第6話【付喪神】6
「と、いうわけで、あなた達の中から新しい所有者を選ぶわ」
少女は腕組みをして唐突に言った。少女が選ぶ側、私たちは選ばれる側のようだ。
「事務所の所有という訳にはいかないのですか?」
「それでも良いと言えばいいのだけれども、私の本質は手鏡なわけじゃない?あくまで個人の持ち物だから落ち着かないのよ」
「それでは、女性なので手鏡を持っていても自然な木花さんですか?」
「咲耶はダメね。あなた、ここの階段で躓いていたでしょ。そんなそそっかしい子が所有者じゃ命がいくつ有っても足りないわ。」
別に所有者に選ばれなくても良いのだが何だかイラっとくる言い方だ。橘くんの気持ちが少し分かった。
「橘は論外。生理的に受け付けないわ」
オーラが見える少女には橘くんのオーラは強すぎてきついのだろうが、でもひどい言い草だ。
「はっ?俺だって、お前みたいな口の悪い鏡は生理的に無理だ」
そう言って2人は睨みあう。それを遮るように所長が橘くんの前に立つ。
「まぁ結局、あなたしかいないのよ。樹。あなたが名誉有る私のご主人様よ」
指名された所長は苦笑いを浮かべている。ホスト時代でもこんな指名のされ方はしていないのでは無いだろうか。
「わかりました。それで、僕はどうすれば良いのですか?」
「前の所有者であるあの子の息子と、口頭でも文章でも良いから、『手鏡を譲渡します』という約束をすれば契約は完了するわ」
何だか法律に則った方法が必要なんだなと少し感心する。
「そうですね。それでは田畑さんがいらっしゃる前に書類を作成しますね」
所長は自分のデスクに向かう。
「机に向かったままでいいから、新しく所有者になるあなたに私の生い立ち?成り立ち?を聞いてもらおうかしら」
所長はノートパソコンの画面から顔を上げて頷く。
「正直な所、自分がいつ、どこで、誰に作られたのかは分からないわ。私がぼんやりと意識を得たのは骨とう品屋さんに展示されていた頃だったわ。当然、今みたいに話したり、そこに無い姿を映したり、なんてことはできなかった」
「そこに父親に連れられた可愛い女の子が現れたの、こんな感じの」
そう言って少女は自分の頬を指差す。
「それが、清水 多恵その後の田畑のおばあちゃんとの出会いだったわ」
少女の姿は田畑夏美の祖母の若い頃の姿だったのか、だから少し夏美に似ていたのだ。
「多恵は欲しい物があっても我慢することが多い子だったのだけれど、私の事がとても気に入ったみたいで必死におねだりしていたわ。付喪神になるくらいだから、その時点でもかなりのアンティーク品だった私は、かなり値の張る物だったみたいで父親も最初は渋い顔をしていたけれど根負けして買って貰えることになったの」
「私が買われた清水家は、その時代ではとても裕福な家だったの。何をして財を築いたかは分からないけど、4人兄弟の多恵にも自分だけの部屋があったくらいだから相当ね」
「私は多恵の部屋にある机の上に大事に置かれたの。あの子は私の前で髪を整えて、化粧を覚えた。どんどん成長して綺麗になっていくあの子を見ていくのがとても楽しかった。そしてあの子は恋をした」
「相手は小さな八百屋の次男坊、清水の屋敷に野菜を持って来たのが出会いだった。当然、父親は猛反対。あの子は私の前で何度も涙を流したわ。その度に『泣かないで』って声を出せない自分がもどかしかった」
「2人は駆け落ち同然で実家を飛び出して、遠く離れたこの北海道で2人暮らしを始めたの。着の身着のままみたいな家出だったのだけれど、私を連れて行ってくれたのは本当に嬉しかった」
「当然、貧乏長屋で貧乏生活。お嬢様だったあの子には耐えられないと思ったのだけれど、そうじゃなかった。2人は必死に働いて、化粧もしないし、玉のような白い肌も日焼けで黒くなったけれど、いつも笑顔だった。そんな姿も愛おしかった」
「やがて2人に子供が出来て、それをあの子から伝えられた旦那は飛び跳ねて喜んでいたわ。それを見ていた私も幸せな気持ちになった」
「子供を抱き、育てていくあの子はいつも笑顔で幸せそうだった。でも、育った息子が就職して家を出る時は少しだけ寂しそうに見えたわ」
「息子の結婚式の日、私の前で目いっぱいのお洒落をしていたあの子はとても嬉しそうだった」
「息子から『家を建てて一緒に暮らそう』と言われたあの子は『それも良いわね』なんて格好つけていたけど、私の前では目に涙を浮かべて喜んでいたわ」
「新居……あなたたちも行った田畑家ね。そこでの生活はあの子にとってあまり幸せとは言えなかったわね。嫁との折り合いが悪くて……と言っても一方的にいびられていたのだけどね。自分のシャンプーを使ったとか、調味料を使ったとかくだらないことでね」
「孫の夏美もお小遣いを貰う時だけヘラヘラして、祖母が母にいびられているのを遠目に見て笑っていたわ。本当に嫌な親娘。私に人を呪う力があれば呪ってやったのに」
少女の顔は歪み奥歯を噛み締めている。
「そんな中だったわ。あの子の旦那が亡くなったのは……心筋梗塞で突然だった」
「あの子は葬儀が終わると塞ぎ込んでしまった。あんなに笑顔の素敵な子なのに一切笑わなくなってしまったのよ。そんなあの子に私はどうしても伝えたかった『私がいるよ』って……」
「強く、強く、毎日、見えない神様にお願いした。『あの子に言葉を伝えさせて下さい』って」




