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Duct43 ダクトテープを君に

「勇者様が魔王を倒したぞ!」

「やったああああ!」

「これで戦争が終わる!」


 俺の周りで大歓声が巻き起こった。

 振り返ると、ニンジャたちが互いに肩を抱き合い男泣きしていた。

 彼らが死闘を繰り広げていたスペクターの大群は、文字通り影も形もなくなっていた。

 田中さんがスキルを全解除したので、スペクターたちはジャガイモから人間や魔族に戻った人たちの元にただの影として帰ったのだろう。

 と、いうことは……。


「あれ? 魔王はどこいった? げっ、なんでエルドーラ様がいるんだ? あと、変態ニンジャがたくさんいる!」

「あら? いつの間にかお客様がたくさんいらっしゃてますの。お茶の準備をしないといけませんの」 


 グラの驚く声と、フィアの慌てる声が同時に聞こえてきた。

 さっきまで田中さんが居た場所に、グラとフィアがポカンとした顔つきで座り込んでいた。


「グラスネージャ! フィア!」 


 セシルが2人に駆け寄り、両手を思いっ切り広げて2人にギュウと抱きついた。


「よかったです。本当によかったです。もし2人がジャガイモのままだったら、わたし、わたし……」


 肩を振るわせてむせび泣くセシルの頭を、グラがそっと撫でた。


「心配してくれてありがとうな。でも、もう大丈夫だ」

「うん、うん! よかった、よかったです」

「それは、もう聞いたから、泣くのはやめろ。なんか恥ずかしいだろ」


 グラにそう言われて、セシルはようやく2人を離した。

 でも、その顔はまだ涙でグシャグシャだ。

 

「セシルお嬢様、フィアも大丈夫ですよ。だから、もう泣かないでください」


 今度はフィアがセシルをそっと抱きしめる。

 セシルはその胸でまた「よかったです、よかったです」と言ってむせび泣き始めた。


「やれ、やれ……泣き虫セシルは子どもの頃から変わらないな」


 グラは優しくほほ笑んでからセシルの頭をポンとたたいて立ち上がると、俺の方に歩み寄ってきた。


「一応確認しておくけど、リョウが魔王を倒したんだな?」

「おう、空の彼方までぶっ飛ばしてやったぞ」

「それはいい。私もその瞬間を見たかった。さぞ、スカッとしただろうな」

「少し苦戦した。でも、勝てたのはグラのおかげだ」

「うん!? 私、何かしたっけ? ジャガイモにされただけだぞ」

「いや、大活躍だった」


 これは本当だ。

 超特大ポテトキャノン砲が田中さんをぶっ飛ばす寸前、田中さんの背後にスペクター数体が現れ、田中さんをその場から運び去ろうとしたのだ。

 しかし、田中さんは動かなかった。いや、動けなかった。

 彼女の両足は、突如として現れた青白の氷の塊によって大地に縫いつけられていたから。

 それは、きっと、ジャガイモになっても俺とセシルを想うグラが発動させた呪文に違いなかった。

 グラにそう説明すると、グラは愉快そうに大笑いした。

 そして、目尻に浮かんだ涙を拭って言った。


「前にも言っただろ」

「うん?」

「リョウとセシル、そして私の3人がそろえば無敵だって」

「ああ、そうだったな」


 俺とグラは互いに突きだした拳を重ねた。


    ◇


 その日の晩は、オーギュスト侯の発案により、我が家の庭を会場にした大宴会が開かれた。

 今宵は満月。

 街からこれでもかと運び込まれた大量の肉、魚、酒を前に、大勢の人たちが満面の笑みで幸せそうに語り合い、笑っている。


 酔っぱらったオーギュスト侯がハンゾと手を取り合って、クルクルと回って社交ダンスみたいなおどりを始めた。

 それを合図に、武器屋・防具屋ギルドのおっさんたちが、弦楽器を手に軽快な音楽を奏で始める。

 その横では、ヒマワリの様な笑顔を浮かべたサロメが陽気に歌っている。

 すると、ニンジャたちも一斉に立ち上がり、それぞれ思い思いに変な舞踊を踊りだした。

 エルドーラは「人間は本当にアホじゃな! じゃが、それでこそ面白い」と、ビールを片手に笑い転げている。


「わあ、素敵な音楽とダンスですの。さあ、我らタヌキ族も負けていられないですの」


 フィアが腕まくりをして立ち上がると、タヌキさんたちが「ポンポコ、ポン!」と腹鼓を打ちながら、人間たちの踊りの輪に加わった。


「タヌキに負けるな!」  

  

 ルウの号令一下、キツネさんたちも踊りだす。 

 フィアはそんなルウに手を差し出し、「一緒に踊るですの」と促す。

 ルウは少し照れた様子で、でも嬉しそうにフィアの手を取ると満月の下に躍り出た。


「よし! 彩りを添えてやるぞ!」


 お酒のせいで頬を朱に染めたグラが陽気に叫ぶと、踊り狂う人間と獣人たちの頭上にたくさんの細かい氷の結晶を降らした。

 その結晶は満月の光を受け、淡くほのかに輝き、歓喜の渦に降りそそぐ。

 そんなグラの隣には、グラとよく似た大人の女性2人が寄り添い、グラの楽しそうな様子を見て頬を緩めている。

 ジャガイモ化が解除されるとすぐにワイバーンに乗り、魔王城から駆けつけたグラの母親とお姉さんだ。


「まさに大団円だなあ」


 俺はビールを一口飲むと、この幸せな光景に目を細めた。

 人間も魔族も獣人も命あるもののすべては、こんなにも笑顔になり、楽しく踊れるのだと初めて知った。

 それは、とても素晴らしい事に思えた。  

 ずっと、この光景を覚えていよう。


 そして、俺はこの素晴らしきフィナーレに主役がいないことに気付いていた。


「さて、そろそろ迎えに行くか」


 俺は人々の陽気な笑い声と音楽に背を向け、ダクトテープで作られた玄関の扉を開けた。

 月光が差し込む薄明るい家の中をゆっくりと進み、台所へと向かう。

 ここまで来れば、裏口が見える。

 そこには、俺の予想どおりの光景があった。

 旅支度をしたセシルが裏口の戸を開け、家を出ようとしていた。


「……どうして、わかったのですか」


 栗色の長髪をなびかせながら俺を振り返ったセシルがばつが悪そうに声を上げた。


「宴もたけなわに主役の姿が見えなくなったら、そりゃあ、心配もするさ。さあ、みんなの所に戻ろう」

「戻れません」

「どうして?」

「これを見てください」


 セシルは胸のボタンを数個外し、襟をはだけると、そのふくよかな胸の上部を露わにさせた。

 月光を浴びて青白く照り返すその胸には、三日月と剣を組み合わせた奇妙な紋様が浮かび上がっていた。


「これは闇の神を表す紋章です。あのとき、闇の神を降臨させる儀式はほぼ完成していたのです。今、私の身体の中には闇の神がいます」


 セシルはそう言うと、哀しそうに、いや、すぐにいつものほがらかな笑顔を俺に向けた。


「でも、安心してください。闇の神はまだ小さく、弱いのです。でも、いずれは大きく、強くなり、私の身体を依り代にこの世に現れるでしょう。だから……」

「だから?」

「だから、今のうちにわたしは姿を消します。そして、みんなの迷惑にならない遠くの場所で、命を絶ちます。そうすれば、闇の神も消滅するはずです」


 セシルは笑顔を崩さない。

 それどころか、その瞳には覚悟の意志が宿っている。

 神の巫女として、自らの命を犠牲にして世界を守ることを宿命と感じているのかもしれない。


「わたしは命に代えて、わたしの罪をつぐないます。これは戦争を拡大させた私に2柱の神が与えたもうた罰なんです」

「セシルが1人で背負い込む必要なんてないんだ」 


 俺はできるだけ優しくほほ笑んで、一歩を踏み出す。

 しかし、セシルは大きく首を振って、一歩後退した。


「命は惜しくありません。リョウ様のおかげで、お父様とお母さま、そして領民の仇は討てました。やるべき事を果たしたのですから、悔いはありません」

「まだ、やることが残っているだろ」

「えっ?」

「まだ花壇を作っていない」

「……」

「俺とグラとフィア、そしてセシル。4人で花壇を作るって約束しただろ」

「確かに約束しました……でも、でも……これ以上ここにいると、お別れがつらくなるから……」


 セシルがほほ笑みを崩し、顔をクシャクシャにして大粒の涙を流した。

 俺はセシルに歩み寄り、彼女を抱きしめる。

 鎧を脱いだその身体はびっくりするぐらい華奢で、こんなに細い身体でずっと1人で戦ってきたんだと思うと胸が熱くなった。


「セシルはもう1人じゃないんだ。俺が、そしてグラが、フィアがいるじゃないか。だから、簡単に命を捨てるなんて言うな」

「リョウ様……わたし、本当は哀しくて、寂しくて……でも、やっぱり国を失ったときみたいに、1人で解決しなくちゃって思って……」

 

 セシルが声を上げて泣きじゃくりながら、俺の身体にしがみついた。

 俺はセシルの栗色の頭をなでてあげる。

 そして、これまでに胸の奥にあったモヤモヤとした疑問が一気に晴れていった。


 どうして、セシルは俺みたいなダメ勇者を召喚してしまったのか。

 そして、勇者である俺が本来の使命を全うせずに、森の奥でまったり生活を続けられた理由。

 

――これはセシルのための物語なのだ。


 国を滅ぼされて独りぼっちになったお姫様は復讐心に駆られ、魔王討伐を目指し、命と身を削って戦い、最強の剣士と呼ばれるまでになりました。

 でも、本当のお姫様は、心優しく、朗らかで、争いなんて望んじゃいなかったのです。

 そこに異世界から現れた勇者は、お姫様の言うことを聞かずに争いを嫌い、森の奥で隠遁生活を送り出しました。

 お姫様は、そんなダメ勇者と仕方なくのんびりとした生活を送るうちに、少しずつ元の心優しい自分を取り戻していきました。

 なによりも、大切な仲間を得て、もう独りぼっちじゃなくなったのです……。


 この物語の主人公は、異世界召喚された俺でも、ましてや田中さんでもなかった。

 すべては、セシルのために光の神が用意した物語。

 俺が勇者に選ばれたのも、ダクトテープがスキルとして選ばれたのも、セシルのためだ。

 決して、田中さんや闇の神の画策のせいじゃない。

 俺は、光の神によって、セシルのためにこの世界につかわされたのだ。 


 ああ、そうだったのか。

 ならば、俺の役割は決まっている。

 セシルのために俺とダクトテープができることをするんだ。


 俺はセシルの両肩に手を置いて、セシルの身体を俺から少し離す。

 そして、右手にダクトテープを出現させた。

 それは、ちょうど、セシルの胸に刻まれた闇の神の紋章を覆い隠せる大きさ。


「リョウ様?」

「大丈夫。安心して。ダクトテープを信じて」


 俺は精一杯の笑顔を作ると、セシルの胸の上部、紋章の上にダクトテープを貼り付けた。

 セシルはビクリと肩を振るわせると、「あっ」と驚きの声を上げた。


「闇の神の存在を感じなくなりました!」

「封印してやった。いつも言っているだろ、ダクトテープは万能だって」


 セシルは今度こそ心からの笑顔を浮かべ、俺に抱きついて来た。

 俺はセシルの身体をしっかりと受け止める。


 その途端、俺の身体が内側から淡く、月光のように輝きだした。

 俺はわかったていた。

 これは光の神様のお迎えだ。


「リョウ様!? 体が!」

「いいんだ、セシル。この世界での俺の役割は終わったんだから」

「な、なにを言っているんですか!?」

「心配するな。元々この世界にいなかった来訪者の俺が消えるだけだ」

「嫌です! そんなの絶対に嫌っ!!」


 セシルが俺の肩と頭を必死に抱きかかえた。

 まるで、絶対に離すまいとするかのように。

 しかし、俺の内側から放たれる光はどんどん強くなり、その分、俺の身体は陽炎かげろうのように薄くなっていく。


「リョウ様! 嫌、消えないで!!」 


 セシル、ありがとう。

 こんな俺を想ってくれて。

 でも、どうか泣かないでほしい。


「セシルにいくつかお願いがあるんだ」

「ダメっ! お願いなんてしないで!」

 

 セシルは大粒の涙をポロポロ流しながら俺を見つめた。

 俺はその涙を指で拭ってあげる。

 セシルの涙はとても温かい。 


「一緒に花壇を作れなくてごめんな。でも、グラとフィアと一緒にきれいな花を咲かせてくれよ」

「ねえ、リョウ様、そんなこと言わないで……言わないでよ……」


 セシルの声はか細くなり、涙と一緒に消えていってしまう。


「悲しませてごめん。でも、最後にもう一つお願いがある」

「嫌……私もリョウ様と……」

「最後に笑顔を見せてくれ」


 涙をいっぱいに浮かべたセシルが、それでも、懸命にゆっくりとほほ笑んだ。

 その笑顔はとても美しかった。


 俺とセシルは唇と唇を重ね合わせた。

 セシルの唇はとても柔らかくて温かかった。


 その瞬間、俺の体の光が家中を満たした。

 庭にいるみんなの笑い声と音楽が遠くに聞こえた。


    ◇


 気が付くと、俺はダクトテープが山と積まれた倉庫の中にぶっ倒れていた。

 勇者の証であるスーツを着た姿。

 さらに、内ポケットには、俺と仕事を結びつけるまわしのスマートフォン。


「全ては元通りか……」


 でも、俺の心は元通りではなかった。

 社畜として、心に積もりきっていた悲哀と諦め、そして不安はもう無くなっていた。

 だけど、代わりに大きな穴が空いていた。

 それは、異世界で出会った人たちを、グラをフィアを、何よりもセシルを失った穴だった。 

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