第7話【嫉妬の蛇】8
「わかった!!」
今の指示で何がわかったというのだ。
木花咲耶は右拳を肩まで、左拳を顔まで上げてボクサーのような恰好をしながら、足を細かく動かす謎のステップを踏み私に近づいて来る。
「岩崎さんが悪く無いのは分かってるんだよ。怪異のせいだよね。だけど……。言われっぱなしは流石に頭にくる!!」
私の前まで近づいた木花咲耶は一旦動きを止めて、握手でもするように私の鳩尾に右手の指先を近づける。
「フーッ」
木花咲耶が息を吐くと同時に右手がぼんやり桜色に光った。
「ホワタッ!!」
木花咲耶はそう叫ぶと同時に広げていた右の指を握拳に変えて私の鳩尾に打撃を打ち込む。
衝撃こそあったものの所詮は小柄な女の打撃、大した事は無い。何がしたかったのか?
そう思った瞬間、鳩尾に違和感を覚えた。熱いのだ。その熱さは瞬く間に全身に広がり体表が燃え上がる。
あまりの熱さに私は膝を突き、蹲る。
あ、これはやばい、確実に死ぬ。そう思った刹那、私の鳩尾付近から白と黒の斑の小さな蛇が顔を出し、周囲にも目もくれず一目散に逃げだすように這っていく。
逃げ出した蛇はすぐに橘に踏みつけられ霧散した。蛇の霧散を見届けるように私の意識は遠くなっていった。
「岩崎さん!岩崎さん!」
この甘ったるい声は木花咲耶か?でも不思議なことに声を聞いても少し前とは違い《《憎い》》とも耳障りとも思わない。むしろ可愛らしい声だと思った。
私は目を開けて周囲を見回す。右目がぼやけていない。それに死んでもいないようだ。私は体に布団をかけられ眠っていたようだ。あれは夢……では無いのだろう。この場所に木花咲耶と石永瞳がいるのは不自然だ。
「よかった~。燃えちゃった時は死んじゃうんじゃないかと思って焦ったよ。一応ね……寝ている間に火傷が無いか確認させてもらったんだけど……痛い所とか無い?」
木花咲耶は目じりに涙をためて安心したような表情を浮かべる
私は布団を少しだけめくって体を確認した。上半身裸の半裸ではないか。私は恥ずかしさで赤面する。
「だ、大丈夫みたい……」
今すぐ布団にもぐりたい!!
「それにしても咲耶、橘くんの言ったこと何ですぐ出来たの?」
石永瞳は不思議そうに木花咲耶に訊ねる。
「ブルース・リー育ちだからね。こういうことに強いんだ!キリッ!」
木花咲耶は右の口角を上げて決め顔で言った。
「プフッ、それってあの時の橘くんの真似?」
石永瞳は噴き出し笑いをする。
「アハハッ、何それ」
私もつられて笑う。何故だかこんなくだらないことが心の底から可笑しかった。
「おい!木花!聞こえてるからな」
洗面所の方から橘の声が聞こえる。そうか布団の中とは言え半裸の私に気を使って姿が見えない所にいたのか。
私たちの笑い声につられて佐々木が顔を出す。私と目が合った佐々木が呟いた。
「綺麗だ……」
「何を言ってるの佐々木くん、岩崎さんは元々鼻筋の通った長身の美人さんだよ」
木花咲耶は不思議そうな顔をしている。
「それより佐々木くん、《《覗き》》なんてしてデリカシーがないのかな?」
木花咲耶がそう言い終わる前に橘であろう手に首元を引っ張られて佐々木は洗面所の方へ姿を消す。
『綺麗』『美人』?私が?私はリビングの窓ガラスに目を向ける。そこに映っていたのは痩せてほっそりとした私だった。蛇女の時はひどい飢餓感があった、体が変質したせいでカロリーをかなり消費したのだろう。それにニキビによる顔の赤みが消えている。顔に触れてみるとつるりとしておりあんなに悩んでいたニキビが無くなっていた。
私は悩みが消えた浮かれ気分もあって、木花咲耶に変な質問をしてしまった。
「咲耶ちゃん、私もお姫様になれるかな?」
急に変な質問をされた咲耶は不思議そうな顔をして言った。
「彩夏さん、女の子はみんな、お姫様なんですよ」
真顔でこんな事を言えるこの子がやっぱり少しだけ妬ましい。
その後、恥ずかしながらではあるが私のコンプレックスだった『ニキビ』と『小太り』を後輩女子2人に吐露すると、「バイト後に牛丼屋に行くのはやめた方がいい」「自炊はしているのか?」など思いがけない小言を頂くことになった。私が「みんな外でたくさん食べているのを見る」と言うと「外食時はそうだが普段はなるべくカロリーを気にした食事をしている」とのことだった。なんやかんや2人の間で話が盛り上がり、私は『美の伝道師長谷川舞』に師事することになってしまった。
最後に後輩女子2人は私を指差し決め顔で言う。
「彩夏さん!可愛いは1日じゃ作れないんですよ!!」
今回の件で私が得た教訓は、『他人の努力を見ようともしないで、妬むことは浅はかで本当に馬鹿みたいだ』ということだ。




