幕間【小早川 樹の考察】1 木花 咲耶について
「樹、こんな夜遅くにパソコンと向き合って、まだ仕事が残っているの?」
鏡花は不思議そうな顔で僕を見ている。
「最近色々とありましたから、考えをまとめておこうかと思いまして」
考え事をするには、やはり文字として書き出すのが良い。思考がまとまるのもあるが、後で見返して客観視することもできる。最近ではストレスの軽減にも繋がると言われている。
「そう、あまり遅くならない内に帰るのよ」
鏡花はそう言うと鏡面を普通の鏡に戻す。僕の気が散らないようにとの配慮だろう。
さて、どこから始めようか・・・まずは木花さんからかな・・・
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木花 咲耶について
20歳、女性、祖父母と両親は健在で2人姉弟の長女。現在は別居して1人暮らし
両親の愛情を受け育ち、当たり前のように高校を卒業し当たり前のように大学に進学した。特に強い苦悩などがある様子も無い普通の女子大生。
レストランでの初対面の印象はおどおどした様子で友人の後ろに隠れているような頼りない娘。『偽呪いのビデオ』に関わった影響からか能力者として覚醒する。
彼女を事務所で雇い入れた理由は清祓協会の『能力が発現した者を発見した際には適切な援助を行う』という意向に沿った形ではあるが、実の所は雇い入れるような必要は無い。
探偵業務の依頼が増えて事務作業の手が足りていないので事務員がいてくれたら、とは思っていたが、一番の理由は長谷川舞に頼まれたからだ。
舞の頼みを断ることは出来ない。舞の心を救うためにこの仕事を選んだのだから。
おどおどした彼女ではあったが、ある事柄から性格に大きな変化が見られた。
祝詞を聞いた後に彼女が『加護を与えられた』と言ってからだ。その後にその発言を疑った千宗に対して必死に潔白を訴えていた。以前の彼女なら『そんなこと急に言われても信じられないよね』とでも言って有耶無耶にしていたに違いない。
その変化の原因は加護を与えた神に由来すると考えられる。犬神に対した時、彼女の手から『桜の花びら』が飛び出して『炎』になったと彼女本人や依頼人の娘(小林由依)が語っていたことから、古事記で言う『神阿多都比売』、別名『木花佐久夜毘売』と推測される。
木花佐久夜毘売は日本神話の中で中核を担うほどの女神で天孫降臨に深く関わっている。その中でこんな話がある。
木花之佐久夜毘売は夫となった邇邇芸命と婚姻して一夜で子を授かる、しかし邇邇芸命は自分の子ではないのではないかと疑った。疑いを晴らすため、誓約をして産屋に入り、「天津神である邇邇芸命の本当の子なら何があっても無事に産めるはず」と、産屋に火を放ってその中での三柱の子を産んだ。火中出産と呼ばれているエピソードだ。
桜が咲き誇る美しさを持つ花と美の女神である反面、疑いを晴らすためなら火中で出産すると言う芯の強い意志を持った女神なのだ。
火を操る能力を得たと同時に芯の強さも得たと思えばあの性格の変化も頷ける。
しかし、疑問も残る。なぜ、祝詞を聞いただけ、由来する名前を持つだけで、能力者では無い人間が可視化できて、犬神ほどの強い怪異が近づくのを躊躇するほどの強い加護を受けることが出来たのだろうか?
何年も修行を重ねた宮司及び神職者にも能力者はいる。神の声を聞いた、多少の怪異除けの加護があるという話は聞いたことがあるが、儀式を介せず物理法則を無視したような事ができるなど聞いた事は無い。
預言者に預言された複数の加護を持つ修験道の天才、千宗であっても炎を出すことは難しいのではないだろうか。
なぜそのような強力な加護を与えたのか答えは文字通り『神のみぞ知る』ということなのだろう。
実の所、清祓協会には彼女の加護については伏せている。清祓協会自体に全幅の信頼を寄せるに足るのか疑問だ。もし、彼女の能力を開示すれば清祓協会の上層部は千宗と同じようにあの手この手で彼女を祓い師として囲い込もうとするだろう。アルバイトとして働いている彼女は大学卒業後に普通の企業への就職を考えているかも知れない。そんな彼女を望まない方向に利用されては困る。
今後も彼女が望んだ方向に進んで行けるよう見守っていこうと思う。




