第6話【付喪神】8
トントン
「橘です。田畑さんをお連れしました」
「お待ちしておりました。どうぞ、お入り下さい」
所長はドアを開けて田畑さんを事務所に招き入れる。
田畑さんは50歳前後くらい、仏間で見た遺影写真の両親どちらにも似ている優しそうな男性だった。
「しっかりとした了承も得ず、鏡を持ち出す形になってしまい申し訳ありません」
所長は田畑さんに着席を促してから頭を下げる。
「いえ、どうせ家の妻と娘がギャーギャー騒いだのですよね。こちらこそすいません」
田畑さんも頭を下げる。
「こちらで譲渡書を作成してみたのですが、お目通し頂いてもよろしいですか?」
田畑さんはうんうんと頷きながら譲渡書を確認している。
「仏壇の引き出しに鏡を仕舞われていた理由は何故ですか?」
「お恥ずかしい話になるのですが……。母を施設に入れて数日が経った頃、家に帰ると仏間にあった母の私物が綺麗さっぱり無くなっていました。
嫁に問い詰めると『もうこの家には戻って来ないから買取業者に持っていってもらったの。1円にもならなった。でも部屋が綺麗になってよかったじゃない』なんて言うんですよ。
正直、結婚してから一番妻に対して腹が立ちました。着物や貴金属もあったのに、嘘までついて。それでも強く言えない自分が情けなくて……。
そんな私ですけど、子供の頃から母が大事にしていたのを見てきた鏡だけは売られたくなかったんです。なので嫁が近づかない仏壇の引き出しに隠したのです」
田畑さんのその言葉を聞いた鏡花ちゃんが小さく、本当に小さく鼻を鳴らした。
「本当にそんな大事な物を頂いてもよろしいのですか?」
「はい、こんな譲渡書まで作成して頂ける方なら母も大事な鏡を任せることに反対しないと思います。それに、どこか人目の付かない所に隠されるくらいなら、ああして飾って貰えた方が鏡も幸せですしね」
そう言って田畑さんは少し寂しそうに笑顔を見せる。
書類に判を押して、帰りの準備をして歩き出す田畑さんに鏡の少女が声をかける。
「仏壇、今まで通りに綺麗にしてね。あと、時間がある時で良いから顔を見せなさいよ」
田畑さんは足を止めて振り返り鏡に視線を送ると、不思議そうな顔で首を傾げるとすぐに前を向いて事務所を後にした。
「本当にこれで良かったのですか?」
所長は少女に問う。
「しつこいわね。これで良かったのよ」
少女は少し寂しそうに笑う。
「それで、樹。あなたに栄誉ある私の所有者として初めての仕事を与えてあげるわ」
「何でしょうか……?」
「私の名前を決めなさい!!」
「多恵さんには何と呼ばれていたのですか?」
「基本的に1対1での会話だったから『あなた』とか『可愛い鏡さん』とかね。でもここには沢山の人がいるでしょう。名前があった方が便利じゃない」
「そうですね……」
所長は顎に手を置いて考え込む。
「鏡花さん、というのはどうでしょうか?」
「あなたまさか、私の鏡面の裏に花の刺繍があるからって適当に付けた訳じゃないでしょうね!」
「ち、違いますよ。明治の文豪、『泉 鏡花』からです」
それは嘘だ、目が泳いでいる。
「泉鏡花……あの『歌行灯』の!映画の市川 雷蔵が格好よかったのよね……気に入ったわ。今日から私は鏡花よ!!」
大丈夫!?騙されているよ。鏡花ちゃん。
「気に入って頂いてよかったです。鏡花さん」
所長は心底安心した表情で頷く。悪い大人だ。
こうして小早川探偵事務所に新しい仲間、鏡の付喪神『鏡花ちゃん』が加わった。




