第7話【嫉妬の蛇】6
あの女、私が苦しむ姿を自ら見に来やがった。
放火魔は放火した家を野次馬に紛れて眺めて愉悦を感じると聞いたことがある。その心理なのだろう。本当に性悪な奴だ。ここで私が玄関から顔を出せば、私の姿を見たあの女は笑い転げるのだろう。そんな異常者の心理に付き合う必要は無い。私は居留守を使う事にした。
ピンポーン、ピンポーン
しつこい奴だ。こちらは起き抜けで腹が減っているんだ。帰ってくれないと私が買い物に行けないじゃないか。でもこの姿で買い物に行くにはどう体を隠せば良いのだろうか?マスクにサングラス、帽子に手袋、首元を隠すマフラーも必要か……夏場にその恰好は完全に変質者ではないか。
などと考えている時、ガチャリと玄関のドアが開く。しまった、昨日急いで帰って来て鍵をかけ忘れていた。
「鍵、かかって無いみたいだね。何かあったのかも知れないし、入ってみよう」
木花咲耶は誰かと会話している。『何かあったのかも』とは白々しい、お前のせいで今ひどい目にあっている最中だ。
「佐々木くん、何してるの?モジモジしてないで行くよ」
佐々木も来ているのか。まぁ、どうせ私を笑いものにする為に来たのであろう。
「いや、でもまだ心の準備が……」
「中で岩崎さんが倒れてるかも知れないのに『心の準備が』じゃないよ。今は岩崎さんに謝ること以上に安否を確認するのが優先だよ」
私に謝る?どうせ笑いながら『岩崎さんが邪魔だったから、蛇女にしちゃいました~。ごめんなさ~い』とでも言うつもりだろうが、ふざけるな!!
ギギーッとドアを開けて2人が室内に入ってくる。
腹も減っている事だし丁度良い。あの女に私を蛇女にしたことを後悔させてやろう。木花咲耶の柔らかそうな肌に牙を突き立てることを想像して、口から涎が垂れ床に広がる。
「お邪魔しまーす。岩崎さーん」「おっ、お邪魔します……」
私はソファーの陰に身を潜め、その辺に落ちていた私の抜け殻を掴んで放り投げる。
放り投げられた抜け殻は黒い1m程の蛇となって私の意志の下で玄関に向かっていく。何故そんなことが出来るのか不思議には思わなかった。出来ると直感的に思ったからやったのだ。
「キャッ、えっ!?蛇?」「うわっ!!」
ふふっ、驚いている。蛇は木花咲耶と佐々木の横を通り室内側のドアノブに巻き付き固定する。これで逃げられないだろう。あの女がもっと恐怖する顔を想い浮かべ笑みがこぼれる。
「どうしたの咲耶!!あれっ?ドアノブが動かない。鍵かかってる?」
遅れて到着したであろう石永瞳の声がする。ドアを開けようとしても無駄だ。私の蛇が強力に固定している。
「違うよ、蛇がドアノブに絡まって固定しているの。意志があるみたいだから怪異の類だと思う。今出張中で所長は事務所にいないけど、橘くんが留守番してるから来てもらおうと思うんだけど、瞳ちゃんには地下鉄の駅まで迎えに行って欲しい。1番出口だよ」
助けを呼ぶつもりか?無駄だ。今更男が1人増えた所で私の敵ではない。
「わかった!!」
石永瞳がドアから離れ遠ざかっていく音が聞こえる。
「橘くん、今、事務所にいる?『なんか用か?』じゃないよ。用があるから電話してるの。今、岩崎さんって人の家に来てるんだけど、1mくらいの蛇の怪異にドアノブを固定されて出られないんだ。うん、私も本体の怪異が室内に居ると思う。南郷18丁目駅の1番出口に瞳ちゃんがいるから一緒に来て。わかった気をつける」
私を怪異呼ばわりだと!お前が呪ったんじゃないか。ふざけるな!
そんなことより早く近づいてこい。今なら丸呑みに出来る気がする。あの嫌な女を丸呑みにしたら、さぞかし気持ちが良いのだろうな。涎が出る。
……電話を切ってから10分は経つが奴らが玄関から動く様子はない。
「このは~。俺たちどうしたらいいの~?黙ってるだけで怖いよ~」
痺れをきらしたのか佐々木が口を開く。
「情けない声を出さない!今は橘くんが到着するのを待とう!そうしたら多分どうにかなるから」
随分信頼しているようだが、その橘という男は格闘技か何かをしているのか?そんな物で私がどうにか出来るわけがないだろうに。
腹が減っているこちらとしてはそんな奴を待ってはいられない。だが、こちらから玄関に向かうのも違う。蛇としての習性なのか物陰に隠れて急に目の前に出て相手が驚く顔を見ながら殺したいのだ。その方が絶対に気持ち良い。
そうだ、私は名案を思い付いた。私の口から二ヒヒと笑みと涎が零れ落ちる。
「ぐ……ぐるじい……たずげで……」
奴らに聞こえるギリギリの大きさで私は声をあげる。
「えっ、今の声って岩崎さん?助けてって!」
「待って、佐々木くん!」
掛かった。洗面所を超えて勢いよく駆け出す佐々木を追って木花咲耶がリビングに入ってくる。
「い、岩崎さん!うっ、生臭っ。何だ。この匂い」
私の部屋が生臭いだと、佐々木は本当に失礼な奴だ。まぁいい、もっと近づいてこい。
「これ、何だろう?蛇の抜け殻みたいに見えるけど……」
木花咲耶は私の抜け殻を見つめている。
「それより木花、これ……」
佐々木は破れた衣服を見つめて固まっている。
「服と下着だね……」
「俺、嫌だよ……。まだブスって言ったこと、きちんと謝れていないのに」
佐々木は俯いて泣いているようだ。
「大丈夫。さっき声が聞こえたんだから、きっと大丈夫だよ」
木花咲耶は力強く、自分に言い聞かせるように言った。




