第8話【夜のドライブ】5
私は入店前イライラしていたが、彩夏さんや瞳とファッション雑誌やコンビニコスメを見ている内に落ち着いて退店時には矛を納めても良いかと思い始めていた。
私たちが乗車しようとしていると、沼田くんがコンビニから巨体を揺らしながら走ってくる。
「沼田ーおせーぞ。うんこでもしてたのかー?」
佐々木は沼田くんを揶揄うように言った。
「下品だし、沼田くんに失礼だよ」
彩夏さんは佐々木の背中を軽く叩く。叩かれた佐々木は何故か笑顔だ。
「ふへへっ、遅くなっちゃってごめんね」
沼田くんはニヤニヤと笑いながら私たちを見回している。
(あれ? 沼田くんって……? でも、佐々木くんが親しげに話しかけているし、佐々木くんの地元の友達? だったような……)
私たちは降車前と同様に運転席に佐々木、助手席に彩夏さん、二列目に橘くん、瞳、三列目に沼田くん、私で座席に着いた。ん、こんな配置だったっけ?
車は小樽に向けて出発する。沼田くんは時々「ふへっ、ふへっ」と言いながら私の足先から頭まで舐めるような視線を向けてニヤけている。正直気持ちが悪い。コンビニに着く前にも不快な思いをしたが、今の方が数倍は不快だ。少し前に橘くんの言動に腹を立てて足を踏んだ……ん?なぜ私は二列目に座っていた橘くんの足が踏めたのだろうか?
道中、私はずっと沼田くんの気味の悪い視線に耐えながら、頭の片隅で違和感の正体を探っていた。だが、深く考えようとしても頭の中に霧がかかったようにはっきりとした答えは出なかった。
車から降りて駐車場からホテルのレストラン入口に向かって歩き出す。車から離れた所で橘くんが足を止めて後ろを向き沼田くんの前に立った。
「それで、何食わぬ顔でコンビニから憑いてきているお前は何者だ?」
橘くんは沼田くんを睨みつける。
「なにを言ってるんだ。橘。沼田はお前の友達……か?」
佐々木は自分で言ったことに違和感があったようで途中で言葉を止めた。
あーそうか、そういうことか……。私は先ほど感じた違和感の正体に気がついて一人で納得した。佐々木、彩夏さん、瞳はいまいち気が付いていないようで不思議そうな顔をしている。
「ふへへっ、僕ちん、『青春している』みたいな顔をした奴らが大っ嫌いなんだー。だからー。全員、取り殺してやろうかと思って憑いてきたんだけどー」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
沼田の戯言を遮るように、橘くんが低い声で九字を切る。しかし、沼田は気にも留めず、気味の悪い笑顔を私に向けた。
「でもー咲耶ちゃーん、君だけは特別に許してあげるよー。僕ちんのタイプ、ドンピシャ。でもー。君の家で僕ちんと一緒に暮らすこと。これに拒否権はないよー。一緒に二人の愛の巣であーんなことや、こーんなことして暮らそうよー」
私は沼田の存在以上にその言動に怖気を感じた。すごく気持ち悪い。
「あーもういい。その気持ち悪い口を閉じろ、豚が!……いや、これじゃ豚に失礼か?この豚にも遠く及ばないド畜生が!!」
そう言った橘くんは大きく一歩前に出て腰を落とし体を半分捻る。
「えっ!?」
沼田は驚いた表情を浮かべる。
「破ぁー。オラっ!!」
橘くんは向き直り正拳突きを沼田の顔面に繰り出す。
沼田は驚いた表情のまま勢い良く三メートル近く吹き飛び、そのまま霧散した。
「それじゃ、変なのも片付いたし行こうか」
そう言って橘くんはスタスタとレストランの入口に向かって歩いて行く。
私も橘くんの後ろをついて行く。彩夏さんと瞳は「あー」と納得したように私の後ろから歩いてくる。一人だけ状況が理解できていないのか佐々木は「ちょっと、橘。どういうこと?」と声をあげて橘くんの背中を追いかける。
佐々木が予約の確認を済ませ、私たちは席に通される。窓から見える小樽運河の夜景はガス灯のあかりが運河に反射する様子がとても幻想的で直前にあった嫌な気持ちもすぐに吹き飛んだ。
「岩崎さん、お酒飲んでも良いですよ。俺、車で送っていきますから」
佐々木は少し格好つけて言う。
「そう?じゃあ、いただこうかな」
そう言って彩夏さんは小樽の地ビールを注文した。
「佐々木くんは運転で瞳ちゃんは未成年だから駄目だけど、咲耶ちゃんと橘くんは飲まないの?」
「私、アルコールは体質的に向かないみたいで、一口で天井が回っちゃうんで」
「俺も下戸なんで」
「咲耶ちゃんはともかく、橘くんは意外だね」
彩夏さんはそう言って店員が持ってくるビールに視線を向ける。
私たちは飲み物がテーブルに届くと各々《おのおの》に食べたい物を取りにテーブルを立つ。全員が席についたことを確認して佐々木が口を開く。
「本日は岩崎さんの奢りということで、こんな素敵な場所に来られたわけですが、岩崎さん。一言、お願いします」
「この前は本当に迷惑をかけて……お詫び、という意味もあるけれど、咲耶ちゃん、橘くん、それと瞳ちゃん。助けてくれてありがとう。佐々木くんがしたことは……覗きくらいだね」
そう言って彩夏さんは半笑いで佐々木を見る。
「岩崎さん、それはないですよ。そう言いますけど俺だって……考えたら何もしていない!」
そんなことを話して笑いながら、私たちは美味しいディナーを頂いた。
ある程度お腹が一杯になった所で佐々木が橘くんに質問した。
「橘、さっきの沼田って、結局何だったの?」
「あれな、地縛霊だと思う。怪異にしては人間に近かったし。記憶の改竄と思考誘導で元々の友達みたいに振る舞っていたんだと思う。俺には効かないから気が付かなかったけど、木花が疑った目で沼田を見ていたから気が付いた。知らない奴だけどコンビニで待ち合わせしたお前らのバイト仲間の可能性も少しだけあったから泳がせてた」
「それにしても橘くんすごく沼田に怒っていたよね。確かに気持ち悪かったけど、そこまで怒る理由って何かあったの?」
私がそう言うと、彩夏さんと瞳、佐々木が『えー』と言う表情で私を見た。
「私、何か変なこと言ったかな?」
私がそう言うと、三人はさらに『えー』と言う表情をして、橘くんは複雑な顔をして私から視線を逸らした。
これはどういうことだ。何だか私が変なやつみたいじゃないか。まさか、怪異か地縛霊の記憶の改竄か思考誘導……という線ではない気がする。




