Duct39 ダクトテープと魔王
「セシルさんにはずっと会いたかったんだ。そして、お礼を言いたかったんだよ」
田中さんはセシルに向かって優しげにそう声をかけた。
しかし、やはり、そこには感情がこもっていない。
俺の背筋がまたゾクリとした。
田中さんって、こんなに薄ら寒い子だったけ?
会社では、もっと明るくてハキハキした元気印なキャラだったのに。
セシルやグラをまるで路傍の石のように見ている様子は、確かに冷酷な魔王そのものだ。
「お礼? なんのことですか!? 私を惑わそうとしても無駄です!」
セシルが田中さんに向かって一歩を踏み出した。
「まさか魔王とこんな所で会えるとは思っていませんでした。今、ここであなたを打ち倒せば、長い戦が終わる。再びこの大陸に平和が戻る!」
「あれ~? まるで私1人に責任があるみたいな言い方だね」
「あなたが始めた戦争です。全ての責任はあなたにあります」
「確かに戦争を始めたのは私。でも、戦争を大きくした人は誰だっけ?」
「それは……」
田中さんの問いにセシルが少し考え込むように、動きを止めて視線を下げた。
「あれ? 考えるまでもないでしょ。それはセシルさん、君のことだよ」
「わ、わたしは……」
「カナタ公国滅亡後、諸侯や王族、エルフ、ドワーフ、ホビット族をあまねくまわって一致団結と打倒魔王軍を訴えたのは誰だっけ?」
「そうしないと、魔王軍がすべての国々を蹂躙してしまうからです!」
「うーん、でも、私はあのときはカナタ公国以外とは戦争するつもりなんて無かったんだ」
「えっ!?」
あ然とした様子のセシルを田中さんは満足そうに見下ろすと、ジャガイモの小山からヒラリと飛び降りた。
「そんなに驚くことかな? だって、セシルさんは気付いていたよね? それなのに、魔王軍憎しの思いから、関係のない諸国を大戦に巻き込んだ」
「ち、ちが……」
「セシルさんが闇の神の眷属と光の神の眷属の全面戦争を煽ったんだよ。ちなみに、さっきのお礼は私からじゃないんだ」
「!?」
「闇の神からの謝辞さ。大地にたくさんの血を吸わせてくれて感謝するってさ」
セシルの顔から一気に血の気が引いたのがわかった。
先ほどまで勇ましく掲げていた剣も力なく、たれ下がる。
「セシルさんは光の神の巫女を自認していたと思うけど、全ては私たちの手の平で踊っていたんだ。残念、君は闇の神の巫女だったんだ」
「わ、わたしが闇の神の巫女……?」
セシルが胸に手を当て、その場に崩れ落ちた。
俺は慌てて駆け寄り、セシルの肩に手を置く。
その肩は大きく震えていた。
田中さんのひと言ひと言がセシルの魂を削っているかのようだ。
セシルと田中さんにどんな過去があるのかは知らないが、これ以上はセシルを傷つけるべきではない。
俺が田中さんにもの申してやろうと思った矢先、グラが怒りの形相で口を開いた。
「魔王様! いや、魔王! そこまでだ、それ以上の妄言は私が許さない」
「あら? グラちゃんがそんなに怒るなんて珍しい。これも美しき友情ってやつかな~」
「黙れ! 今、ここでお前を討ち果たし、母上も姉上もセシルも救ってみせる! 始めからこうしていればよかったんだ!」
グラが吹っ切れたように両手を田中さんに突きだした。
そして、呪文を詠唱し始める。
しかし、田中さんの口元からは歪んだ笑みが消えない。
まずい、グラを止めないと!
「ぽーてーと」
俺が急いでつかもうとしたグラの腕は、しかし俺の指先で消え失せる。
そして、俺の手はグラの腕の代わりに小さなジャガイモをつかんでしまう。
「グラ!? おい、グラ! どこに行った!?」
「どこって、大木さんの手の中にいるじゃない~」
田中さんは微笑を浮かべ、俺を上目遣いに見た。
そこには、やはり何の感情もひそんでいない。
「田中さん! グラを戻してやってくれ! これじゃあ、あんまりだ」
「う~ん、大木さんのお願いなら聞いてあげないことはないけどね」
「ほ、本当か!?」
「でも、やっぱりダメ~」
田中さんは両手を頭の上に挙げ、大きなバツ印を作った。
「グラちゃんは私を裏切ったから。美形キャラだからお気に入りだったのに。ねえ、聞いてよ、大木さん。私、グラちゃんを手に入れるために、凍れる大山脈まで遠征して、氷女族全員をジャガイモにしたんだよ。そのジャガイモを人質にしてグラちゃんを手に入れたのに、あのくそ寒かったクエストが全く無駄になっちゃた」
田中さんはヤレヤレといった様子で肩を上げ下げした。
そのとき、俺は田中さんがセシルやグラに対して無感情で冷淡でいられる理由がわかった。
――キャラ、お気に入り、手に入れる、クエスト。
田中さんはこの世界の住人たちを、まるでゲームやアニメの世界のそれと同様に本来は存在しない人として捉えているのではないだろうか。
「田中さんは、グラをジャガイモに変えたことに罪悪感を抱いていないのか?」
「ない、ない。ここはゲームの世界みたいなものでしょ? 私はプレイヤーとして魔王役を務めているんだから、いちいちゲームのキャラに感情移入していたら保たないって」
「キャラじゃないだろ! グラは確かに生きているじゃないか!」
「ふ~ん? 大木さんは、この世界の住人をそういう目で見てたの?」
「決まっているだろ! 話して、笑って、飯を食って、俺たちと全く変わらないじゃないか!」
「う~ん」
田中さんは腕を組んで考える素振りをした後、俺に向かって人さし指を突きつけた。
「でもさ、大木さんだって、私の大事な部下たちを皆殺しにしたじゃん? モンスターとはいえ、エネジスちゃんたちにだって命があったのにね~」
「そ、それは……」
俺は周囲に転がるモンスターたちの死体を見回した。
戦闘の当初は敵の命を奪う戸惑いや罪悪感はあったが、エネジス戦の前からはそれらを意識できないでいた。
確かに、これじゃあ、俺も田中さんと同じだ。
俺は反論ができなかった。
「大木さん。そんなに深刻な顔をしなくたっていいよ。だって、この世界で何人、何匹殺したって、私たちにとっては異世界の、つまりはゲームやアニメの中の出来事と変わらないんだから」
違う。田中さんの言っていることは正しいように聞こえるが、絶対に違う。
少なくとも俺は、セシルやグラ、フィア、そして、これまでに俺が接してきた異世界の人たちに対して、そんなことを思ったことは一度もない。
そのとき、俺の隣でセシルがゆっくりと起き上がった。
「リョウ様は何も悩む必要はありません」
セシルは俺の目を見つめ、無理にニコリとほほ笑んだ。
「リョウ様は今まで通りでいてください。面倒くさがり屋で愚痴ばっかりだけど、よく笑って優しい。そんなリョウ様のままでいてください。すべての業と罪は私が背負いますから」
「セシル……」
「グラスネージャの、親友の仇は私がとります」
セシルは大きく一息をつくと、再び田中さんに向かって剣を構えた。
「わたしは闇の神の巫女でもなんでも結構です。あなたを倒す。それ以外は何も望みません」
「いい心意気だね~。じゃあ、本格的にいくよ」
田中さんは再び舌なめずりをすると、高々と右手を挙げた。
その手の先にはスペクターに捕まっているフィアがいる。
おい、まさか、やめてくれ!!
「ぽーてーと」
田中さんが声を上げた途端、フィアが小さなジャガイモに変化した。
そのジャガイモは地上に落下し、コロリと地面に転がった。
「いいかげんにしてくれ!! この世界の住人たちは、俺にとって……」
俺の怒りの絶叫が尽きぬ前に、すでにセシルが動き出していた。
迅速の動きで、田中さんとの間合いを一気に詰める!
その光り輝く刃が田中さんの胸に突き刺さる……かに見えた。
しかし、セシルの剣はその数センチ手前でピタリと止まってしまう。
セシルの剣先と田中さんの間に、2体のスペクターが田中さんを守るかのように立っていた。
グラのお母さんとお姉さん?
いや、違う。その2人のスペクターはまだ空を漂っている。
新たに2体のスペクターが急に姿を現したのだ。
そして、俺は、新たのスペクター2体の形、その影のような黒いシルエットに見覚えがあった。
1体は細身で、ショートカットの髪形。
もう1体は頭の上に半円型の耳がつき、お尻から尻尾が生えている。
「まさか、グラとフィアなのか……?」
「そのとーりです! 正解、よくできました」
放心状態の俺に向かって、田中さんが大げさな拍手を送って寄こした。
「ジャガイモに変えたキャラの影はね、私が自由自在に扱えるんだ。ほら、私のスキルって、大木さんのダクトテープと違って応用が利かないじゃない? だから、敵の動きを封じたりするには、このスペクターが必要なスキル効果ってわけ。バランスいいでしょ?」
「バランスだと!! ふざけるな! はやく、グラとフィアを元に戻すんだ!」
「ダメだよ。これからこの2体には仕事があるんだから」
「仕事?」
「そう、大木さんの大嫌いなお仕事だよ」
田中さんが右手を振るうと、グラとフィアのスペクターが動き出した。
そして、あっと言う間にセシルの腕をそれぞれ絡め取ると、セシルをうつ伏せに地面へと叩きつけた。
「くっ!」
セシルが無念そうに声を上げる。
だめだ、もう、勘弁ならない。
俺が田中さんを止める。
そして、みんなを助ける!
「おい、田中さん。それ以上は何もするな。セシルには危害を加えるな。そして、グラとフィアを元に戻すんだ。さもないと、俺が君を倒す!」
「大木さんが私を倒す?」
田中さんがあごを上げて嘲笑した。
その声には確かに感情がこもっている。
「ダクトテープは私のスキルの前では無力だって、さっき見せたでしょ?」
確かに、ダクトテープの弾丸の一斉射撃は田中さんには効かなかった。
でも、まだ俺にできること、ダクトテープにできることがあるはずだ。
勇者として召喚されたこの俺に神から託されたスキルが、魔王に対して無策であるはずがない。
「俺はダクトテープを信じる」
「それは結構なことだけど。そもそも、ダクトテープが大木さんのスキルになった理由ってわかってる?」
「知るか! でも、大量に誤発注してしまったダクトテープの有効活用なら、神様に祈ったぞ」
「うん、うん、そうだよね。大木さんって本来の発注数は4千個なのに、それを三桁も間違えて400万個も注文しちゃったんだよね~」
思い出したくない過去だ。
全くもって俺はどうしてあんな失敗をしたのだろう?
不甲斐なさに胸の奥をかきむしりたくなる。
「あれね、実は大木さんのミスじゃないんだ~」
「はい?」
「大木さんに頼まれて、あのダクトテープの発注書を取引先にFAXしたのって、だ~れだ?」
それは、田中さん……。
「大木さんは確かに4000って発注書に書いていたよ。でも、私がその横に(千個単位)、(この件は田中担当)って書き加えてから取引先にFAXしたの」
「おい、まさか……」
「当然、取引先からは何度も確認の電話があったよ。でも、私は、問題ありませんって言って押し切っちゃった。そしたら、本当に400万個も納品されるんだもん。もう、びっくり!」
「おい、お前、それは、絶対にやっちゃあいけないことだろうが!!」
「あれ!? 大木さんが怒るなんて珍しいね~」
ふざけるんじゃねーぞ!!
あの取り引きで、どれだけの人が迷惑をこうむったと思っているんだ!
うちの会社も取引先も、関係先全部が倒産するような誤発注だぞ!
だから、俺はもう死んでいいやと、むしろ死んで詫びようと……。
あれ……? そうだ、そうやって死んだから、俺はこの世界にいる。
「ようやく腑に落ちた? だから、さっき言ったじゃない。この世界に大木さんを召喚したのは私だって。大木さんに勇者の適正を見いだしたのも、そのスキルにダクトテープを選んだのも私なんだよ。あらためて、ようこそ異世界へ」
田中さんはそう言うと、右手を胸当て、俺に向かって仰々しく会釈をした。
「さあ、大木さん。これからセシルさんを依り代に闇の神を降臨させるよ。そして、このつまらない世界を終わらせる。そうしたらさ、私と2人で一から新しい世界を作ろうよ。万能なジャガイモとダクトテープから文明を興すリアルゲームって、超楽しそうじゃない?」
田中さんは本当に嬉しそうにほほ笑んでいる。
それは、営業からクタクタになって帰社した俺を出迎えてくれた笑顔と同じだった。
でも、俺はその笑顔に癒やしではなく、心の底から恐怖を感じた。




