第6話【付喪神】5
トントン
「橘です。戻りました」
「依頼人はいませんよ。どうぞ」
所長の返答を受けてガチャとドアを開けて橘くんが入ってくる。
「長谷川さん、お久しぶりです。木花と樹さんに聞きましたけどお身体は大丈夫ですか?」
久しぶりに見た。他所行きの態度の橘くん。今思えばこの感じの振る舞いは所長の真似をしていたのだなと思う。
「千宗くん、久しぶりだね。この通り体調は万全だよ」
そう言って舞さんは私の腕に抱きつく。体調が万全なのと私の腕に抱きつくことに関連性があるのだろうか。
「ハハハ……。ところで樹さんその鏡は何ですか?」
橘くんは鏡を指差しながら鏡に近づいていく。指を差された鏡をよく見ると中の少女は真鍮製の椅子の後ろに隠れているようだ。
「キャー!!怖い怖い怖い……・こっちに来ないでよ!!化け物!!」
鏡の中の少女はそう叫ぶ。その必死さから、先ほど舞さんが近づいた時の冗談で言っているのではなく本気で怖がっている様子が伝わってくる。
「どうしたの?鏡さん」
私は鏡に問う。
「お願い、お願いだからそいつを私に近づかせないで……」
泣きそうな声で鏡が懇願する。それを聞いた橘くんは怪訝そうな顔で足を止める。
鏡の中の少女が落ち着くのを待って所長が再び問う。
「橘くんがどうかしたのですか?」
「取り乱してごめんなさい。じゃあ、橘、そこから2歩だけ前に出て。2歩だけよ。それ以上は絶対嫌だから」
橘くんは2歩進む。
「これが私から見た橘よ」
鏡に映し出された橘くんからは、天井に届くほどの大きさで沢山の色が混ざり合いながら動いているオーラが出ていた。オーラの色が濃いためか橘くんの体はほとんど見えず、目だけがはっきりと見える。
「あっ、九字を切った後に静めるの忘れてた」
そう言った橘くんは両手を合わせ合掌すると、大きく息を吸い込み、「ふん!!」と息を吐く。
虹色の特大オーラは霧散し、私が映った時とさほど変わらない大きさの白いオーラに変化した。
「『忘れてた』じゃないわよ。急にあんたみたいな化け物が入ってきたらビックリするじゃない。人間で言えば大きなグリズリーとか虎がドアから入ってきたようなものよ。心臓が止まるかと思ったわ。心臓は無いけど」
たしかに鏡に映し出された虹色のオーラを纏った橘くんは、神々《こうごう》しいと思う反面で人間の私にも畏怖を抱かせる姿だった。そんな橘くんに2度も挑もうとした犬神は高い忠誠心と度胸があると言える。
「人のことを化け物、化け物って何度も言いやがって、口の悪い鏡だな。こんな鏡は早く売った方が良いですよ。樹さん。喋る鏡なんて高く売れそうだし」
そう言って橘くんは腕組をして口をへの字に曲げる。
「橘くん、その言い方はひどいよ!!」
「そうですよ。鏡という物とは言え付喪神さんには人格があるんです。それを『売る』なんて人身売買と考え方が同じですよ」
所長は腕組みをして諭すように言った。
「すいません。言い過ぎました」
橘くんは俯いて反省しているようだ。
「やーい、やーい、怒られてやんの。キャハハ」
鏡の少女は橘くんを指差し、反対の手で口を押えて大笑いしている。
「こんのー、クソ鏡!!」
橘くんは腕を振り上げて鏡に近づいていく。
「だから、ち・か・づ・く・なって言ってるでしょ」
そう少女が言うと鏡がぴかっと光る。
「あっ、眩しい」
橘くんは振り上げて手で目を押さえて後ろに下がる。
「えっ、何をしたの?」
舞さんが鏡の少女に問う。
「光を集めてあいつの目に当ててやったの」
鏡の中の少女は両手を左右の腰に当てて顎をあげる。
「大人しくしてたら調子に乗りやがって」
速足で近づこうとする橘くんを所長が手を広げて静止する。
「事務所内で暴力沙汰は困りますよ。橘くん。それに、付喪神さんも橘くんを煽らないで下さい」
所長は自分の頭を押さえて呆れたように溜息交じりで言う。
「フフフ、そろそろ出勤時間だから、私は帰ろうかな」
そう言って舞さんは腕を広げて私に近づいてくる。
舞さんは私も働いていたファミレスに現在を働いている。店長に事情を包み隠さず説明すると『みんな混乱するだろうし、未婚だということは言わなくても良いと思いますよ。転勤が無くなったショックで体調を崩していたと、みんなには言っておきます』とのことだ。店長は意外に気の利く人間なのだなと、私の中の株が上がった。
「橘くん、木花さんに渡した勾玉と一緒に購入したムーンストーンの勾玉を持ってきて貰っても良いですか?」
「はい。でも何に使うんですか?」
「先ほど付喪神さんに舞さんを見て貰ったら、少し前に憑りつかれた影響で、胸に穴が開いていて憑りつかれやすい状態になっているみたいなので、気休めにしかならないかもしれませんが一応持っていて貰おうかと思いまして」
「へー、あの鏡、ただ煩いだけじゃなくて、多少は役に立つんですね」
橘くんは鏡の少女を睨みつける。
私とのハグを終えて勾玉を受け取った舞さんは「えっ、いいの?高いものなんでしょ?」と言い、所長が「予備で取っていた在庫品なのでお金はいりませんよ。プレゼントということで受け取って下さい」と言った。「でも……うん。それなら厚意に甘えるね。咲耶ちゃんお揃いだね。テヘへ」と上機嫌で帰って行った。
舞さんが帰ってすぐの事、
「居てあげてもいいわよ。ここに」
唐突に少女が口を開く。
「えっ?」
私と所長は声をあげ驚く。私のとなりに立っている橘くんは「はっ?」と怪訝な顔をする。
「だから、私が居てあげるって言ってるの。私って意外かも知れないけど、人間とおしゃべりするのが好きなの。ここなら沢山人が来るじゃない。久しぶりにおしゃべりしたら少しだけ楽しかったの。あと、ここって怪異現象も扱う探偵事務所なんでしょ?私が見ればどんなのが憑りついているのかすぐに分かっちゃうんだから、便利だと思わない?」
「たしかに居て頂ければ助かるかとは思いますが、現在の所有者である田畑さんの旦那さんは良いのですか?」
「うん、いいの。私が居れば迷惑になるだろうし」
そう言って少女は寂しそうな表情を見せる。




