第6話【付喪神】3
「わかった!あんた達、祓い屋でしょ!帰れ、帰れ、帰れ。私を祓ったら呪ってやる〜!!」
そう言って鏡の中の少女はフォークを正面に向けて何かを引っ掻くように動かす。
キーッ、キーッ、キキーッ
高くて寒気のするような音が室内に響き渡る。私と田畑母娘は耳を塞いで歯を食いしばる。私たちより距離の近い所長は片手で耳を塞ぎ苦悶の表情を浮かべている。それ以上にきついのは……鏡の中の少女本人のようだ。
「あががががっ……」
という苦痛の声を上げて苦悶を通り越して泣きそうな顔でフォークを動かしている。
「僕たちは有無を言わさないで祓ったりしません。だからフォークで鏡を引っ掻くのを止めて下さい。その表情を見る限り、あなたも辛いのでしょ?とりあえず話し合いましょう」
「分かったわ。でも変な事しようとしたらまた聞かせてやるから」
そう言って少女はフォークを私たちに見せて、フォークを持っていたい方の指を鳴らす。
パチッという音とともに鏡の中のフォークが消えて、少女の後ろに真鍮製で鏡の持ち手や淵と同じ意匠をした豪華な椅子が現れる。少女は椅子に座って足を組んで、ひじ掛けに腕を置いて頬杖をつく。
改めて見る少女は美少女だった。黒髪のロングヘアーで、前髪は水平に一直線に切りそろえられ、水色のワンピースを着ている姿は雑誌のモデルのようだった。でも、少しだけ夏美に似ている気がした。
「お母さんあの鏡っておばあちゃんが話しかけてたやつだよね?」
「そうね。1人でブツブツ言ってるから、何かと思って戸の隙間から見たら、1人で話しかけて笑ったりしててホント気味が悪かった」
田畑母娘がひそひそと話をしている。
「あんたたち能力者よね?」
少女は私と所長を指差して言った。
「能力者って?」
私は少女に訊ねる。
「私たちみたいな意志のある妖?お化け?が姿を見せよう、声や音を聞かせようと意識しなくても見えたり、聞こえたりする人間のことよ」
「そういう意味では、僕と木花さんは能力者ですね」
「それならあいつらに聞かせる必要はないわね。スイッチを切るわ。あんな奴らと話をしたくないし」
そう言って少女は再び指を鳴らす。
「それで、鏡さんは何故こんな事をしていたのですか?」
所長が少女に訊ねる。
「暗い仏壇の引き出しに仕舞われたままなら『出せ』って言って当たり前じゃない。あと、あの母娘が嫌いだから嫌がらせも兼ねてね」
そう言って少女はニヤリと笑う。
「それでは……仏壇の引き出しではなく、あの箪笥の上に部屋が見渡せる状態で飾れば機嫌を直して頂けますか?」
所長は部屋横の箪笥を指差す。
「ちょっと待って下さい。そんな気味の悪い鏡が家の中にあるなんて嫌です。早く処分してください」
田畑母が立ちあがり抗議する。
「私だってこんな性根の腐った母娘と暮らすのは嫌よ」
鏡の中の少女も立ち上がり抗議する。
「……それでは一旦、事務所の方へお越しいただいても良いですか?」
所長は顎に手を当てて考えて言った。
「はい、喜んで!!」
田畑母娘は食い気味に答える。
「いえ……田畑さんでは無く、鏡の付喪神さんなのですが……」
所長が頭を掻きながら困った顔をしている。
「そ、そうですよね。オホホッ、まったくそそっかしいんだからこの子は」
「いや、お母さんだって……」
田畑母娘は恥ずかしそうにしながら言い合いをしている。
「いいわよ。ついて行ってあげる」
少女は腕を組んで顎を上げて言った。
「ところで付喪神さん。今現在のあなたの所有者は誰になっているのですか?」
「あの子が亡くなったから、正式ではないけど、あの2人の息子。つまりあの女の旦那が仮の所有者ね」
少女が指さす方向には気難しそうなお爺さんと優しそうに微笑むお婆さんの遺影写真が並んでいた。
「そうですか。それならば、田畑さんの旦那さんに一度お会いしなければなりませんね」
「すいませんが田畑さん、旦那さんに連絡をさせて頂くことは可能ですか?」
「うちの旦那、外の回りの営業なんで大丈夫だと思います」
田畑母はコードレスホンから旦那に電話をする。
「うん、私。今祓い師さんが家に来ていてあなたに話があるって、今替わるわね」
そう言って田畑母は所長にコードレスホンを手渡す。所長は「失礼します」と鏡をゆっくり仏壇の前の座布団においてコードレスホンを受け取る。
「はい、替わりました。小早川探偵事務所の所長をさせて頂いております。小早川です。お母様の形見の手鏡についてお話がありまして、お電話させていただきました。……はい、そうです真鍮製の……それは助かります。事務所は円山公園駅のすぐそばですのでお電話頂けたら迎えを行かせます」
所長は安心したようにフーっと息を吐く。
「旦那さんが仕事終わりに事務所に来ていただけるそうなので、手鏡はお預かりしていきますね」
その言葉を聞いた田畑母娘と鏡の中の少女は安心したような表情を浮かべる。
「木花さん、そこの鞄の中に布が入っているので、それで付喪神さんを包んで鞄に入れて下さい」
私が鏡を布で包む際に「雑ね。そこだけ厚くなってるじゃない」と、いったふうに少女に何度もダメ出しを受けた。私が悪戦苦闘している間に、所長は依頼料の話を済ませていた。
「それでは、木花さん。事務所に戻りましょうか」
そう言って所長は鏡の入った鞄を持って立ち上がり、帰りの準備を始める。
「後は旦那さんとの話し合いで決めたいと思います。お邪魔しました」
「今日は本当に有難うございました。これで娘共々《むすめともども》、枕を高くして眠れます」
田畑母は演技掛かった台詞で所長の手を握りスリスリしている。
「お母さんばっかりずるい……」
そう言って夏美は母の袖を引っ張る。
所長が引き攣った顔で親娘平等になるように夏美と握手をしている間、鞄の中で鏡の少女は「ほんと、気持ち悪い親娘。最低、最低、最低」と言っていた。




