第8話【夜のドライブ】2
「それより木花、岩崎さんの家から回収してきたそれ、どうするつもりなんだ?」
橘くんが私の机の下に置いてある半透明のゴミ袋を指差す。
「ふふふ、これは所長にお願いして道具屋さんに売ってもらおうと思っています。蛇女の抜け殻、好事家さんなら喉から手が出るほど欲しい一品だと思いませんか?」
彩夏さんが落ち着いた後で私は売却する許可をもらって抜け殻を回収した。彩夏さんからは「そんなもの何に使うの?」と訝しんだ目で見られたが、私には欲しい物があってその資金が必要だったのだ。
「これを売却したお金で勾玉を購入すれば良いのですね?石は……岩崎さんは今月が誕生月ですよね。だから誕生石のルビーの原石あたりが良いでしょうかね」
流石は所長、元ホストだ。誕生石がすぐさま出てくる世の男性は多くはないだろう。
「ふむふむ、誕生石の方が良いのだね。偶然私の誕生石のムーンストーンが事務所の在庫にあったのは幸運だったんだね」
舞さんは頷きながら話す。
「ん……そうですね。ムーンストーンの場合は色々なことに使えて汎用性が高いですからね。在庫として保管していて損は無いですし、木花さんの勾玉を注文する《《ついで》》に注文していたのですよ」
所長は焦ったように早口で言う。
(……そんなに『ついで』を強調したらついでじゃなかったことがばれちゃいますよ)
そんな私の心配は無用だったようで、舞さんは「ふむふむ」と頷いて、橘くんは天井を見つめボーっとしている。その二人の様子を眺めて鏡花ちゃんはクスクスと笑っている。
一週間後、道具屋さんから『抜け殻』の買い取り額が決まったと連絡を受けた所長は外回りの途中で、ルビーの勾玉と、その代金を差し引いた残りの買い取り額を回収してきてくれた。
「えっ!?封筒がすごく厚いのですけど……」
「二十万円入ってます。普通の蛇の抜け殻でも“再生”と“成長”を繰り返して、その度に“脱皮”する蛇の特性から金運・財運アップ、健康長寿をもたらす縁起物として知られていますからね。それが希少な“蛇女”のものとなれば出回ることが知れるだけで好事家の間では噂になるくらいらしいですよ。道具屋さんも今まで僕が持ち込んだ物の中で一番喜んでいましたよ」
所長は好事家という人々に対して少し呆れたように話した。
「ん~。勾玉が買えれば良いとは思ったんですが、こんな大金になってしまうとは……。彩夏さんに相談してみますね」
正直、彩夏さんへの誕生日プレゼントとして勾玉が買えれば良いとだけ考えていたが、残金がこんなに残るのは想定外だ。
さっそく、私は彩夏さんに電話を掛けた。『抜け殻』を売却して得た金額のこと、そしてその中から必要な勾玉を購入したことを正直に伝える。
すると、彩夏さんは「迷惑をかけたから、残りのお金は咲耶ちゃんにもらってほしい」と言い出した。しかし、いくらなんでもそんな大金を受け取るのは、こちらとしても気が引ける。
それに、怪異の影響で急激に体重が落ち、体型が激変した彼女は、これから衣服の買い替えなどでお金が掛かるはずだ。私はその点を突き、なんとかお金を受け取ってもらえるよう説得を試みた。
「たしかに、就活用のスーツも買い換えないといけないか……。でも、皆に迷惑をかけたのは事実だし……」
まだ申し訳なさそうにする彼女に、私は一つの折衷案を打診した。
一つ目は、あの時岩崎宅にいた全員で、彩夏さんの奢りでご飯を食べに行くこと。
二つ目は、所長に対して手数料として二万円を支払うこと。
そう提案して、ようやく彼女にも渋々納得してもらうことができた。
「所長、話が付きましたよ。あと、彩夏さんとも話したんですが、売却の手数料として二万円受け取ってもらえますか?」
「手数料なんて考えなくても良いのですよ」
所長は手を振って否定する。
「私がお願いしたことですし、私たちも皆でご飯を食べに行くことにしたので、所長も誰か誘ってディナーにでも行ってください。例えば《《舞さん》》でも誘って」
私は口角をあげてニヤリとする。
「いい口実ができて良かったじゃない。行ってきなさいよ」
鏡花ちゃんが追い打ちをかける。
「口実?何のことでしょう?でも折角のご厚意ですし、頂いておきます」
所長は少し上ずった声で言った。
私が仕事の合間に給湯室へ向かった隙に所長は誰かに電話を掛けていた。私がいない時に掛ける相手なんてすぐに分かるのだ。それに声もいつもより張っているせいで給湯室まで丸聞こえだ。
「もしもし、小早川です。今、お時間よろしいですか?」
「ちょうどお家にいらしたんですね。よかった。それで、用件なのですが、先日、木花さんが岩崎さんのお宅から持って来た『抜け殻』が高値で売れまして、話の流れで僕も手数料として幾らか頂くことになったんですよ。僕は最初断ったのですが、木花さん達もご飯に行くから、僕も誰か誘って行けと半ば強引に押し付けられる形になりまして。それで、舞さんのご都合が合えば《《僕》》とご飯に行きませんか?」
「……えっ、良いんですか!」
所長の声のトーンが一つ上がった。どうやらOKがもらえたようだ。
「……あっ、はい。凛もですか……」
所長の声のトーンが二つ下がった。凛さんも誘う流れのようだ。
「……それでは、日程を凛にも確認して再度お電話しますね」
「これで良かったのかもね。どうせあなた、緊張して間が持たなかったでしょうし……。まぁ、一歩前進って所かしら?」
鏡花ちゃんがいつも置かれている台座から普段より優しい声で所長に語りかけている。
「はい……」
所長はデートに誘ったつもりが、舞さんには意図が伝わっていないようだ。
頑張れ所長、相手は手強いぞ!!
私は給湯室の中で所長にエールを送った。




