Duct∞ エピローグ
元の世界に戻って1年半が経った。
街に吹きさらす木枯らしは、その冷たさを日に日に増していた。
俺は白い息を吐きながら、営業車のバンの後ろからダクトテープの入った段ボール二つを取り出す。
今日は、急きょ大量に追加注文してくれた郊外のホームセンターに商品を直接届けに来たのだ。
「そんなに仕事熱心な大木さんは、大木さんらしくないですよ」
段ボールを二つ重ねて持つ俺に向かって、隣に居る田中さんが口を尖らせた。
そう言う田中さんも、小さな体で二つの段ボールを重ねて持っている。
「田中さんは一つずつでいいんじゃない?」
「これでいいんです。だって、誤発注は私の責任ですから」
「まあ、チェックが甘かった俺の責任でもあるよ」
「そいうところがダメなんです! また、勘違いするでしょ!」
「勘違いって?」
「知りません!」
田中さんは肩とツインテールを怒らせながら、ホームセンターの搬入口に向かってさっさと歩いて行った。
1年半前、異世界で勇者だった俺がこの世界に戻ったように、魔王だった田中さんも無事に元の世界に戻っていた。
本人曰く、俺に超巨大ポテトキャノン砲でぶっ飛ばされたと思った次の瞬間には、この世界に戻っていたという。
けがは何もしていなかったと聞いて、ひどく安心した記憶がある。
今、俺と田中さんは、誤発注したダクトテープ400万個を売る仕事に専念している。
幸いにして売れ行きは好調で、我が社も関係各社も倒産を免れている。
なんで、そんなにダクトテープが売れてるかって?
なぜならば、ダクトテープとジャガイモを持って火星に移住した主人公が無双するラノベが大ヒットし、日本には空前絶後のダクトテープブームが到来しているのだ。
そのラノベは、来年にはハリウッドで映画化までされるという。
この大ブームを受け、田中さんは「ほら、言ったじゃないですか。ジャガイモとダクトテープでの文明興しが熱いって!」となぜか自慢げだ。
「大木さん! 遅いですよ。もう、早く、早く」
「ああ、今、行くよ」
俺はダクトテープの入った段ボールの重みをズッシリと感じながら、早足で歩く。
仕事は順調だ。
400万個の誤発注も、むしろ先見の明があったとみなに褒められるまである。
俺はこのダクトテープを全て売り切るまで、惰性や後ろ向きで仕事はしないと決めている。
まあ、かなり無理やりだが、つまりは、前向きに仕事をしてみようと努力している。
そのおかげか、仕事に悲哀感や不安感を抱くことも少なくなってきた。
これが喜ぶべきことなのかは、まだわからないが、一つだけわかっていることはある。
異世界から戻ってきたときに空いた心の穴は、まだ埋まっていないということだ。
◇
終電間際、深夜になると寒さもより身に染みる。
最寄り駅で降りた俺は、肩をすくめて改札を出た。
ああ、今日も疲れた。明日も6時起きだ。
帰って、早く寝よう。
そんないつも通りの日常。
駅から歩いて20分のいつも通りの帰宅の道。
そして、俺の部屋があるボロいアパートの前。
しかし、そこは、いつもの通りではなかった。
まるで、異世界だった。
人が立っていた。
街灯に照らされたその人は女性だった。
紺色のダッフルコートにチェックのマフラーを巻きつけ、寒そうに身をすくめている。
その人は、ふんわりとした栗色の長い髪をしていた。
その人は、髪の毛と同じような輝く栗色の瞳だった。
その人は、俺を見つけると、いつかのような溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
「セシル!?」
「リョウ様!」
セシルが俺に向かって走って抱きついて来た。
俺は驚きながらも、その体を必死に受け止める。
「どうして、ここに? あれ、俺、夢を見てるのか」
「夢じゃないです。わたし、リョウ様に会いにこの世界に来たんです!」
セシルが俺の両手を取って、嬉しそうにブンブンと振った。
おお、懐かしいな、この感じ。
「光の神に無理にお願いしたんです。リョウ様がわたしのために召喚されたのなら、今度はわたしがリョウ様のために異世界に行くべきだっって!」
「そうか……来てくれたのか。ありがとう……」
俺はセシルを強く強く抱きしめた。
心の大きな穴があっという間に塞がっていく。
塞がるどころか、熱い思いがあふれ出て止まらない。
と、止まらないぞ!
「セシル、好きだ。愛してる」
「わたしもリョウ様を愛しています」
俺たちは1年半ぶりに唇を重ねた。
今度はもう少し長く、深く……。
唇を離したセシルは恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
やだ、勢いで告白して、そのままキスしちゃった。
俺も恥ずかしい。
照れ笑いを浮かべる俺に向かって、セシルは今度は楽しげに頬を緩めた。
「さあ、リョウ様。共に物語を始めましょう」
俺が異世界召喚された初日も、こんな台詞をセシルに言われたと思い出す。
「この世界で何の物語を始めるんだ? あいにくと魔王もモンスターもいないぞ」
「平穏なこの世界だからこそできる物語がありますよ」
セシルが楽しげに含み笑いをした。
「わたしとリョウ様がいつも一緒にいて、どんなことでも共に笑ったり泣いたりする物語です」
「それは、きっと素晴らしい物語になるな」
「今度は私のためではなく、2人のための物語ですよ」
「ああ、そうだな。始めよう。この世界で2人の物語を」
そうだ、これから始まる俺の物語は、誰かのためでもなく、ましてや自分だけのものでもない。
愛する人と共に紡ぐ物語なんだ。
それがとても嬉しくて、もう一度キスをしようとした俺の唇にセシルがそっと人さし指をつけた。
あれ? おあずけですか?
「次のキスは、あの約束を果たしてからです」
「あの約束?」
「一緒に歌壇を作りましょう」
セシルは幸せいっぱいにほほ笑んでいる。
それは、この世界と異世界を包み込むような素晴らしい笑顔だった。




