第7話【嫉妬の蛇】5
目を覚ますと右目の方が左目よりはっきり見える。今はおそらく夜だ。早く寝たので夜中に起きてしまったのだろうか。顔を少し動かして自分の体を見て困惑して声が出る。
「えっ!?」
ふくらはぎまでだった鱗は腰まで上にきていて、指先から肩までも鱗に覆われている。何故、顔を動かすだけでそこまで見えたかと言うと布団を蹴飛ばして全裸だったからだ。ベッドの周りには無理やり脱がされたのかと思うほど破れたパジャマや下着が散らばっている。これだけ見れば強姦にでもあったのかと考える所だが、周囲に抜け殻が落ちているので無意識に自分で脱いだのだろう。
体を起こした私は強烈な空腹に襲われる。何か食べたい……。買い置きのカップ麺もなく、冷蔵庫の中も空っぽだ。何か買いに行かなければいけない。
そこで初めて時計を見た、デジタル時計は20時を灯している。随分と長い時間眠っていたようだ。目覚まし時計は意味をなさなかったようだ。
私は部屋の照明を点けようか迷い、やめた。右目で何不自由なく見えていたのもあるが、部屋を明るくして自分の姿を左目ではっきりと見るのが怖かったからだ。
下着とその辺に掛けてある服を着て、ワークキャップを深く被り外出の準備をして玄関でドアノブに手を掛けて気が付く。手を隠さなければいけない。いったん部屋に戻り、箪笥の中から薄手の手袋を取り出し装着し近所のコンビニを目指して玄関のドアを開ける。
街灯や車のヘッドライトがいやに眩しく感じる。そんなものが無くても私には見えるのに。
コンビニに着いた私は弁当を物色する。しかし、弁当よりも隣の生鮮食品コーナーの卵に目がいった。少し横に移動し生鮮食品の前に立つと生卵と鶏胸肉から目が離せない。気が付くと口から涎が垂れていた。手袋で涎を拭い、レジに卵と鶏胸肉を持っていき会計を済ませる。
レジ袋を持ってコンビニの出入口で入店してきた客とすれ違うと、その客が「キャッ」と小さく声を上げる。何だろうと顔を上げると出入口のガラス戸に映った私の口から《《二股に割れた舌》》がチロチロと出ているではないか。
私は走って家に戻る。何だ、これは……。これじゃ本当に蛇みたいじゃないか。
部屋に戻りテーブルの前に座ると、手袋を投げ捨てレジ袋と梱包を開けてワンケース6個の生卵を一つずつ殻ごと口の中に放り込む。ガリッ、グチャッと口内で殻が砕け、生臭い黄身が喉の奥へと滑り落ちていき、衣服やテーブルは卵の汁でぐちゃぐちゃに汚れている。
続けて生の鶏胸肉のラップを乱暴に開けてトレイをその辺に投げ捨て、鶏肉に齧り付く。卵以上の生臭さが口に広がる……すごく美味しい。涙がこぼれる。クソ、クソ……生肉に齧り付いて喜ぶなんて、これじゃ蛇女だ。
そんな時テーブルの上の携帯電話が鳴る。私は片手に生肉を持ちながら手を伸ばして携帯電話を取ると通話ボタンを押した。
「彩夏ちゃん、どうしたの?講義に来なかったから何度も電話したんだけど、出ないから心配したよ。体調でも悪いの?」
飯川だ。
「くそ、くそ、くそ、木花咲耶!!こんな目にあわせやがって!憎い、憎い、憎い、憎い」
通話中の携帯電話を力一杯、床に投げつける。二つ折りの携帯電話はヒンジの部分から二つに折れて、ディスプレイの灯も消える。
何だっていうんだ。今度は私の友人の飯川まで洗脳して苦しむ私を監視しようというのか、本当に嫌味な奴だ。憎い、憎い、憎い。
私は泣きながら生肉を頬張る。お腹が満腹になり泣き疲れて、私はいつの間にか眠っていた。
目を覚ますとやはり夜だった。上半身に着ていた衣類と抜け殻が床に散乱している。カーテンの隙間からの月明かりで食器棚のガラスに私の姿がはっきりと映る。腹部、胸部、頸部、そして顔まで鱗に覆われている。
視界の左右差があるのでまだ左目はかろうじて人間のままだが、それも時間の問題で明日起きた頃には全身鱗の蛇人間になっているのだろう。私は半ば諦めたようにそう思っていた。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン、ピンポーン
「すいませーん、岩崎さーん、いますかー」
この甘ったるい声は木花咲耶だ。




