第8話【夜のドライブ】4
「あっ、そうそう彩夏さん。これ」
私は鞄からお金の入った封筒と領収書を二つ取り出す。領収書の内訳は道具屋さんからお金を受け取り勾玉を購入した小早川探偵事務所名義の相殺領収書のコピー、そしてそこから手数料を引く旨が書かれた小早川探偵事務所宛の名前が空欄の領収書だ。
「ここに私の住所と名前を書いて印鑑を押せばいいのよね?」
彩夏さんは鞄から印鑑を取り出す。
領収書の件は所長に言われて彩夏さんに事前に連絡しておいたのだ。つまり手数料として彩夏さんが所長に渡したお金は事務所の収益となった。
「あとこれ、勾玉です」
私は鞄から木箱を取り出す。
「木箱……すごく綺麗な石だね。ルビーの原石だっけ?」
彩夏さんは木箱を見て少し複雑な表情を浮かべたが箱を開けると笑顔になった。
「あとこれ、少し遅くなっちゃったんですけど、私たちからの誕生日プレゼントです」
私は鞄から瞳と買ったシルバーのネックレスチェーンを取り出す。
「えっ、ありがとう」
彩夏さんは意外そうな顔を一瞬して笑顔で答える。
「いいなー彩夏さん。私もみんなとお揃いの勾玉欲しいなー」
瞳は羨ましそうな顔で私の胸元を見る。
「欲しかったら所長に頼んであげるけど、結構お高いよ」
「そうなんだよねー。どうしようかな」
瞳が悩んで唸っているとガチャリと裏口のドアを開けて橘くんが顔を出す。
「こんばんは。お久しぶりです」
そう言って店長と岩崎さんに向かい会釈する。
「佐々木が来たみたいだぞ」
橘くんが私の方を向いて言う。
佐々木?岩崎宅の洗面所で何やら話していたようだが、呼び捨てにするくらい仲良くなっていたのか。人見知りの橘くんには珍しい。でも、佐々木のコミュニケーション能力が異常に高いせいだろうとすぐに納得した。
裏口のドアから外に出て佐々木が乗ってきた車を見て私は首を傾げる。ミニバンとは?大きいじゃないか。瞳から「佐々木くんがお兄さんから八人乗りのミニバン借りてきてくれるから、六人全員乗れるね」と言っていたので、ミニというから狭い空間にぎゅうぎゅうになって乗ると思っていたが、目の前の車は大きな商用車を少し小さくしたサイズの車だった。
「ミニバンって大きいんだね」
私がしみじみと言うと
「ぷっ、お前まさか“ミニ”って付いてるからって軽自動車だと思ってたわけじゃないよな」
橘くんが私に馬鹿にしたような視線を送る。運転免許が無い女の子は基本的に車のことなど知らないのになんだ、この男は。
「みんなで行くって言ったら兄ちゃんが貸してくれたんだ。それで席順なんだけど……」
佐々木はそう言いながら瞳に目配せする。
「ん~、それなんだけど私と咲耶と橘くんは土地勘も無いし、実は地図を見るのも得意じゃなくて……、すいません彩夏さん。万が一、道に迷っても困るので助手席に座ってもらっても良いですか?」
瞳は手を合わせて彩夏さんに懇願する。
実はこれは演技である。佐々木から「この前のこともあるし、それに岩崎さんと仲良くなりたいのでお願いします」と懇願された人の好い瞳が渋々受けたのだ。
「えっ、でも私も土地勘なんて無いよ。地図はまぁ、見れないことは無いけど……もし迷っても私のせいじゃないからね」
そう言って彩夏さんは少し嫌そうな顔をして助手席に乗り込む。
私と瞳は佐々木に得意げに親指を立て、佐々木は両手を合わせて私たちに頭を下げる。そんなやり取りを不思議そうな顔で橘くんは見ていた。
車内の席順は運転席に佐々木、助手席に彩夏さん、二列目に瞳、橘くん、私が乗り込み。三列目は空席とした。
「それじゃあ、小樽に向けて出発!!」
と、佐々木が声を上げて、
「おーう!!」
私と瞳が腕を上げて答える。
夜のドライブという高揚感もあってほぼ毎日顔を合わせているはずなのに瞳と私の話は尽きない。最初はうんうんと頷いていた橘くんだったが、途中から少しつまらなそうにフロントガラスから正面の道を眺めていた。それに気が付いた瞳が橘くんに声をかける。
「どうしたの、橘くん?まさかこんなセクシーな美女たちに囲まれて緊張しちゃった」
瞳はおどけて腰をくねらせる。
「いや、セクシーって、石永さんと岩崎さんはまだわかるけど、木花はちんちくりんで……」
橘くんはそう言って広げた手を自分の胸元に当てる。おい貴様、何を言おうとしている。それ以上言ったら戦争だぞ。
「まな……痛っ!!何すんだ木花!!」
私はろくでもないことを言い出した橘くんの右足を力一杯踏みつける。
「いや……いまのは橘くんが悪い」
瞳が渋い顔で言う。
「うん、橘が悪い」
佐々木がしみじみ言う。
「そうだね……」
彩夏さんは少し引き気味だ。
そんな全員の様子を見て橘くんは混乱しているようだ。
「報告するから」
私は静かにひとこと言う。
「報告って、姉ちゃんに!?それは勘弁してくれよ。姉ちゃんの説教の長さはお前も知ってるだろ」
縋るような目で橘くんは私に訴えてくる。
「そもそもさー、最近橘くんの中で私の扱いがぞんざいだと思うんだよ。“ちんちくりん”は寛大な私が前に百歩譲って許してあげたのに。今度は言うに事欠いて“まな……”って、君の辞書にデリカシーという言葉は無いのかい?あと、親しき中にも礼儀ありもね。私はね女の子なの。わかる?お・ん・な・の・こ。女性の体について何か言うのはマナー以前の問題だから。思っていても言わない。というか思うな!ほんとにもう……」
私が捲し立てるように言うと、橘くんは返す言葉も無い様子で頭を垂れている。
「いやー、俺トイレに行きたくなっちゃったなー。コンビニ寄っても良い?」
バックミラー越しに佐々木が橘くんに向けて親指を立てるのが見えた。橘くんはうんうんと頷いている。
「まさか……無いとは思うけど、佐々木くん。今、橘くんを助けようとした?」
私は佐々木に冷たく言い放つ。
「そ、そんなことないよー。いまのは全面的に橘が悪いし、もっと怒られるべきだと俺は思うよ。たださ、トイレは生理現象だから。なんだか水を差すような形になっちゃったね。ごめん」
佐々木は私の言葉に一瞬身震いして答える。橘くんは捨てられた子犬のような表情で佐々木を見ている。
そう言いながらも佐々木はコンビニの駐車場に車を止めてトイレ休憩となった。




