第9話【トイレの花子さん】2
事務所がお盆休みで実家に帰省していた私は両親に祓い師試験を受ける事を伝えると、『危険ではないか』と言って心配していたが、今まで通りに事務員の仕事をするだけで一応受けるだけだと納得させた。でもこれは嘘だ。私は祓い師になって困っている人の前に颯爽と「怪我は無い?もう大丈夫。私が来たから」とか言いながら現れて炎の加護でサクッと解決する格好いい自分を妄想していたのだ。
自室で試験勉強をしながら五個下でお姉ちゃん子の弟がゲームに誘って来るのを待っていたが、一向に来る気配が無い。痺れを切らした私は弟の部屋のドアをノックする。
トントン
「お姉ちゃんだけど……私が試験勉強で忙しいから裕太が気を使ってくれるのは分かっているんだけど、少しだけなら一緒にゲームしてあげられるよ」
「何を言っているの?俺、今年高校受験だよ。遊んでないで勉強しないと。姉ちゃんも資格試験があるなら自分の勉強をしなよ」
ドア越しの予想外の返答に言葉が詰まる。弟がしっかりしている。嬉しいような寂しいような複雑な感情が湧いてきた。
「あと、姉ちゃん。今の言い方だと俺がゲームしたいみたいに聞こえたけど?別に俺、姉ちゃんとゲームしたく無いからね。弱いし。負け続けたら泣きそうになるからわざと負けてやったら変に勝ち誇ってくるし」
弟がとても辛辣である。確かに春に帰った際の弟との格闘ゲームの勝敗は二勝十敗だ。あれが接待プレーだったなんて……。
「あっ、そういえばさっき帰ってくる時にあんたの同級生の佑月ちゃんと会ったよ。可愛くなったね。あんたまだあの娘のことが好きなの?」
私はドア越しに少し大きな声で話す。
「ちょっ、姉ちゃん!そんな大きな声で言ったら母さんに聞こえるだろ!べ、別に好きじゃねぇし、変なこと言うなよ!さっさと自分の部屋に戻れって」
思春期の男の子にはこの攻撃が一番効果的だ。
そういえば母さんと佑月ちゃんの話になった際に彼女は地元を離れて札幌の進学校に行くと言っていた。なるほど、だから裕太の奴。頑張って勉強しているのかと合点がいった。そんなに真剣なら茶化して悪かったかなと少しだけ反省した。
お盆休みを終えて札幌に戻ってきた私は丁度全員のバイトの休みが重なったので瞳、彩夏さん、舞さんとショッピングに来ていた。そこで彩夏さんの洋服を選ぶという話になり、やはり洋服のプロに相談した方が良いのではないかという流れで、凛さんが勤めるショップに行く事になった。
実は私は何度か足を運んだことがある。しかし、このショップはお姉さん系のギャルファッションのお店なのだ。私が着ると『中学生が背伸びして着ました』といった感じになってしまう。私の着用姿を見ると、コミュニケーションスキルの塊のような凛さんでも「うん、うん、いいね」と真顔になってしまう程で、鬼門ジャンルだ。
「凛さん、こんにちは」
「咲耶ちゃん。あっ、舞お姉ちゃんもいる。お友達連れて来てくれたんだね」
凛さんは満面の笑みで手を振る。それに呼応するように舞さんも手を振る。
「瞳ちゃんと彩夏さんです」
私は二人を凛さんに紹介する。
「あなたが瞳ちゃん!家のちーちゃんが迷惑かけたみたいでごめんね」
凛さんは瞳に頭を下げる。
「ちーちゃん?」
瞳は不思議そうな顔で私を見る。
「橘くんのことだよ。橘 千宗だからちーちゃん」
「せんしゅうではなく?」
「せんしゅうではなく」
そうか、橘くんは瞳に対して未だに『せんしゅう』で通していたのか。
「まったくあの子、また偽名なんて使って」
凛さんは呆れている。
「今日は彩夏さんの服を選んでもらうためにきました」
私は彩夏さんを手の平で示した。
「いや、でもすごくお洒落なお店だし私なんかじゃ似合わないよ」
彩夏さんは萎縮している様子だ。
「女の子が『私なんか』なんて言っちゃダメだよ。それに彩夏ちゃんは背も高くてスタイルも良いから、ここの服がすごく似合うと思う」
凛さんにそう言われた彩夏さんは照れながらも安堵している。
「あと、彩夏ちゃんだけじゃなくて、みんなもどんどん遠慮せず試着してね。気に入ったのがあったら副店長の私の権限で沢山おまけしちゃうから」
そう言って凛さんは商品棚から次々と商品を取り彩夏さんに渡していく。
試着室に入って着替えた彩夏さんがカーテンを開ける。
「ど、どうかな?」
少し大人なデコルテ開きニットとひざ丈のスカートがとても良く似合っている。そして似合っているのに自信無げな表情が私には無いはずの男心を鷲掴みにした。
「ありがとうございます。凛さん。あなたを選んだ私の目に狂いは無かったようですね」
私はそう言って映画賞を取った監督のような握手を凛さんと交わす。
次々と凛さんに急かされ試着するパンツスタイルもジャケットスタイルもとても良く似合っている。スタンディングオベーションを送りたいぐらいだ。ここへ来た時からずっと立ってはいるのだけれど。
そして次は瞳の番。健康的で程よく筋肉のついた肢体と少女のようなあどけなさを持った彼女のお姉さんスタイル。そのギャップと少しだけ背伸びをした格好は男心がキュンとしてとても良い。
「私、おばさんだけど大丈夫かな?」
と言っていた舞さんだが完璧に着こなしている。彼女に似合わない服などこの世に存在するのだろうか?もしそんな物があるのだとすれば、その服自体が欠陥だろう。
いよいよ次は大トリを飾る私の番だ。
「咲耶ちゃん……この店で一番ガーリーな服を選んでみたんだけど……」
凛さんは先ほどまでの勢いを失い自信無げだ。
私は試着室で着替えて自分の姿を鏡に映す。ふっ……やっぱりな。私は半ば諦めの表情でカーテンを開ける。
私の姿を見た凛さん、彩夏さん、瞳は示し合わせたように声を揃え
「うん、いいね」
と無表情で頷く。
唯一の例外、私の事を全肯定お姉さんの舞さんだけは、
「キャー、可愛い」
と言って私に抱き着いてきた。
格好良い大人の女性を目指す私は複雑な表情をしていたことだろう。
そんな形で楽しい夏休みを過ごしながら並行して勉強を続けていると『祓い師認定試験』学科の当日となった。




