Duct40 ダクトテープがつないだ者(もの)
社畜時代の俺を癒してくれた笑顔はそのままなのに、田中さんが俺を見つめる瞳は狂気めいている。
「俺はそんなゲームを始めるつもりはないっ! だから、セシルを依り代にするだとか、この世界を終わらせるだとか、もう止めてくれ!」
「ざ~んねん。大木さんには選択肢はないんだな。でも、ジャガイモとダクトテープによる文明興しゲームがバッドエンディングだったら、次は大木さんのリクエストに応えたゲームを始めてあげる」
そのとき、2体のスペクターに大地に押しつけられているセシルが苦しげな声を上げた。
くっ、もう説得を試みている余裕も時間もない。
ダクトテープがどこまで田中さんに通用するかわからないが、全力でぶつかるのみだ!
「ダクトテープ!」
俺はスキルを発動させ、田中さんの周囲にダクトテープの渦巻きを出現させる。
ダクトテープの長さは100メートル。こいつで、一気に田中さんを縛り上げてやる!
「ぽーてっ、ウグッ」
田中さんがスキルの詠唱しようとしたが、速攻でダクトテープで口をふさいでやった!
初心忘るべからず!
そうだ、最初からこうしておけば良かったのだ!
よし、この隙に、ダクトテープの渦を……。
しかし、俺が動かそうとしたダクトテープは、一瞬で田中さんの周囲から消えてしまう。
田中さんが右手の指をパチリと鳴らした途端、長さ100メートルものダクトテープはたった1個のジャガイモへと姿を変えてしまったのだ。
「なっ!?」
驚く俺を尻目に、田中さんはゆっくりと口のダクトテープをはぎ取ると、いまいましげにそれをうち捨てた。
「ちょっと大木さん! ダクトテープを乙女の口に貼るとはどういうことよ! 私はそういう趣味なんてないんですっ!」
「そんな……呪文を唱えていないのに……」
「うん? だって、私のスキル『ポテト』は呪文じゃないもの。スキルだから、念じるだけでいいのよ。大木さんもダクトテープを出すときはそうでしょ?」
確かにその通りだ。
俺は頭の中でイメージするだけで、ダクトテープを自由自在に扱える。
魔法を発動するために呪文の詠唱が必要なグラとはまったくタイプが異なる。
そして、田中さんのスキルも俺と同様に呪文の詠唱は必要がないというわけか。
「ならば、どちらかが疲れ果てるまでスキルを発動し合う勝負だ!」
「あー、それは面倒くさいので、ナシの方向で」
田中さんは俺に向かって右人さし指を突き出した。
ジャガイモか!? 俺、ジャガイモになるの?
一瞬、超、ビビッてしまった。
しかし、俺を襲ったのはジャガイモ化ではなく、空中に漂っていた残る2体のスペクターだった。
グラの母親と姉の形をしたスペクターが、俺に向かってその両手を開いて突進してくる。
俺を羽交い締めにして、行動を奪おうという魂胆だとすぐにわかった。
「ダクトテープ!」
俺は2体のスペクターに向かってダクトテープのネットを放出する。
しかし、そのネットは見事にスペクターの身体を通り抜けてしまう。
結果、俺は2体のスペクターに両側から身体を締め付けられてしまう。
「っぐ!」
ものすごい力だ。
まったく身動きがとれない。
骨がきしむ音が聞こえる。
初めて直接経験した。
これが、モンスターの力か!
「あら、あら。さっき、グラちゃんがスペクターには物理攻撃は効かないって言っていたのを忘れたの? ダクトテープは魔法攻撃でない以上は物理攻撃にカウントされるんだよ」
「くっそ!」
田中さんのスキル「ポテト」にはダクトテープは効かないのか!?
ダクトテープは無力なのか!?
俺を羽交い締めにした2体のスペクターは、フワリと1メートルほども舞い上がった。
俺の両足は大地を求めてジタバタと空を切るしかない。
「私の口にダクトテープを貼った罰だよ。そこで大人しく、闇の神の降臨を見物していてくださいね~」
田中さんはそう言うと、両手を高々と上空に向かって突き上げた。
「神よ、我が声を聞け!」
その途端、雲一つない青空に急に暗雲が立ちこめ、輝く太陽を覆い隠してしまう。
そして、光と闇の境目のような薄暗い光が降りそそぐ。
雰囲気的に闇の神降臨って感じがビンビンとする。
「やめろ! 田中さん、やめるんだ!!」
俺は必死になって叫ぶが、田中さんは俺の方を見向きもしない。
「神の器たる大地は血に満ちあふれ、種たる巫女はその大地に伏す」
田中さんの歌い上げるような声が響いた。
すると、セシルが押さえつけられている場所のすぐそばの地面に、人間の頭ぐらいの大きさの黒い染みが突如として現れた。
その染みは見る見るうちに大きく大地に広がっていき、セシルを中心に巨大な渦を作り出す。
「セシル! 逃げろ! 頼む、逃げてくれ!!」
俺の絶叫は届いているはずだが、セシルはピクリともしない。
いや、できないのだ。
スペクターの力の強さは、俺が身をもって体験している。
でも、なんとかセシルを助けないと!
「さあ、今こそ、降臨の……」
田中さんが悦に入った表情で空を仰いだ。
ついに、この世界に闇の神が降臨する!
と、俺は思った。
田中さんもそう思っただろう。
だが、田中さんが最後の言葉を紡ぐ前に、田中さんの足元の地面が突如として大きく丸く崩れさった!
田中さんは崩落する土砂に足をとられ、闇の神降臨の呪文を完成させる前に、深い穴の底へと滑り落ちていった。
「なっ!?」
突然に出来事に驚いていると、今度は前方から黄金色に輝く何かが空気を振るわせ、もの凄い速さでこちらに向かってくるのが見えた。
それは風だった。
黄金色の風が俺とセシルに向かって強烈に吹き付けたのだ。
しかし、その金色の風は、俺とセシルには当たらず、スペクターたちに直撃する。
そして、俺を羽交い締めにし、セシルを押さえつけていたスペクターたちをはるか後方へと一気に吹き飛ばしてしまった。
「うわっ!」
急に自由になった俺は、1メートルの高さから落下し、無様に尻もちをついてしまう。
「痛っ!」
あまりの痛みに尻を押さえた俺の頭上に、聞き覚えのある少女の声が振ってきた。
「余の手をわずらわせおって、このアホ勇者め。好きな女ぐらい、自分の手で守ってみせい。まったく、風属性の呪文なぞ唱えたのは100年ぶりじゃ」
見上げると、そこには、金髪ロングの幼女が立っていた。
「エルドーラ!」
「様をつけよ、このアホ勇者め」
しかし、その言葉とは裏腹に竜王エルドーラは俺の顔を見て満足げにほほ笑んだ。
「まだ、目の輝きは死んでおらんな。さあ、セシルを助けてやれ、神の巫女を救うのは勇者のつとめじゃ」
そうだ、セシルを助けないと!
「ありがとう、エルドーラ様!」
俺はそう言うと、急いでセシルの元に駆け寄った。
うつ伏せのセシルを仰向けにし、その場で抱きかかえる。
「セシル! 大丈夫か!?」
「リョウ様……」
セシルは苦しそうに胸を押さえてはいるが、意識ははっきりとしていた。
その瞳は俺の知っている栗色で、その輝きを失ってはいない。
俺にはわかる。
セシルは無事だ。
闇の神の依り代になんかなっていない。
間に合ったんだ。
俺が安心して大きく息を吐くと、さっき田中さんが滑り落ちていった穴から、ヒョッコリと赤い髪の女の子が跳びだしてきた。
「まったく、相手が魔王だなんて聞いてなかったべ。あのタヌキどもめ、とんだ食わせ物だべ」
人を食ったような生意気な声色。
それはキツネっ娘のルウだった。
「ルウ! 君がその穴を掘ったのか?」
「そうだべ、バカ勇者! せいぜい感謝するべ!」
ルウはクルリとこちらを向くと、長い舌をペロリと出してあっかんべえをした。
「たち、ってことは1人じゃないんだな」
「フィアが危ないってタヌキたちが泣きついてきたから、慌てて眷属808匹とタヌキ808匹で森の奥から地下を横に掘り進んできたんだべ」
そうか、タヌキさんたちがルウに助けを求めてくれたのか。
「ありがとうルウ。そして、タヌキさんとキツネさんたちも、本当にありがとう」
「ふんっ! 眷属たちは危ないからもう横穴で森の奥に帰したべ。まったく、相手が魔王と知っていたら、こんな危険なことはしなかったべ。タヌキごときに騙されたべ」
ルウが腕を組んでさも口惜しそうに話した。
そして、急に真顔に戻ると、穴の下をのぞき込んだ。
「おっと、穴の底からとんでもない瘴気が上がってきたべ。くわばら、くわばらだべ。あっちはもうトンズラするべ。でも、その前に、バカ勇者に言っておくことがあるべ」
ルウは俺に鋭い眼差しを投げつけた。
「もし、フィアが無事に帰ってこなかったら、ひどい目に合わせるべ!」
「わかってるよ。絶対にフィアを助ける。そして、一緒にルウにお礼に行くよ」
「ふん、期待しないで待ってるべ!」
ルウはそう言い捨てると、クルリと身を躍らせ、風のように森の中へと消えていった。
その赤髪の後ろ姿を見送った直後、穴の底から苦虫を噛みつぶしたような田中さんの声が響いてきた。
「邪魔しやがった! 私の邪魔をしやがった!! たかがNPCのくせに、くそが!!」
穴から地上にはい上がった田中さんは、収穫後のジャガイモのように土まみれだった。
そして、頬についた土を乱暴に払いのけると、不快感に満ちた表情で俺たちをにらみつけた。
田中さんがゲームのキャラと切り捨てたこの世界の住人に向け、初めて感情を露わにした瞬間だと感じた。
「考えが変わりましたよ大木さん。もう、大木さんと新しいゲームで遊ぶのは止めです。その代わり、ここで、全員、死ね!!」
田中さんが両手を俺たちに向かって突きだした。
今度こそスキル「ポテト」による攻撃だとわかった。
俺は、せめてセシルだけを守ろうと、セシルの身体をギュッと抱きしめる。
次の瞬間、俺たちの目の前に、突如として人の形をした灰色の物体が飛び込んできた。
それは、ダクトテープでできた等身大の人形だった。
そして、俺たちの代わりに、ダクトテープの人形がジャガイモに変化して大地に転がった。
これは俺が出した人形ではない。
ということは……。
「誰だ! 邪魔した奴は! 出てこい!」
田中さんがいまいましげに森に向かって叫んだ。
すると、森の茂みの中から聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。
「闇に紛れ隠密で行動するのが我らの流儀。されど、我らがマスターを守る闘いのためならば、姿を見せるも、命を捨てるも惜しくはないでござる」
黒装束に身を包んだ長身の男が茂みから静かに歩み出てきた。
「ハンゾ!」
「助太刀にはせ参じるのに遅れもうした。ひらにご容赦を」
「ありがとう。助けに来てくれたのか。さっきの人形は……」
「マスターから伝授された秘技身代わりの術でござる。そして、秘技を極めたのは拙者だけではござらん!」
ハンゾが指を弾くと、その背後から大勢のニンジャたちが跳びだし、一直線に整列した。
総勢300人。
そして、その列の真ん中には真っ赤な鎧に身を包んだ大柄の白髪男性が1人。
「勇者殿、この老人を忘れてもらっては困りますな」
「オーギュスト侯! あなたまで!」
「あれだけのワイバーンの大群に館の上を素通りされ、領主としての面目丸つぶれでしたぞ。しかし、このオーギュスト、我が領土で魔王に好きにさせるほど落ちぶれてはおりません」
オーギュスト侯が白い歯を見せてニカッと笑った。
「急いで出立の準備をしていると、防具屋のサロメが館に駆け込んできましてな。完成したばかりの火竜の革で作ったこの鎧を届けてくれました。勇者殿を慕うサロメの思い、しかと受け取ってきましたぞ!」
サロメが俺のために……。
「みんな、本当にありがとう」
ダクトテープは無力なんかじゃなかった。
ダクトテープは単に攻撃や防御に使うためのスキルじゃない。
あのまったりとした平穏な生活の中で、ダクトテープは俺とこの世界の人たちの縁を確かにつないでくれていたのだ。
この世界でダクトテープによって戦うことを選択せずに本当に良かった。
そのおかげで、今、セシルはこうして生きている。
嬉しかった。
みんなの厚意がありがたかった。
この世界に来て初めて目頭が熱くなった。
一筋の涙が頬を伝い、セシルの頬に落ちた。
それが少し恥ずかしくて、ごまかすためにセシルをより強く抱きしめる。
セシルはそんな俺の頰を優しく撫でてくれた。
「くそっ! くそっ! NPCのくせに! NPCのくせに! 私の邪魔をするなっ!!」
田中さんは憤怒の表情で大きく両手を広げた。
すると、田中さんの背後の穴から、音もなく無数の黒い影が湧き出てきた。
その影はあっと言う間に灰色の空を埋め尽くすほどに膨れ上がる。
影の正体は、スペクターの大群だった。




