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寺生まれの橘くんと女子大生の木花さん ~小早川探偵事務所の怪異録~  作者: アオギリ ユズル
第9話【トイレの花子さん】

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第9話【トイレの花子さん】1

「それで、あの子がドアの前で仁王立ちしているわけね」

鏡花はそう言ってドアの前で腕を組んで立っている凛さんに視線を送る。


「でもここまで《《あれ》》だと、橘が少しだけ不憫ね」

鏡花は「はぁー」とため息をついて所長を見る。


「そうですね」

所長は鏡花以上に大きなため息をついた。


 ふたりとも何を言っているのだ。一番不憫なのは、『ちんちくりん』と言われ『まな板』などとスレンダー女子最大の地雷を無遠慮に踏みつけられた私だと言うのに。


トントンッ


「橘です。戻りました」

相変わらずの間の抜けた声で橘くんが外勤から戻ってくる。これから始まる惨劇さんげきも知らず愚かな奴だ。私の口角が自然と上がる。


「うわっ! 咲耶。あなたすごく悪い顔してるわよ」

鏡花が小声でつぶやく。


 橘くんはいつものようにドアを開けて室内に入ってくる。そこへ死角に隠れた凛さんが橘くんの襟足えりあしを掴もうと手を伸ばす。しかし、伸ばされた手は「パンッ」と橘くんの裏拳で弾かれた。橘くんが何事かという表情で凛さんの方へ体を向けると急いでバックステップで距離を取る。


「ほう、ちーちゃんもやるようになったね」

凛さんはニヤリと笑う。


「げっ! 姉ちゃん!!」

橘くんは凛さんと距離を取るため二歩サイドステップで移動する。


「姉に対して『げっ』とは良くないね。これは女の子との接し方と同時に姉との力関係を覚えさせないといけないな」

そう言いながら橘くんに近づいた凛さんはヒールの先で脛を蹴り上げ、痛がる橘くんの襟足を掴み休憩室に引きずっていく。


「木花! あの事、姉ちゃんに告げ口しやがったな!!」


 私は口角を上げた笑みのまま親指で天を指し、反転させて地面を指す。


 バンッと勢い良く休憩室のドアが閉じられ中から凛さんの声が聞こえる。


「ちーちゃん。女の子に体の事を言うなんて最低の行為だからね。そんなことを言って気を引こうなんて、今時小学生の男の子でもしないよ。二十歳にもなって……お姉ちゃんは情けないよ……」


 なるほど、あの場面で橘くんは私をダシにしてみんなの気を引いて仲良くなりたかったのか……でも、それは悪手だ。私の心証がすこぶる悪くなるのだから。


「あの……ですね。木花さん」

所長が煮え切らない表情で私に話しかけた。


「何ですか?」


「“犬神”の時のことが清祓協会せいふつきょうかいに伝わってしまって、木花さんが加護を授かったことが広まってしまったんです。木花さんの場合は名前が名前ですからどの神様からの加護かは丸わかりで、上層部が『試験を受けさせて祓い師にさせろ』と騒いでいるそうです。僕は『事務員として雇用しているから危険な事はさせられない』と再三断っていたのですが、『八月の終わりに認定試験があるから、訊くだけ訊いてみてくれないか』と支部長に直接呼び出されて頼まれまして……もちろん断って貰って大丈夫ですよ」


「試験を受けます!むしろ受けたいです!」

私は元気に答える。


「あなたならそう言い出すだろうと思って今まで言っていなかったのですよ」

所長は頭に手を当てて困っているようだ。


「でも、私が断ったら所長の立場が……」


「僕の立場なんて良いんですよ。元々が無いような立場ですし。それより、祓い師になるという事を本当の意味で理解しているのですか?今までが《《たまたま》》うまく行っていただけで、木花さん自身がりつかれたり、場合によっては死んでしまうことがあったりするのですよ?」


「それでも私は、困っている人がいて、私の力が役に立つのならやってみたいです」

私は胸を張って答える。


「僕の本音としては断って欲しかったのですが……」

所長はため息を吐いて肩を落とす。


あきらめなさい樹。この子は一度言い出したら聞かないから、何を言っても無駄よ」

鏡花は優しく所長に語りかける。


「あとこれなのですが……支部長から頂いた協会推薦で唯一の参考書です」

所長は目を伏せて鞄から参考書を取り出す。


 参考書の表紙には『あなたもすぐになれる祓い師 ~一日十五分の学習を一か月でOK~』という文言と可愛らしくデフォルメされたお化けが舌を出してウィンクしている絵が描かれている。これはまた……ずいぶんとカジュアルな参考書だな。


「私も常々これはどうなのかなと思っているのですが、協会の幹部が大層気に入っているそうなのです」

所長は苦笑いを浮かべる。

 そうして私は大学が夏休みに入ると同時に『祓い師認定試験』の勉強を始めた。試験内容は学科試験として清祓協会の成り立ちと目的、消費者契約法についてと小論文。実技試験として『こういった場合どうするべきか』という文章問題と実地試験である。


 意外に思ったのが祓い師として場や物を清める方法や怪異や悪霊を祓うといった技術的な問題や宗教や神話といった類の問題は一切出ない。その点を所長に尋ねると「宗教的な部分は団体や個々人の捉え方の違いもあってセンシティブな所もありますし、日本神話から海外の宗教までを細かく網羅している人物は宗教学者でも少ないと思いますよ。清めや祓う技術に関しても同様にセンシティブですし、加護の有無も含めて自分の技術を秘匿している人物の方が多いと思います」とのことだ。


 つまりこの試験で問われるのは職業倫理についてだ。実際に小論文で問われるのも『過去の大規模な霊感商法被害に対しての私見を述べよ』だという。清祓協会の成り立ちを考えれば当然なのかもしれない。


 実技試験に関しては『自分が所属している団体等の祓い師に同行して清めや祓いを学んでレポートを提出する』というものだ。

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