幕間【小早川 樹の考察】3 長谷川 舞について1
長谷川 舞について
32歳、女性、放置子として児童養護施設で育ち両親は共に死亡している。婚約者(小早川祥吾)に先立たれ現在は1人暮らし。
彼女と初めて会ったのは私が10歳の頃、兄祥吾の彼女(仮)として私達家族に紹介するために兄が実家に招待した時だ。初対面の彼女の印象は『優しそうで、綺麗なお姉さん』だった。その後、彼女は兄に連れられ月に何度か実家を訪れた。
児童養護施設の出身の為か子供への接し方に慣れており、時々遊びに来ていた凛がすぐに『舞お姉ちゃん』と甘えて抱きつき懐いたのが印象的だった。私は『舞姉さん』と呼びはしていたが、照れ臭くて凛のように甘えることは出来なかった。今思えばその時から私は彼女に恋をしていたのかも知れない。
兄は何度か「僕の方が舞より7つ年上だから先に死んでしまうと思う。だから樹は僕が死んだ後に、もしかしたら舞が困ることがあるかも知れない。その時には助けになってあげて欲しい」と話していた。その度に私は兄の足元に縋りついて、「死ぬなんて言わないでよ」と泣き、兄は「そんなにすぐには死んじゃわないよ」と笑いながら優しく私の頭を撫でてくれた。
しかし、兄はその言葉とは裏腹に27歳の若さでこの世を去り、その遺体は消失した。
その後、彼女は半年間で一言も発することが無かったと、身寄りのいない彼女を心配して毎日彼女の家を訪れていた母から聞いた。当然私も心配したが、子供だった私は彼女にどう声をかけたら良いのか分からず母に付いて彼女の家に行くことが出来なかった。
母の支えもあり、一応の社会復帰を果たした彼女は月に一度、私も住む実家を訪れるようになった。一見すると笑顔で受け答えしている彼女だが、以前の無邪気な笑顔を知っている私には、心の底から笑えていない取り繕った笑顔を浮かべて話す彼女に違和感があった。そして婚約者の死で未婚となってしまった彼女の左手薬指には指輪が不自然に輝いていた。
心の傷は少しも癒えている様子は無い・・・
そんな彼女を見て私は早く大人になりたかった。兄の私に対しての最初で最後の願い通りに彼女を助けられる人間になれるように。心の底から彼女が笑えるように。
それからの私は少しでも大人に見られるように口調を敬語に、大好きな甘い物は控える事にした。そして彼女の呼び名を『舞姉さん』から『長谷川さん』に変える事にした。姉さんではいつまで経っても義弟のままだ、高校生の私は頼れる大人の男として彼女に接して欲しかったのだ。
彼女の心を救う手立てが何もないまま、私は大学生になっていた。兄の遺体が消失したせいで彼女は兄と別れを済ませられず、兄の死を本当の意味で受け入れられていないのではないだろうかと考えた私は安易に探偵に頼めば良いのでは、とも思ったが探偵がそんな超常現象的なことを解決できるのだろうか、そもそも遺体の消失などという荒唐無稽な話を信じて貰えるかも怪しい。
それならば自分が探偵になって兄の遺体を探そう。
それならば開業資金を稼がねばということで、大学の友人の伝手で紹介されたホストクラブで働き始める。なぜホストかと言われれば、簡単に稼げると考えていた訳では無いが20歳の若造が在学中の2年間で開業資金を稼ぐ方法を他に思いつかなかったのだ。
ホストとして働くのは開業資金を得る以上に得るものがあった。客として水商売に従事する女性が多いこともあり、常連男性のストーカー化などのトラブルが現在の探偵業としての依頼の主な割合を占めている。そして常連客との会話から怪奇現象を解決する。《《祓い師と清祓協会》》を知った。常連客の話では寺院や神社が窓口になっているとのことで、叔母が嫁いでいる橘家の寺院を訪れる。住職の叔父とその後継者、千宗と凛の兄“宗海”によれば清祓協会の窓口になっているのは前住職の宗常だと言う。
宗常が千宗との修行の合間に下山するのを待ち、宗常の元を訪れる。自室に居た宗常に声をかける。挨拶をすると「樹か、久しぶりだな。すっかり大人になったな」と笑顔で答えてくれたが、私が祓い師や清祓教会の名前を出すと表情を一変させて「お前が知る必要は無い。帰れ」と激怒して自室を追い出されてしまう。
諦めきれない私は何度も宗常の元を訪れ追い返されたが、一ヶ月後に根負けした宗常から「お前が単なる興味で言ってない事は分かった。なぜそんなに必死なのか」と問われ、私は洗いざらい、兄の遺体の消失、その婚約者である舞の事、そして彼女に対する秘めた想いについて話した。宗常は「惚れた女性の為か・・・」と熟考して、祓い師と清祓協会について、兄の遺体の消失について協会に調査を依頼したが不明であったこと、私には弱いが能力者としての素養があることを話し、協会に所属している神社を紹介して貰えるように掛け合うと約束してくれた。
なぜ宗常が自身の専門である修験道や仏道では無く神職となることを勧めたのかというと、修験道の修験者や僧侶として協会に認められるには長い修行が必要であり、僧侶としての資格取得にも年単位の講習を必要とする。しかし、神職の直階取得は神社で真面目に働き適切であると認められること、現在の大学の単位、講習会への参加と試験であり、当然努力は必要であるが時間的には最短と言えるからだ。
私は早朝から神社で働き、大学に通い、夜にホストクラブで働く、という三足の草鞋を履く生活となり、睡眠時間は3時間あれば良い方だという感じであったが、不思議と苦では無かった。目標が近づいてきているという充実感すらあった。
私の両親は私がそんな生活であることは露とも知らぬ顔をしていたが、実は宗常から全て聞いていて無理をしているようなら辞めさせるように言われていたそうだ。後になって母は「無理をしているのは知っていたけど、大人しい樹があんな生き生きした顔で目標に向かっているのを知ったら止められないでしょ」と言っていた。




