幕間【小早川 樹の考察】2 橘 千宗について2
それから時は流れて千宗が17歳になった年、清祓協会から橘一族にある鬼の再封印が命じられる。鬼は山奥の首塚に封印されていたが、その首塚を軽い気持ちで訪れた若者達がふざけて首塚を破壊したのだという。若者達は行方不明となり、捜索を行なった清祓協会所属の山伏により若者達の食い荒らされた死体が発見された。その際、捜索を行なった山伏が鬼と遭遇し怪我を負いながらも逃げおおせて鬼の出現を協会に報告した。
橘一族からは宗常を含む3人の家長と千宗で鬼と対することとなった。顔も知らなかった家長2人は顔を合わせるなり開口一番、「君にばかりこんな役回りをさせてすまない」と千宗に土下座し謝罪したそうだ。そうして、山に入り鬼の痕跡を探す。家長達の昔取った杵柄であろうか、鬼は半日もしない内に見つかったそうだ。
鬼は2.5m前後で牛のような角が頭の左右から生えているがその内の一本が半分折れており、下顎からは大きな牙が見えていて体表は青く、腰に虎柄の腰巻を巻いている。幸いなことに金棒などの武器は持っていないようだった。
封印の流れは、家長3人で鬼に捕縛術をかけて、安定した所で交代しながら1人が術を維持する。その間に首塚の修復を行い、鬼が弱るのを待って塚まで引きずって行き、封印術で鬼を塚に封印する。というものだった。
その時の鬼の封印では千宗は修行の一環として家長達が封印するのを見学するということだが、鬼と対峙するのは初めてだったので緊張したそうだ。鬼を見て緊張したで済む辺り、彼の特異性が伺える。私を含め普通の能力者なら恐怖が先にくるだろう。
家長3人が鬼を取り囲み捕縛術を行う。しかし、無名の鬼だが力が強かったのか、家長の能力が落ちていたのか捕縛術は安定しない。次第に鬼の動きが抑えられなくなり、捕縛術は決壊する。まずは正面に居た家長が瓦でも割るように鬼に叩き潰される。即死だった。
次に鬼の後ろに居たもう一人の家長が鬼の裏拳で吹き飛ばされ、宗常は蹴り飛ばされ近くの木に激突した。2人は深手を負い行動不能となる。
千宗は九字を切り能力を解放すると鬼の正面に立ち鬼の鳩尾に正拳突きを打ち込む。そして、痛みと衝撃で蹲る鬼の折れていない方の角を掴むと顔面を何度も、何度も殴打する。鬼の牙は折れ、頬骨は潰れ眼球が飛び出し、顔の形が変わり、掴んでいた角が折れる頃、気がつくと鬼は消滅していたという。その様子を朦朧とする意識で見ていた家長は「鬼を無心で殴り続ける様子はまるで《《鬼神》》のようだった」と後述していたという。
無名の鬼とは言え『髭切』などの神器や儀式を用いず、無傷で単独での鬼の討伐を成してしまったのだ。それは、鬼を専門として扱ってきた橘一族の中でも前例の無いことだったようだ。
私が千宗に鬼の前に立つのに恐怖は無かったかを聞くと、
「別に怖くは無かったですね。爺ちゃん達がやられて頭に血が上っていたんだと思います。とにかくコイツを野放しには出来ないと思って殴り続けました」
と語っていた。鏡花が初見で千宗の事をグリズリーと例えたのは的を射ていたのかもしれない。人に対する彼は少し人付き合いに不器用さはあるが、家族を思う優しい青年である。しかし、対怪異となると強大な力で容赦の無い冷酷な決断が出来る。相手は人を喰った鬼ではあるが、私には対象の眼球が飛び出るほど無心で殴ることは出来無い。
この鬼の討伐により、千宗の修行は完了したと見做され、一時の猶予が与えられた。鬼に負わされた怪我が原因で死亡した宗常の代わりに従兄である私が身柄を預かり大学に通える事になったのだ。
宗常が亡くなり49日も過ぎぬ頃に清祓協会の幹部が私の元を訪れ、千宗の大学在学中だけでも構わないから、橘千宗を助手として在籍させて清祓協会所属の事業所として怪異依頼を受けて貰えないかと打診された。これが命令では無く打診だったのは、私が橘一族では無いこともあるが、鬼をも殺す千宗に対しての畏怖もあったのだろう。しかし、ここで私が断れば千宗の身柄はどこに移されるかは分からない。私はこの話を快諾した。
正直な話、これは私にとって好都合でもあった。大学を卒業して1年で探偵事務所を設立し、ホスト時代のお客さんの伝手で依頼人はそれなりにいて、探偵業で食べていく事に問題は無かった。しかし、私のような元々の能力が低い神職見習いでは清祓協会認定の事業所となることは難しかったからだ。
《《兄の遺体捜索》》が私の事務所設立の目的である以上、清祓協会からの情報は今後重要になってくるだろう。
千宗は意図せず探偵助手となったが、木花咲耶や凜と楽しそうに過ごせているようなのは幸いだ。大学卒業後の彼の身柄がどうなるかは不明ではあるが、彼が不幸になるような事が無いようにしたい。
助手扱いとなっている千宗だが、清祓協会からの依頼人を介さない定期的な心霊スポットの浄化などの依頼に関しては、千宗単独で行く事が多い。おそらく今の私では強力な怪異が出現すれば足手まといになるからと置いて行かれるだろう。それでは、どちらが助手か分からない。どうにかして彼の力になれるような怪異の対抗策を得ることが今後の私の課題だ。
最後に一つだけ分からない事がある。
清祓協会は現状ではぶつける相手も居ない千宗の強い力を欲しているのか、預言された《《衆生の救済》》とは何を意味しているのか、《《名前も持つ鬼の復活》》かあるいは《《別の何か》》なのか……これは単なる探偵としての感に過ぎないが、おそらく協会は何かを隠しているのではないだろうか。




