第8話【夜のドライブ】1
「ということがあったわけなんですよ」
私は所長に『岩崎彩夏、蛇女変身事件』の詳細を報告していた。
「ん……やっぱりブルース・リーのくだりは……いえ何でもありません」
所長は口ごもる。
私のジークンドーに何か至らない点があったのだろうか?実演を込めて足運びを披露した際、鏡の中の鏡花ちゃんが笑い転げていたのだ。修行が足りていないと指摘しようと思ったのかも知れない。
「それより、“田中さん”ですね。岩崎さんの話によれば犬神の時の小林さん錦川さん同様に同席していた友人は覚えていなかった……。そして今回は中学生の姿では無く、大学生の姿だった……ということでしたね」
所長は顎に手を当てて考えている。
「はい。私も確認したんですが、『中学生にはとても見えない。むしろ私たちよりも少し年上に見えた』と言っていました。あと、『今考えれば、あのニタニタと笑う顔も気味が悪いが、その時は何も感じなかった』と言っていました」
「認識の阻害と記憶の改竄ですかね……」
「そういったことができる怪異って結構いるものなんですか?」
私は首を傾げて所長に質問する。
「僕自身は出会ったことは無いですが、伝承や怪談には割とよく出てきますね」
トントン
「橘です。戻りました」
橘くんが外勤から帰ってきた。
「千宗くんも帰ってきたことだし、私からも質問いいかな?」
ソファーに座り私たちの話を聞いていた舞さんが声を出すと、私たちは「はい」と頷いた。
「なぜ千宗くんは岩崎さんに取り憑いた怪異をそのまま祓わないで、咲耶ちゃんに任せたの?」
「俺も取り憑いた怪異を祓うことはできるんですが……ちょっと方法が問題でして」
橘くんは困ったように頭を掻いた。
「方法?」
舞さんが聞き返すと、橘くんは小さく深呼吸をして話し出す。
「怪異を体から追い出すには、そいつに『このままこの体に取り憑いていたら祓われてしまう』という消滅の恐怖を与える必要があるんです。でも、俺があの場でできたのは、“ひたすらに岩崎さんを殴って追い出す”という物理的な方法しか無かった」
(ひたすらに殴る……。私が失敗していたら、凄惨な光景を見ることになっていたのか……)
私は思わず背筋が寒くなった。
「一応、祓えるには祓えるんです。ただ、岩崎さんには骨折とかの後遺症が残るかもしれない。そこで思い出したのが、長谷川さんの件で取り憑いた怪異を祓った、木花の加護というわけです」
そう言って、橘くんは「うまく行ってホッとしましたよ」と大きく胸を撫でおろした。
「でも何で寸勁?だったの?」
「寸勁は中国拳法の打撃技で、相手に密着した距離から、ほとんど予備動作なしで爆発的な体内エネルギーを浸透させてダメージを与える技です。なので、木花自身の体内の加護を相手に浸透させるには良いと思って、あと素人でちんちくりんの木花がやった所で相手に肉体的なダメージが少ないですしね。でも、一番の理由は前の日に木花とブルース・リーの映画の話をしたのが大きいですかね」
ちょっと待て、なぜ今の真面目な会話の中でちんちくりんなどと私が軽く馬鹿にされなければいけないのか?
「ほう、なるほど。それでは素人でちんちくりんの私の攻撃は、玄人の橘ち・ひ・ろくんには効かないということかな?」
私は立ち上がり鳴らない指を鳴らす動作をする。
「まぁ、落ち着いてください」
所長が私をなだめる。
「橘は本当に馬鹿ね。いつも一言多いんだから」
そう言いながら鏡花は大笑いしている。
「なんだ?このクソ鏡。やんのか?」
橘くんが立ち上がる。
「鏡花さんも煽らないでください」
所長は疲れた顔で二人を静める。
「あの……。咲耶ちゃんにお願いがあって……。咲耶ちゃんの加護の炎で岩崎さんのニキビが消えたって聞いたんだけど、私も顎の所に吹き出物ができているんだけど……」
舞さんは遠慮がちに自分の顎を指差す。
「そんなことにご加護を使ったら、神様が怒って丸焼きにされちゃうかもよ?」
鏡花はニヤニヤしながら舞さんに言った。
「えっ!?やっぱり止めとくよ!」
舞さんは引き気味に即答した。
「それ以前の話で、私が普段出そうと思っても炎は出ないんです。勾玉が光って、今なら出せるって時しか出ません」
「神様の使用許可ですかね?」
所長が呟いた。




