第5話【冥府へ渡るもの】9
目を覚ますと時計の針は2時を指していた。カーテンから漏れる光からそれが夜ではなく昼の2時だと分かった。昨日以上に体調が悪い。起き上がるので精一杯だ。
重い体を引きずりながら、トイレに行き用を足し、水を飲んだ所で空腹に気が付いた。そういえば丸一日何も食べていない。
冷凍した総菜とパックごはんを温めて半分ほど食べた所で強い睡魔に襲われ、食事の跡片づけもせずフラフラの足でよろめきながらベッドにたどり着き横になる。
「さっき別れたばかりなのにもう会いたくなっちゃった?」
祥吾はおどけたように言った。
「しょうがないでしょ!」
私は頬を膨らませ抗議の視線を送る。
「ごめん、ごめん、僕も会いたかったよ」
そう言って祥吾は私を抱きしめる。
「今回だけは許してあげる」
そう言って私は祥吾を抱き返す。
「さぁ、今日は僕の実家に引越しの挨拶をしに行こう」
そう言って祥吾は私の手を引く。
歩きながらこの前買った家具や家電のことを談笑しながら話しているとすぐに祥吾の実家が見えてくる。
一か月に一度は通う道のりを普段の私は少し憂鬱に思っていた。祥吾の両親はすごく優しく向かえてくれて実の娘のように可愛がってくれている。しかし、時々「舞ちゃん、どこかに良い人はいないの?まだ若いんだから、祥吾の事は胸に仕舞って結婚を考えても良いんだからね」と言われると突き放されているようで少し悲しくなる。
―やっぱり他人だと思われているのか……
と。
でも今日の私は違う。祥吾の嫁として、義理ではあるが娘として祥吾の両親に会える。
祥吾が玄関チャイムの押しボタンを押すと、ピンポン、ピンポンという音とともに祥吾の母の声が聞こえる。
「はーい!今開けます!」
そう言って祥吾の母が顔を出す。
「祥吾、舞ちゃん、時間通りね。お昼ごはんまだでしょ?用意してるから上がって上がって!!」
矢継ぎ早に話す祥吾の母に圧倒されながらも挨拶をして家に入る。
「今日は最近暑くなってきたでしょ。だから今日は冷やしラーメンにしてみたの」
そう言って食卓テーブルの椅子を2脚引き、私たちに着席を促す。
いつもは4脚しか無い椅子が今日は5脚有り、祥吾の母はお誕生日席のようになった席に着く。
「お義父さん、樹くんこんにちは」
先に席に着いていた祥吾の父と中学生になったばかりの樹に挨拶をする。
無口な祥吾の父は「こんにちは」と頭を下げ、樹は「こんにちは」と挨拶はするものの俯いている。私たちはテーブルに置かれた冷やしラーメンを食べる。
「道外で“冷やしラーメン”って言ったら冷たいスープに入ったラーメンの事だと思われるみたいね。こっちじゃ“冷やしラーメン”と“冷やし中華”は同じ物って思ってるけど」
祥吾の母が思い出したように言った。
「出張で道外に行った時に書類で指切っちゃって、『サビオありますか?』って訊いたら、みんなポカンとした顔で『サビオって何』って言われちゃったよ。向こうでは絆創膏って言わないと伝わらないみたいだね」
祥吾が食事の手を止めて言う。
「言葉の壁ってあるのよね。道外でもそうなんだから転勤先は大丈夫?」
「大丈夫だよ。何度も行ってる所だし。それに舞もいるしね」
そう言って祥吾は私の顔を見る。
「あと、樹。いつまでそんな顔をしているの?そんな顔をしていたら、お兄ちゃん達が安心して行けないでしょ」
「でも……兄さんにも舞姉さんにも会えなくなるんでしょ?」
そう言った樹の表情は寂しげだった。
「大丈夫だよ。向こうで落ち着いたら、僕だけ一旦戻って来て樹を連れてあっちを案内するよ」
祥吾がそう言うが樹の顔は晴れない。
その後はテレビを見ながら談笑する。私が憧れていた家族団らんの時間はあっという間に過ぎて日が傾いてきた。
「日も暮れてきたし、そろそろ行こうかな」
祥吾がそう言って体を正し、立ち上がる。
身支度をする私たちに祥吾の父が祥吾の肩に手を当て
「体に気を付けるんだぞ」
と一言だけいう。
「そうよ、向こうでも食事や健康のこと考えて行動しなさいよ」
祥吾の母は少し心配そうに言う。
「大丈夫だよ。食事の事は舞がいるから心配ないよ」
祥吾は私の方を向きほほ笑む。
「兄さん、舞姉さん、またね」
樹は無理に笑顔を作っているのか唇が少し震えている。
「それじゃあ、みんな元気でね。行ってくるよ」
大きく手を振る祥吾の横で私は頭を下げる。
祥吾の両親と樹は私たちが曲がり角で見えなくなるまで手を振っていてくれた。
「出発前の今夜と明日の日中は一緒に家でゆっくりして夕方に出発しようか」
「それなら近くのスーパーで沢山買い物しなきゃ、一人暮らしで鍛えた料理の腕を見せてあげる」
そう言って私は腕まくりをする。
「ふふっ、楽しみにしてるよ」
祥吾は穏やかにほほ笑む。
私たちはスーパーに行き食材とワイン、お菓子を買った。普段なら目的の物を購入するだけのつまらない時間だが、あーだ、こーだ言いながら笑い合って商品を選ぶのは本当に楽しくて幸せな時間だった。
家に帰り夕飯の準備をする。誰かに食べてもらうのはすごく久しぶりだから緊張したが、レシピ本とにらめっこしながらも満足するものが出来た。
「すごく美味しそうだね。この前のフレンチレストランにも負けてないよ」
「そう言ってくれたら作った甲斐があるよ」
私は腕組みして胸を反らす
「はははっ、じゃあ頂きます」
その後も祥吾は「美味しい、美味しい」と私の料理を食べてくれて、料理を完食した私たちは寄り添いながらソファーで映画を観る。就寝時間が近づき私が入浴することを告げると祥吾が「一緒に入る?」と冗談っぽく言ってきたが、恥ずかしいからと断ると少し残念そうな顔をする。就寝時、祥吾の隣で横になり寝顔を眠くなるまで眺めている事にすごく幸せを感じ、いつの間にか眠りについた。




