第7話【嫉妬の蛇】1
憎い、憎い、憎い、あの女が憎い。”木花咲耶”が憎くて、憎くて恨めしい……
私、岩崎 彩夏にはコンプレックスがある。大柄で小太り、ニキビ顔で視力が悪いのでメガネをかけている。大学の友人には「せっかく大学に入ったんだからコンタクトにしてみたら?」などと言われたが、メガネを外してもブスはブスだ。少女漫画によくあるブス扱いされてはいるが、メガネを外せば周りが振り向く美人……なんてことは現実に無いのだ。
そんな私と比べてあの女、木花咲耶は小柄で華奢、媚びた笑顔と仕草で男だけではなく女さえも意のままに従わせる悪女だ。
例として、あの女が私のアルバイト先に入ってきてすぐの時のことだ。誰でも覚えられるメニュー名を一日で覚えてきたとあの女が言うと店長やパートの長谷川が「すごい」と過剰に褒めた。その時のあの女の得意げな顔が気に入らなかった。私だって一日でメニューを全て覚えたけど誰も褒めてくれなかった……。あと、洗い場で皿を割った時のあの女の顔……世界の終わりみたいな顔をして同情を誘うような仕草が気に入らない。そして、それを「大丈夫、誰でもあることだから。それより指とか切ってない?」と鼻の下を伸ばして甘やかすキッチンスタッフ、特に”佐々木”。
一番気に入らないのはあの女が『姫』と影で呼ばれている事だ。私も小さい頃は両親や祖父母に「彩夏はお姫様みたいだね」と言われていた。幼い私はその気になって似合いもしないフリフリのドレスなんて着てしまっていた。私の黒歴史だ。それを知ってか知らずか、実家に帰省する度に私がフリフリのドレスを着てぶりっ子ポーズをしている写真を見せてくる両親は拷問官なのだろうか。
つまり、女の子なら誰でも『お姫様』に憧れる。『姫』と言われるのは”特別”の証、キッチンスタッフ達があの女を『姫』と呼ぶ度に自分がモブキャラだと言われているようで腹が立つ。
私が先週落ちた就職面接だって、あの女ぐらい恥知らずにあざとく出来れば結果は変わっていたかも知れない。本当にあの女が妬ましい。
あの女の事を考えていたら頭が痛くなってきた……違うこの頭痛とダルさは二日酔いだ。
昨日は私の21歳の誕生日を祝うために大学の友人3人が居酒屋で誕生日会を開いてくれた。そこで友人の飯川は「彩夏ちゃんファミレスで水仕事するから手が荒れるでしょ」とハンドクリームをくれた。水口は「私からも水仕事で爪が荒れないようにね」とネイルオイルをくれた。
最後に田中だが……
「私はこれ~」
そう言って田中は木箱を差し出して来た。何かと思い私が箱を開けると、そこには所々が少し黄ばんだ乳白色の2センチほどある”蛇の置物”が入っていた。私はあまりの気味の悪さに「うわッ」と言って箱を落としそうになる。
「ダメだよ~。彩夏ちゃ~ん、それ本物の大蛇の骨から作っている物だから、落としたらすぐに割れちゃうよ~」
田中はそう言ってニタっと笑った。
訊けば金運アップのお守りらしい。プレゼントの趣味は悪いが田中はいい奴だ。前述した木花咲耶の事を私が話すと
「うんうん、姫ってバカじゃないの~。あざといぶりっ子って見ていて本当にイライラするよね~。そんな女は蛇に丸呑みにされちゃえば良いのにね~」
とニタニタ笑いながら真剣に私の話を聞いてくれた。
田中に今まで誰にも言ってなかった胸の内を明かせたせいか、普段はあまり飲まないお酒を沢山飲んでしまった。酔いのせいか帰り道は面接で落ちた事も忘れて上機嫌だった。家に着くと簡単に化粧を落とすとパジャマに着替えてすぐに就寝した。しかし、飲み過ぎたせいか、田中の気味の悪い贈り物のせいか奇妙な夢を見た。
夢の中で私が床に目を向けると、白と黒のマダラの小さな蛇が紫色の舌を出し入れして近づいてくるのが見えた。蛇はベッドの脚を伝いベッドに上がると布団に入ってくる、モゾモゾと私の足元を伝ってパジャマの中に入ってきて下腿、大腿、骨盤を通ってどんどん上に這ってくる。腹部を過ぎて胸部に着くと胸部に吸い込まれるように蛇は消えていった。私はその間、金縛りにあったように身動きできず、不快感に耐えていた。
気味の悪い夢を見たのも、二日酔いで頭が痛いのもあの女、木花咲耶が悪い。最悪の気分だ。
時計を見ると時刻はもうすぐ正午、大学は休みだがバイトが15時からある。
私は気だるい体を起こして熱めのシャワーを浴びて髪を乾かすためドライヤーがある洗面所に向かう。鏡に映る私はニキビ顔に加えて二日酔いで浮腫んだいつも以上に酷い顔だ。あの女のように可愛らしい顔なら鏡を見るのも毎日楽しいのだろうが、私の場合は鏡を見る度にブスを自覚して苦痛でしかない。
最低限の化粧をして、リビング兼寝室に戻ると大盛りカップ麺に湯を注いでしっかりと3分待って食べる。メーカーが推奨する食べ方が一番美味しいのだ。カップ麺は二日酔いの体に染み入るようでいつもより美味しく感じた。
カップ麺の容器をゴミ箱に放り込むと、冷蔵庫から500mlペットボトルのスポーツドリンクを取り出して1本飲み干す。二日酔いの水分補給にはこれが一番だ。
バイトの時間には少し早いが私は身支度を整えて家を出る。少し歩いた方が体のだるさも多少は良くなるだろう。
バイト先のファミレスに到着した私は着替えを終えて控室から厨房に入る。そこには朝シフトの長谷川舞がいた。
私はこの女も嫌いだ。私が嫌いな木花咲耶を極端に可愛がり贔屓しているのもそうだが、バイトスタッフ内の噂では、海外出張をするようなやり手のビジネスマンと20歳で結婚して新築マンションを購入し、そこに住んでいるらしい。若い頃から男に媚びて何の苦労もしていないのだろう。きっと、就職面接で何度も落ちて四苦八苦している私をあざ笑っているに違いない。




