな?」
私は小首を傾げてお願いする。
「ん!?わかった。でも危ないと思ったらすぐに祓うからな」
橘くんは顔を赤くして私から顔を逸らす。あれ、丁寧にお願いしたはずだが怒らせてしまったのだろうか?
「花子ちゃん、私とお話して貰えないかな?お話して貰えるんなら壁は無くすよ」
私は桜の壁の向こうの花子ちゃんに届くように少し大きな声を出す。
「ちゃん!?わかった。桜のお姉さんとは話をする。でも、嫌いだからその金髪の男とは話をしない」
「はあー!?ふざけんな。俺だってお前のこと嫌いだし、お前と何て話したくねぇよ~」
今の状態の橘くんは怪異からすれば生理的嫌悪感を抱くようなので、そういわれても仕方がない。橘くんの小学生のような返しが可笑しくて私はクスリと笑う。
「木花も何笑ってんだ」
橘くんは腕を組み不機嫌そうな表情を浮かべる。
「ごめんごめん、橘くんの言い方が何だか可愛くて」
「可愛いって何だよ」
橘くんはまた顔を赤くして私から顔を逸らす。あらら、また怒らせてしまったか。
「イチャイチャしてないで邪魔な壁を消して欲しいのだけど……」
花子ちゃんは呆れた声を出す。
「イチャイチャしてないよ。私たちはそういう関係じゃないからね。《《ただの》》バイト仲間みたいなものだよ」
私はそう言って壁を消す。
「ただのバイト仲間か……」
橘くんはそう呟いて項垂れている。《《ただの》》と強調したのが少々他人行儀だっただろうか?否定する時は少し強めに否定しないと相手に伝わらないので仕方ない。怪異とはいえ誤解されたままでは橘くんの迷惑になっちゃうからね。




