第6話【付喪神】4
私と所長は少しげんなりしながらも事務所に着く。事務所のドアの前に立ち鞄の中に仕舞った鍵を探していると中から舞さんと凜さんの笑い声が聞こえる。
トントン
「戻りました」
私がドアを開けると舞さんが腕を広げて近づいて来る。
「咲耶ちゃんお帰りなさい!!あ、樹くんも」
舞さんは満面の笑みで私にハグをする。
「じゃあ、私も」
そう言って凜さんは舞さんの後ろに並ぶ。
私の知らない間に、いつからスキンシップの少ない国民性と言われるこの日本でハグが浸透したのだろうか?
私たちがハグをしている間に所長は鞄から鏡を取り出して包んだ布を取る。
「うん、うん、なかなかいい所じゃない。大きな窓もあるから外も見えるし」
鏡の中の少女はご満悦のようだ。
「ぐるっと部屋の中を映してもらえる?」
所長は言われるがまま鏡を持ってぐるりと回る。
「……そうね。あの棚がいいわ。あの棚の上に部屋全体が映るように置いてもらえるかしら」
所長は言われた棚の上に田畑宅で頂いた鏡のスタンドを設置し、その上に鏡を置く。
「これでよろしいですか?」
「まあまね。でもセンスはあるわよ。あなた」
そう言われ所長は複雑な表情をする。
「いっちゃん、さっきから誰と話しているの?」
凜さんは不思議そうな顔で所長を見つめる。
「今日の依頼人のお宅から預かっている、付喪神の鏡さんですよ」
「鏡さん、2人にも見えるようにして貰えないかな?」
私は小首を傾げて手を合わせてお願いする。
「あんたはたいした事が出来ないのに、あざとさだけは一級品ね」
呆れた表情で少女は指を鳴らす。私は真摯にお願いしているだけなのに“あざとい”とは心外だ。
「キャー、可愛い!!」
舞さんは座っていたソファーから立ち上がり鏡に近づく。
「怖い怖い、鼻息荒くして近づいてこないでよ」
少女は両手を前に突き出して困った表情をしている。
しかし、ソファーに座った凜さんは首を傾げている。
「その子は見えないし聞こえないわよ」
「どうして?」
私は少女に訊く。
「そのことを説明する前に、私の能力について説明するわね」
「能力?」
「あんたまさか私が可愛くて、優しくて、お喋りするだけの鏡だと思ってない?」
可愛いのは認めるが、優しさを感じた事はない。
「とりあえず小早川、私の前に立ちなさい」
所長は少女の言う通りに前に立つ。
少女がパチリと指を鳴らすと少女の姿は消えて所長の姿が映し出された。映し出された所長の体からは白い湯気のような物が出ている。
「この体から出ているのがオーラだったり、霊力だったり、験力とか呼ばれるものね。これを纏っているから妖に干渉することができるの。所謂、能力者と言われる人間ね」
私たちは鏡の中に見入って無言で説明を聞く。
「次に咲耶、私の前に来なさい」
私は鏡の前に移動する。
鏡の中の私からはピンク色のオーラが出ている。所長と比較するとオーラは一回り大きい。
「咲耶は小早川と比較して潜在能力が高いわね。それに、あなた高位の神様から加護を頂いているのね。その証拠に色が付いているでしょ?」
「次はそこの鼻息女、名前は……」
鏡の少女は舞さんを指さす。
「長谷川 舞だよ」
「じゃあ、舞、来なさい」
舞さんはニコニコしながら鏡の前に立つ。鏡の中の舞さんにオーラは無い。しかし、胸の辺りに野球ボールぐらいの大きさの真っ黒な空洞が見える。
「これが能力の無い普通の人間。オーラが無いでしょ。でも舞、あなた少し前まで何かに取り憑かれていたのね。この空洞は何かが巣喰って広げたもの。しばらくすれば小さくなっていくと思うけど、この空洞を狙って悪いものが近づいてくるかもしれないから早めに対処した方がいいわね」
少女は所長に目配せする。
「最後はあの子。咲耶。連れてきなさい」
「凛さん、鏡の付喪神さんが呼んでいるので来てもらえますか?」
「ごめんね。私に霊感が無いばっかりに迷惑かけて」
そう言いながら申し訳なさそうに凛さんは鏡の前に立つ。
鏡に映し出された凛さんの姿は、真っ白な目も鼻も口の位置さえも分からない白い人型の塊だった。
「えっ、何ですかこれは?」
所長は驚いて声をあげる。
「初めに謝っておくわね。これは私の予想だから間違っていたらごめんなさい。元々この子は咲耶や小早川とは比較にならない程の強い力を持った能力者だと思うの。そのオーラを内側に反転させる術を誰かから受けているから、私たちに干渉出来ないし。私たちからも干渉できない」
「何のためにそんな事を?」
私は鏡の少女に問う。
「そんなの決まってるじゃない、私たちみたいなのと関わらない方が幸せに生きられるからよ。私みたいに善意に満ちた優しい妖の方が少ないのよ。悪意のある奴の方が多いくらい。そんな妖に関わらず、関わらせずして生きた方が余計な事に煩わされずに済むじゃない」
「このことを凜さんに言っても大丈夫なの?」
「ん……どうかしら。言った所で解けるような術じゃないと思うけど、術をかけられた本人が知らないなら、伝えることは術をかけた人間の本意じゃないと思うから……。適当に誤魔化す事をお勧めするわね」
そう言って少女はうんうんと頷いている。
「私、どうだったの?何が見えたの?」
凜さんは不安そうな顔で所長を見ている。
「そうですね……。やはり凜には能力者としての素養が普通の人と比較しても無さ過ぎて、付喪神さんの力でも姿を見せたり、声を聞かせたりすることは難しいみたいですね」
所長はほほ笑みながら言う。
「そっか……やっぱり駄目か……。私も可愛い付喪神ちゃんが見たかったな……」
少し寂しそうに凜さんは呟く。
私も含め凜さんを除いた全員が、嘘をついた罪悪感で少しだけ無言になる。
「あっ、いけない。もうこんな時間だ。今日は早く来いって言われてるんだった。じゃあね皆」
凜さんは少し無理をしたように笑って事務所を出ていく。
手を振って凜さんを見送った私たちに少しだけ静寂が訪れる。その静寂を崩すようにドアをノックする音が聞こえる。




