13 平民の天才
「……貴方が、シエロ様ですね?」
「…………。」
返事はない。
厚いレンズの奥で嫌悪感を剥き出しにした瞳が私を写す。
「取引をしませんか?」
「……なんのつもりだ。」
「まずは話だけでも、聞いていただけませんか?」
シエロ。
主人公からはシェロと呼ばれる。
平民のため、名字はない。
くるくるもさもさの黒髪に、赤い瞳。
それを隠す野暮ったい黒渕メガネ。
制服にだぼっとしたフード付きの上着。
実はこの見た目のせいでシエロルートをやっていないというプレイヤーが多く、人気は6位。
そう、彼は乙女ゲームの攻略対象なのに、イケメンではないのである。
……メガネをかけているときは。
メガネを外したらイケメンとか、その設定やめろ!! という声が聞こえてきそうだ。
私もメガネキャラに安易にメガネ外すな、と思う。
シエロは目立たないためにつけてる伊達眼鏡なので許して欲しい。
このキャラの魅力は、普段はわざと隠している、というとこにある。
実はめちゃくちゃすごい、そういう設定はおおよその人間が一度は好きになるのではないだろうか。
バカのように振る舞っているが実は天才である、一般人を装っているが凄腕のスナイパーである……。
まぁそういうキャラなんだよ。
シエロルートの話をしよう。
まず彼は評判が悪い。
平民でありながらトップの成績で入学した、魔法の天才である彼は、貴族の魔法使いから疎まれまくっている。
そのためあることないこと噂が広まり、彼に話しかける人はいなくなっていた。
しかし、本人にとっても都合が良かった。
クリスベル学園に入学する前には、研究成果を盗もうとする者や、優秀なシエロと婚約したがる女子生徒が多く辟易していたのだ。
……ちなみにこの世界では魔法が重要視されてるので平民でも高く評価されるし貴族とも結婚できるよ。
むしろ優秀であればあるほど貴族の家に嫁ぐ事が多い。
コントロール出来る魔力の多さはやはり遺伝っぽいからね……欲しがるよね……。
そんなこんなでシエロは1人で行動することを好んだ。
だが主人公はシエロを見かける度に話しかける。
最初こそ警戒したが、あの噂を聞いてなお話しかけているのだから、と。
主人公に親身に接するようになる。
正直、攻略対象の中で一番面倒くさくないキャラである。
他の攻略対象なにかしら抱えすぎなんだよ、主人公はカウンセラーか!
共にテスト勉強をしたり、料理が得意だからとお弁当を作ってくれたり、一緒に捨て犬を保護したり……。
驚くほど平和なイベントである。
しかし、それを周囲は面白く思わなかった。
聖星祭。
シエロは参加しない予定であった。
それを知った同級生は、前日に偽物の手紙と髪飾りを用意して主人公に届けた。
シエロからだと、嘘をついて。
それを知らない主人公は、当日その髪飾りをつけて会場に向かう。
相手が来ないことも知らずに。
くすくす笑う参加者達、時間だけは無情に過ぎて聖星祭が始まる。
楽しそうな男女達を眺めながら、主人公はぽつんと立っていた。
そして気付く。
いつも1人で行動している彼が手紙を託すだろうか、と。
騙された、と理解した主人公は、もう帰ろうかな、と俯く。
その時、会場がにわかに騒がしくなった。
「あれは誰?」「あんなカッコいい人、生徒にいた?」「相手は誰だろう?」
その騒動の主は堂々と、モデルのように美しい姿勢で会場を歩く。
周囲の声が気になって、顔をあげると、美しく着飾った彼が視界にはいった。
……シェロ。
呟くと、シエロは主人公に気付き、ゆっくりと近寄り、手を取った。
そう、シエロは直前になって事態に気付き、駆けつけるのである。
わざわざ髪を整え、学園から正装を借り、変装のためにつけていたメガネをはずして。
あの、野暮ったい男が!?と男達は驚愕し、主人公を笑っていた女達は唇を噛み締めた。
そんな大逆転の展開に、シェロはいつも通り、ニヤリと笑う。
「さて、次はどうしようか。」
聖星祭で目立った彼は、このイベント以降メガネを外すようになる。
なんだかんだもっさい彼に見慣れていたので寂しくもある。
しかし妬みやら逆恨みやらでトラブルは続く。
その度にシエロがその全方向チートでどうにかする。
そんな事を繰り返していくのがシエロルートなのだ。
暴風の魔女討伐後はフラン同様に評価が上向きになる。
この男は本当に、童話に出てくる魔法使いのようで、
いや無理だろ!?という状況を易々とひっくり返してくる。
シナリオライターもよく思い付くな……とプレイしてて感心したものだ。
初めて経験した、という事柄にもすぐに適応する才能の塊、もはやチート。
攻略するつもりが攻略された、と感想で呟くプレイヤーが多数。
ここまで話せばわかるだろう。
そう、今度のレクリエーションも、この男をやる気にさえすれば勝ったも同然なのである!
なんとしてもスカウトしたい!
「レクリエーションでチームを組んで欲しい?」
「ええ。勝負をしておりまして、どうしても早くにクリアしたいのです。
天才と呼ばれるシエロ様の力を貸して頂けませんか。」
「悪いけれど、レクリエーションは参加しないつもりだ。他をあたってくれ。」
あー!
天才がいるのに主人公のクラリスのチームが一番に到着するからなんでかなと思ってたらサボってたのか!
主人公が声をかけなかったらチーム分けの時点でサボるつもりだったのか!
まぁだがこちらとて断られる事は分かっていたさ!
とっておきをくらえ!
「ボールドウイン家の雷光の剣に興味ありませんか?」
「雷光の剣?」
「はい。」
武器生成の魔法というのは、一般的に広まっている魔法だとデザインも威力もすべて同じだ。
これは作れる武器、も魔法継承の1つだからだ。
協力な武器生成の魔法こそ、高値で売買されたり、家宝としてその家に細々と伝えられていたりする。
私が過去にエクスカリバーを作れなかったのもこれだ。
きっとこの世界にもあるんだなエクスカリバー……。
「……。」
だがシエロは頷かない。
……ふむ。
「……あまり警戒なさらないで下さい。私はただ取引がしたいだけです。私は勝利が欲しい、貴方は貴重な魔法を得られる。それだけですわ。」
私やもう一人と仲良くなる必要はありませんわ、と付け加える。
シエロはそれを聞いて、にやりと笑った。
「取引か……。なるほどな。」
「受けて頂く気になりましたか?」
「いいや……。もう一つ条件が欲しい。」
なぬ。
「勝利後に逃げられても困る。担保になるものか、前払いが欲しい。」
担保……それか前払い……。
今すぐ渡せそうなものってあっただろうか……?
メークイン家の魔法って兄は教わっているみたいだけど私には教えられてないんだよなぁ。
イグナーツ家のはそもそも継承権がないだろうし。
うーん……、あ。
これはどうだろうか。
「これなんていかがですか?」
ハルトの課題を取り出し、鍵を解除する。
一通りやってみせると、シエロはほう、と興味深げに目を細めた。
「……その例題、他にもあるか?」
「ええ、どうぞ。」
私の課題だけど。
というかなんで例題だってわかったの。
「閲覧を要求する。」
光り輝く、球体の魔方陣が浮かび上がる。
それをシエロは見様見真似でぱぱぱ、と解いていく。
うわ、流石天才……。
説明もなしにやってのけるとは。
自動解析魔法は教えられないけれど、多分シエロなら地力でそれっぽい魔法作ってしまうだろう。
うん。
「……これは、俺に教えちゃいけない魔法だったかもしれないな。」
「え?」
……言われてみれば、天才に禁書与えるようなものか?
閲覧権限があるって事は色んな本読み放題だもんな?
けどそこに立ち入る事が難しいのであって……。
「この隠蔽魔法の解除、魔法で立ち入りが制限されている場所の解除にも応用できるんじゃないか?」
……確かに!
私はわりとどこでも入れる権限あるから気にしなかったけど。
まぁいいか、元々チートの人間がさらにチートになるだけだからそんなに変わらないだろう。
シエロなら悪用しないだろうし。
「それに、この魔法を教えるって事は……君も普通の真面目な生徒というわけではなさそうだ。」
「他言無用ですよ、魔法が強化されて、使えなくなったら困っちゃいますからね。」
まぁ機密情報部隊って一般的に知られてないし、私がこの解除方法知っていたところで悪戯好きくらいにしか思われないだろう。
だっていちいち地力で解除するとか原始的過ぎて簡単な隠蔽魔法の解除しか出来ないもん。
多分秘密書庫とか重大な情報とかの解除なんて年単位かかるよ地力でやったら。
だからこそ自動解析魔法があるわけだし。
「……了解した。君との取引、了承しよう。」
「ありがとうございます。」
「ああ、よろしく頼む。」
シエロからはもう、最初のような嫌悪感は見られない。
取引、と言った事で婚約やら研究狙いやらではない、と判断されたのだろう。
「それで? もう一人は誰にする予定なんだ?」
あ。
しまった、決めてない。
書いたのに投稿をすっかり忘れていた……。




