第6話【付喪神】1
少しモヤモヤする所がありながらも舞さんの事柄が一応解決して2週間が経ち、舞さんが入院中は仕事に集中できていなかった様子の所長(3週間くらい前に私が不意に“所長”と呼ぶと、『何ですが木花さん』と満面の笑みで返してきてから呼び名を小早川さんから変更している)も舞さんが退院した1週間前からは、落ち着いて仕事に取り組めているようだ。
「おはようございます。所長、所長の机の上に乗っている割れた壺って犬神の時のやつですよね。どうするんですかこれ?」
私は所長の机に乗った壺を指差し言った。
「おはようございます。その壺はお清めが終わったので、道具屋さんに持って行って買い取ってもらいますよ」
書類棚の前の所長が振り返り答える。
「こんな割れた壺が売れるんですか?」
「道具屋さんの話では、呪物コレクターの方々に高く売れるそうですよ。呪いのビデオも2万円で売れたそうですし」
「あれが2万円ですか?私には理解できないですね」
「僕にも理解できません」
そう言って所長はくすりと笑う。
「あの……所長、私がここでアルバイトをしていると聞いた大学の同級生から相談を受けたんですけど……」
私がそう言うと所長はソファーに座るように手の平を上に向けて促す。
「それで、どういったご相談だったのですか?」
「私が瞳と学食で昼食を食べている時のことなんですが……」
私と瞳が学食で向かい合って昼食を食べていると、同じ学部で見たことはあるが名前も知らず話をしたこともない少し派手目な女の子が遠慮がちに話しかけてきた。
「私の友達がそこに居る石永さんから聞いたって言ってたんだけど、木花さんって心霊現象を解決してくれる探偵事務所でバイトしてるって本当?」
私が瞳の方を向くとスッと目を逸らした。外で何を言っているのだろう、この子は……
「さ、咲耶と話をしたければ私を通してもらおうか!!」
謎に偉そうな私のマネージャーが現れた。
「瞳ちゃん……、私はタレントでも有名人でもないから、マネージャーはいらないよ。というか、そんなことで個人情報の流出を有耶無耶にはしないからね」
「有耶無耶には咲耶の耶が二つも入っているので、受け入れて頂くことはできませんか?」
「意味が分からないし、前の子がポカンとしているよ。」
「ごめんね、瞳ちゃんが話の腰を折って。同じ学部だよね。知ってるかもしれないけど、私は木花 咲耶です」
私は相手の名前をどこかで聞いたことがあるが、忘れてしまっている可能性が考えられる時に使う高等テクニック『自分から名乗る』を使った。
「私は田畑 夏美。木花さんと話したことなかったのに突然話しかけてごめんね」
「いえいえ、大丈夫だよ。それで、私のバイト先のことで何か聞きたいことがあるの?」
「聞きたいことと言うか相談と言うか……、私の家に仏壇があるんだけど、仏壇から声が聞こえるの……」
「声ってどんな?」
「キキキーって高い音と一緒に『ダセー……、ダセー……、ココカラダセー』って気味の悪い声が聞こえるの。私、その声を聞いていると頭が痛くなってきて……。お母さんも私と同じ位の時期に声が聞こえて頭が痛くなるって言いだして、家族でお父さん以外誰も仏間に近づかなくなったの」
「それって、いつ位から聞こえるようになったの?」
「施設に入ってたお祖母ちゃんが亡くなってから半年後くらいからだから……、ちょうど1年前くらいからかな。仏間はお祖母ちゃんが自分の部屋として使ってたから、お母さん余計に怖がっちゃって、『婆さんの祟りだ。施設に入れたのを恨んでいる』なんて言ってるの」
「そっか、頭が痛くなる以外に体調が悪くなるとかはある?」
「特に無いかな。頭が痛くなるって言っても、黒板を爪で引っ掻いた音を聞いた後みたいにゾワゾワする感じが残るだけで、仏間から出ると何ともないんだけどね。でも、気味が悪いから」
そう言うと夏美は口をへの字に曲げる。
「たしかにそれは気味が悪いかも……。でも、依頼料が掛かると思うけど、お母さんはその辺は了承してるの?」
「それって結構お金が掛かるの?」
「清祓協会って所に加入してるから良心的な価格設定って所長は言ってるんだけど、人によって基準が違うからなんとも言えないかな」
私はそう言って首を傾げる。
「そっか、帰ったらお母さんに確認して連絡するね。あ、連絡先教えて貰っていい?」
「うん、いいよ。」
私と夏美は携帯電話をバッグから取り出し、赤外線で連絡先を交換する。
「それじゃ、良くてもダメでも必ず連絡するね!」
そう言って夏美は手を振りながら席を離れていく。
「わかったよ!連絡待ってるね」
「それで……、瞳ちゃんはどうして両手で口を抑えているの?」
私は瞳の方を向いて訊いた。
「真面目な話をしている時に口を挟むと咲耶に怒られるかと思って」
「うん、それは良い判断だね」
私は頷きながら答える。
「といった感じなんですが……」
「木花さん、真面目な報告の際に石永さんの件は必要ないのですよ」
所長は呆れた表情で私を見ている。
「すいません。ちょっと面白いかなと思って」
私はテヘッと頭を掻いた。
「僕はそんな表情で誤魔化されませんよ。報告連絡相談は簡潔にわかりやすく……」
トントン
「長谷川です。遊びに来ました」
「えっ、はせ……舞さん」
所長は窓ガラスで自分の姿を確認して髪をかき上げる。
「ン、ウンッ……依頼人はいませんよ。どうぞお入り下さい」
ガチャリとドアが開くと
「咲耶ちゃん、会いたかったよー!」
そう言いながら舞さんは、満面の笑みで両手を広げて私に近づいてくる。
「舞さん、私も会いたかったですよ」
私はソファーに座りながら舞さんのハグを受け止める。
「元気になったみたいでよかったです。一昨日電話はしましたけど、会うのは退院した日以来ですね」
「えっと……ケーキ買ってきてくれたんですねー・・・」
「お茶いれないとなー……、紅茶とコーヒーどっちが良いかなー……」
……ハグが長い。耳元で聞こえる吐息が、最初は可憐な『えへへ』だったのに、次第に『でへへ』、最終的には獲物を前にした『グヘヘ……』という濁った笑いに変わっていく。おまけに犬のようにスンスンと首筋を嗅がれている。嫌ではない、嫌ではないのだけれど……気まずい。。
「舞さん、木花さんが困っていますよ」
所長は苦笑いを浮かべている。
「あっ!!ごめんなさい」
そう言って舞さんは急いで体を起こす。
「あっ!!樹くんこんにちは」
舞さんからついでの様に言われ所長はしょんぼりと肩を落とした。最初から所長はいましたよ……舞さん。
「そ、それじゃあ、所長はコーヒーと舞さんは紅茶でいいですか?」
私は立ち上がり飲み物とケーキを乗せる皿とフォークを準備するため給湯室へ歩き出す。
準備を終えてソファー戻るとしょんぼりしていた所長も期待の目でケーキを見ている。ケーキを取り分けると満面の笑みでいつものように、「私は甘い物は得意では無いのですが、せっかくなので頂きます」と言ったので、舞さんと私は顔を見合わせて笑った。




