第8話【夜のドライブ】3
同じバイト先の三人が同じ日に休みを取ることは店長には酷な提案だったのではないかとも考えたが、その考えは杞憂だったようだ。私が店を辞めた後に入った人たちが育っていて、三人とも来週の金曜日に休みが取れたそうだ。
そして当日
「あー、面倒くさいなー。小樽って。ただ飯を食いに行くだけなのに時間がもったいねぇよ」
言葉とは裏腹にニコニコ顔の橘くんが大きな独り言を呟く。
「相当、楽しみなのね。楽しみなのに悪態をつくなんてへそ曲がりで子供みたいね」
鏡花がコソコソと私に話しかける。
「プっ、そうだね」
私は吹き出す。
「おい、木花、クソ鏡、聞こえてるからな」
橘くんが私たちを睨みつける。
「だってそうじゃない。楽しみなら『みんなで小樽までドライブして、運河の素敵な夜景を見ながらホテルのレストランでディナー。すごく楽しみだなー』って言えばいいじゃない。あなたはひねくれ過ぎなのよ。あー、面倒くさい」
鏡花は橘くんを指差しながら話す。
「あー、もういいわ。俺は行かないからな」
橘くんは腕を組み、私たちから視線を外す。
「橘くん。それは奢ってくれる岩崎さんにも、わざわざ予約を入れて、車で送り迎えまでしてくれる佐々木くんにも失礼ですよ」
所長が諭すように橘くんに話しかけ、橘くんは反省したように「はい」と言って頷く。所長はそれを確認すると鏡花ちゃんの方へ視線を送り、圧をかける。
「今回のことは私も悪かったわよ。楽しみに水を差すようなことを言ってごめんなさい」
鏡花は軽く頭を下げる。うん、ふたりとも反省できて偉い!
所長は満足そうに優しく笑って頷く。
そうこうしている内に夕方になり私と橘くんが待ち合わせ場所に向かう時間となった。
「お疲れ様です」
私は所長に軽く会釈して鏡花ちゃんに手を振る。
「楽しんできてください」
所長は私と橘くんを笑顔で送り出す。
「ビュッフェだからって食べ過ぎちゃ駄目よ」
鏡花ちゃんはそう言って私たちに手を振る。
私たちが待ち合わせ場所として選んだのは、私の前のバイト先で今現在三人がバイトしているレストランの駐車場だ。佐々木くんは探偵事務所のある円山まで迎えに来てくれるとは言ったが、交通量が割と多い地域なので安全を考えてのことだ。
地下鉄で移動中、私は橘くんに話しかける。
「ビュッフェって、私初めてだから少しだけ緊張するかも。あと夜に友達みんなでドライブも初めて。実は昨日からワクワクしていました」
私は笑顔で隣の橘くんを見る。
「俺も両方初めて。クソ鏡にはああ言ったけど、本当は楽しみだった」
橘くんは照れ臭そうに私から視線を反らした。
私は以前に凜さんが橘くんは修行の日々だったから学生らしいことを楽しんで欲しいと言っていたことを思い出した。きっと、これからもっと楽しいことがいっぱいあるよ。橘くん。
私たちは地下鉄の出口から少し歩き待ち合わせ場所の駐車場に着く。駐車場はレストランの客が満員となっても空きがある広さがあり、一部を月極駐車場として貸し出していると店長から聞いたことがある。
久しぶりの旧バイト先だ。佐々木くんはまだ来ていないようなので、顔を出してみよう。橘くんもと誘うと「いや、俺は外で待っている」というので私一人で裏口のドアを開く。
「こんばんは、お久しぶりです」
私が裏口のドアから控室に顔を出すと店長と私より早く着いた彩夏さん、瞳が雑談していた。
「久しぶり、木花さん。相変わらず元気そうだね」
休日をしっかり取るようになった店長は以前と比較して若々しく見える。
「店長こそ、目のくまが無くなって若返りましたね」
「そうなのよ。奥さん。店長ったらこれが出来たみたいで」
瞳はおどけながら小指を立てる。
「あらやだ。どんな方なのかしらね。私、気になりますわ」
私は瞳のノリに乗ってみる。
「高校の時の同級生だよ。この前、同窓会で久しぶりに会ってね。前だったら同窓会に参加するための休みなんて取れなかっただろうから、休みが取れるように掛け合ってくれた長谷川さんのおかげだよ」
店長はしみじみ話す。
「呼んだ?」
キッチン側の入り口から舞さんが顔を出す。
「咲耶ちゃーん。久しぶりー」
私を見つけるなり舞さんが抱きついてくる。
「いや……舞さんとは一昨日会いましたよね?」
「分かってないな。咲耶ちゃんは。ここで会うのは久しぶりだよ」
たしかに制服姿の舞さんを見るのは久しぶりだ。しかし、耳元で甘くささやかないでもらいたい。恥ずかしい。
「長谷川さーん。オーダーお願いしまーす」
キッチンの方から聞き慣れない声が聞こえた。新人の子だろう。それを聞いた舞さんは名残惜しそうに手を振りながらキッチンに戻って行く。
「プっ、長谷川さん。何だか少し変わったね」
彩夏さんは吹き出しながら言った。私から見れば彩夏さんも以前とは少し違って見える。容姿が変わったのはもちろんだが肩の力が抜けて少し柔らかい印象になった。




