第7話【嫉妬の蛇】2
「岩崎さんは本当に働き者だね。もう少し遅くても大丈夫なのに、いつも時間より早く来て感心しちゃうな」
長谷川はあからさまな作り笑顔でそう言う。ブスは働くしか能がないという嫌味だろうか?
「いえ、時間ギリギリって落ち着かなくて」
「ん?岩崎さん、少し顔がむくんでる?」
長谷川は私の顔を覗き込むように見つめて言った。たしかに二日酔いで多少はむくんでいるのだろうがパッと見て分かるほどではないだろう。わかった、私が小太りなので嫌味を言っているのだろう。
「昨日少しだけお酒飲み過ぎちゃったみたいで」
「そうなんだ、辛かったら言ってね。いつも岩崎さんにはお世話になっているし、替われることは替わるからね」
長谷川はそう言ってわざとらしく眉を寄せる。
「わかりました。その時はお願いします」
私はそう言ってホールに向かう。相手が心にも無いことを言っても受け流すのが大人の所作というものだ。
やはりこの女は気に入らない。私が長谷川を嫌う一番の理由は《《美人》》だからだ。木花咲耶が小動物のような可愛い系だとすれば、長谷川はモデル体型の正統派美人だ。店長やスーパーバイザーの谷川も話しかけられただけで鼻の下を伸ばしデレデレしている。当然男性客も長谷川の後に私が接客すれば大抵は露骨にガッカリした表情を見せる。たかだかファミレスの接客に顔やスタイルなど関係ないだろうに、腹が立つ。
私がホールで紙ナプキン等少なくなった備品を詰め、厨房に戻る。そこには15時ギリギリにタイムカードを切った佐々木が他の厨房スタッフといつものようにくだらない話をしている。
「姫、久しぶりに遊びに来てくれないかな……。俺、今度姫に会ったらドライブデートに誘おうと思ってるんですよ。綺麗な夜景を見てそこで手を繋いで見つめ合う、俺と姫……」
佐々木はにやけ顔で左右の手を狐の形にして口部分を近づける。
「ほんと気持ち悪い」
私は佐々木に蔑んだ目を向ける。こいつは口を開けば姫、姫と五月蠅い奴だ。
「気持ち悪いって、姫がですか?それは聞き捨てならないですよ!!」
佐々木は前にやったこのやり取りが気に入ったらしく何度も同じ事を言ってくるのでウンザリする。
「そのやり取り面白いって思っているのは佐々木くんだけだからね。みんな『またか』って呆れているよ。それで、佐々木くんは本気で木花さんが自分の事を好きになってくれると思っているの?私は佐々木くんみたいな利用価値の低い男を相手にするとは思えないけどなー」
私は佐々木に蔑んだ目を向けながら思わず口角が挙がる。
「ひ、姫は利用価値なんかで人を判断する娘じゃない!!」
佐々木は顔を真っ赤にして調理台を叩いた。
「それは、どうだろうね?」
私は呆れ声で言う。
「わかった!岩崎さん、あんたは自分がブスだからって可愛い姫の事を僻んでるんだろ!!」
自分がブスな事は誰よりも知っている。佐々木があの女に騙されているから忠告しただけだろうに。
「佐々木くん!言い過ぎだよ。岩崎さんに謝りなさい」
長谷川は急に年長者ぶって偉そうに声を荒げる。
「すいません。ブスって言ったのは言い過ぎでした」
佐々木が私に謝罪すると、長谷川はいつもの作り笑顔で頷いている。
「でもね。岩崎さん、咲耶ちゃんは本当に優しくて心が綺麗な子だから、人の『利用価値』なんて考えないよ。絶対!」
長谷川は見た事の無い真剣な顔で言った。これはダメだ。完全にあの女に洗脳されている。
「すいませんでした。私も言い過ぎました」
洗脳されている人間たちに何を言っても私が悪者にされるだけだ。それにしても、これほど強い洗脳が出来るなんて木花咲耶は恐ろしい女だ。
私は無言で仕事を行い、夕食のまかないにドリアを注文する。なぜドリアかと言うと、耐熱容器に盛り付ける手間とオーブンで焼くために時間が掛かるので佐々木に対して嫌がらせになるからだ。流石の私でも面と向かってブスと言われたのは数えるほどしかない。これくらいの嫌がらせをしても良いだろう。
「はい、ドリアです」
佐々木は不機嫌な顔でドリアを控室のテーブルに置く。少しスッキリしたがブスと言った事を許したわけでは無い。私は執念深いのだ。《《蛇》》のように。
夕食のドリアを美味しく頂いた後、二日酔いの体調不良に耐えながら20時に仕事を終えた。仕事中に佐々木と何度か目があったが、互いに目を反らし口論になるような事は無かった。
帰り支度を終えて店を出た私が向かうのは、バイト先の隣にある牛丼チェーン店だ。牛丼チェーン店とは言うが現在は狂牛病問題により牛丼の提供は行われていない。代替として豚肉を使った『豚どんぶり』通称『豚どん』が提供されている。ここからは少し”蛇足”になってしまうのだが、帯広生まれの私が『豚丼』と言われて想像するのは牛丼の代替品として考案された牛丼の牛肉を豚肉に差し替えたそれではない。ロースやバラ肉を炭火やフライパンで焼いて甘辛いタレを絡めた、言うならば『豚焼肉丼』の方だ。代替え豚どんが世に出た頃は「こんな物は豚どんでは無い」と、あるのかないのかわからない郷土愛から拒否感もあったが、実際に食べてみるとさっぱりとしていてこれはこれで有りだ。
大盛り豚どんで腹を満たした私は帰路につく。途中コンビニでポテトチップスと紙パックのミルクティを買って帰宅したが、流石にポテトチップスを今から食べる訳ではない。明日、小腹が空いた時用だ。
本当に疲れた、私は熱めの湯を張って入浴する。それにしても、佐々木の奴、バイトの先輩で年上の私に面と向かって『ブス』と言うなんて信じられない奴だ。腹が立つ。それ以上に佐々木を裏で操り『ブス』と言わせたあの女、木花咲耶はもっと憎い。私は張られた湯を握り拳で殴りつけると、蛇が這い上がってきた胸のあたりから暗い気持ちがこみあげてくる。
今日は嫌な事が沢山あった日だが疲労のためか、ベッドに横になるとすぐに瞼が重くなり眠りに就いた。
朝起きると右目に違和感があった。メガネをかけても視界は白くぼやけて視野も狭い。特に痛みや腫れがある様子は無い。確認のために洗面所に向かい鏡を見た私は「ギャー」と悲鳴をあげる。
私の右目は黒目が無く瞳孔は縦に伸びていて、まるで夜行性の爬虫類のようになっていた。




