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Duct37 ダクトテープと恋模様

「リョウ様!」


 セシルが両手を広げて俺に飛びついてきた。

 両腕を俺の首に回し、顔を近づけ、ウサギのようにピョンピョンと跳びはねている。

 やだ、マジでかわいい!


「凄いです! 凄すぎです! あのエネジスを倒してしまうとは! さすがはわたしが召喚した勇者様です!」


 はじけるような笑顔で俺を見つめるセシルの目は潤んでいた。


「セシルのお父さんやお母さんの仇討ちができて、よかった」

「……本当にありがとうございます」


 セシルの頬がほのかに赤くなり、かすかに唇が開いた。

 その栗色のふんわりとした髪も栗色の瞳も、いつもより輝いて見える。

 

 ――これ、キスできるな。


 いっそキスをしちゃおうかな。

 もう勇者になりたくないとか、セシルと恋仲になると勇者やらなきゃいけないとか、どうでもいいよね。

 だって、ダクトテープの新しい攻撃方法で魔王軍最強の戦士を瞬殺しちゃったんだから。

 勢いと流れで、勇者らしい戦闘しちゃったしな!

 それに、俺きっと最強だし!

 ダクトテープの弾丸さえあれば、魔王も労なく倒せるはずだ!


 なにより、俺はセシルが好きだし!!

 あー、ようやくはっきりと認められた!

 超、すっきりした!!


 俺はセシルの肩に両手を置く。

 すると、セシルは一瞬驚いた顔で俺を見つめた後、少し恥ずかしげにコクリと小さくうなずいた。


「セシル……」

「リョウ様……」


 俺とセシルの視線が交じり合い、その空間が熱を帯びる。

 そして、ゆっくりと2人の唇の距離が……。


「はい、そこまでー」


 グラが俺とセシルの襟首をつかんで、引きはがした。


「あのなあ、まだ魔王軍の精鋭が森の中から襲ってくるんだぞ。そういうことは戦闘が終わってから、人目のないところでやってくれ」


 あきれた様子のグラの声。


「おっおおう! そ、そうだったな!」


 いかん、戦闘どころかグラがそばにいることすら忘れかけていた。

 恥ずい……。


「……その、すいません……」


 セシルも顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむいている。


「あのなあ、恥ずかしいなら、人前でキスするなよ」

「してませんっ!」

「いや、キスしようとしてただろ?」

「そんなことありませんっ!」


 セシルが懸命になってグラに弁解する。

 そんなに全力で否定されるとちょっとへこむ。


「と、とにかく、3人で森の中にいる魔王軍を迎え撃ちましょう。リョウ様もグラスネージャも戦闘中に気を抜かないように」

「お、おう! そうだな!」

「お前らが言うなよ」

「「……」」


 そのとき、このなんとも気恥ずかしい雰囲気を打ち破るかのように、大きなときの声が森の中から巻き起こった。

 先ほど聞こえたときの声よりも、確実に近い。

 そして、ときの声は正面からだけではなく、左右からも近づいてくる。


「三面攻撃か。リョウが正面、セシルが右、私が左の敵を迎え撃とう」 

「了解しました。魔王軍の精鋭兵、相手に不足はありません」

「いや、こちらが相手に合わせて戦力を分散させる必要はない。全て俺が引き受ける。2人は見ているだけでいい」


 俺は勇むグラとセシルを押しとどめた。

 そして、空中にダクトテープの弾丸9千発を出現させ、前方と左右に3千発ずつ配備する。

 9千発の弾丸に回転を与える!


 ――ギュウウウン!


 9千発の弾丸が高速回転して空気を切り裂く音が、近づいてくる敵のときの声を打ち消していく。

 弾丸の回転がピークを迎えたとき、森の中から魔王軍の兵士たちが一斉に躍り出てきた。


 リザードマン、スケルトン、オーク、ワーウルフ、ミノタウルス、ゴーレム、ホブゴブリン、コボルト、スライム……。


 俺の知っているファンタジー世界の敵キャラが総出演といった感じだ。

 異形の生物たちは口々に奇声を上げながら、俺たちに向かって殺到する。

 だが、奴らと俺たちとの間にはダクトテープの弾丸の幕がある。


「bang!」


 俺は右拳から人さし指だけを突き出し、拳銃を撃つまね事をする。

 その動きを合図に、9千発の弾丸が同時に発射された。

 弾丸の雨が、魔王軍の精鋭90人に襲いかかる!


 ダクトテープの弾丸が奴らの身体を通り過ぎた後には、断末魔を上げることすらなく絶命した兵士90人が大地に倒れていた。

   

「やっぱり、すごい……」


 セシルが感動の面持ちで俺を見つめた。


「いやあ、そんなことないよ」

「すごいです! リョウ様は最強です!」

「そ、そう?」

「最強ったら最強です!」

「なんか照れるなあ」

「さすがはわたしの勇者様です!」

「セシル……」

「リョウ様……」


「おい、痴話なら向こうでやってくれ」


 グラの冷たい視線に我に返った。

 俺とセシルはいつも間にかお互いの肩に両手を置いていた。

 俺たちはすごすごとその両手を離す。

 

 また、やってしまった。

 恥ずかしい……。


「い、今のは痴話ではありません!」

「いや、どっからどう見ても、恋人同士のイチャイチャだったぞ」

「そ、そんなことは、ありません!」


 またもや顔を赤らめ、必死になって否定するセシル。

 そんなにムキになっていると、またグラにからかわれるぞ!


 しかし、グラはニタニタすることも冷笑することもなく、さわやかな笑顔でセシルの肩にポンと手を置いた。


「やっとリョウと思いが通じ合えたんだな。よかった。遅すぎたぐらいだ」


 グラはセシルをそっと抱き寄せると、「おめでとう」といってセシルの頭を優しく撫でた。


「グ、グラスネージャ……あなた、祝福をしてくれるの?」

「もちろんじゃないか。友達の幸せを祝わない奴がいるもんか」

「で、でも、グラスネージャだってリョウ様のことを……」


 セシルがそこで声をつまらせると、グラはキョトンとした顔をした。


「うん? 私がリョウをどうしたって?」

「えーと、だから……グラスネージャもリョウ様のことをす、好きなんじゃないかなと……」

「私が、リョウを……」


 グラは口をパクパクさせながら、俺の顔と自分の顔を交互に指差した。

 そして、途端に破顔した。


「あはははははっ、ない、ない、まったくない! やだな、そんなふうに思ってたのか?」

「えっ!? だって、宿屋のベッドの上でリョウ様に言い寄ってたじゃないですか!?」

「あれはダクトテープの刺激がほしかったんだ。別にリョウがほしかったわけじゃないぞ」

「で、でも、朝ご飯をどっちが先にリョウ様に食べさせるかで競争もしましたよ?」

「あー、あれはなりゆき? 久々に再会したライバルに負けたくなかっただけ」

「そうなのですか?」

「うん、そう。それ以外に、私がリョウにアプローチしている場面ってあったっけ?」

「……ないです。じゃあ、わたしの勘違いですか?」

「うん」


 やだ、俺も勘違いしてたわ!!

 一方的に自分がモテてるって思い込んでたわ!!

 恥ずかしい!

 うーん、でも、確かにグラから好意を向けられていた気もするが、それを今ここで聞くのは野暮なのかもしれないな……。


「ということで、セシル、そしてリョウ。お前らの気持ちはよーくわかった!」


 グラが俺とセシルの背中を押し、お互いに向き合うかっこうにさせた。


「お前らの気持ちはわかったけど、仇敵をぶっ倒した勢いでお互いの気持ちが盛り上がっちゃって、大事な過程をすっ飛ばした感がある」

「「過程?」」


 俺とセシルが同時に首をひねった。


「告白だ!」

「「告白!」」

「そうだ。こういうのは、しっかりと過程を踏んでいかないとな。2人の気持ちだけじゃなく、周囲の気持ちを固めるにも必要な事だ」

 

 グラがにっこりと頬を緩めた。

 うぬぼれたままの俺からすると、それは少し無理して笑っているようにも見えた。


「グラスネージャ……」   

「ほら、こういうのは、男からだぞ!」


 グラはセシルの声を遮ると、俺の背中をバッチーンと力強く叩いた。


 おう! 任せろ!

 グラの友情をガッチリと受け取った俺に怖いものはない。

 俺はあらためてセシルと向かい合い、彼女の大きな瞳を見つめる。


「セシル」

「は、はいっ!」

「俺はずっと勇者になることから逃げていて、だから、ずっと言えなかったけど」

「……はい」

「初めて会ったあの日から、俺は君のことがす……」


 ――キャアアアアアア!!


 最悪に間が悪いタイミングで大きな悲鳴が聞こえてきた。

 もうこんなときだから、悲鳴の一つや二つは放っておいてもいいんじゃないかなとも思った。

 だけど、放ってはおけなかった。


 だって、その悲鳴はフィアの声だったからだ!


「「フィア!」」

「フィアさん!」


 俺とセシル、グラは慌てて悲鳴の上がった方を見た。

 そこは我が家の玄関先で、フィアが気を失ったようにぐったりと倒れ込んでいた。

 そんなフィアを取り囲むように2体の黒い影がゆらりと立ち上がった。

 黒い影は人の形をしていた。

 その影は紙のように薄く、フワリフワリと空中を漂っている。


「あれはスペクター!」


 セシルが緊迫した声をあげ、剣を鞘から引き抜いた。


 スペクターってことは、幽霊系のアンデッドモンスターということか。

 あのダクトテープの弾丸の雨をかいくぐった魔王軍の生き残りがいたというのか!?

 いや、俺の弾丸は決して標的から外れてはいないはずだ……。

 なぜだろうか……。

 いや、考えている暇はない。

 急いで撃退しないと、フィアが危ない!


「ダクトテープ!」


 俺はスキルを発動させ、目の前にダクトテープの弾丸を200発を作り出す。

 1体につき100発の弾丸を食らわせて、スペクターをただの黒い霧にしてやる!

 ダクトテープの弾丸に回転の力を加える。


「待て、リョウ! 無駄だ」


 グラがそう言って、ダクトテープの弾丸の前に躍り出た。


「グラ、どいてくれ! あの黒い影をやっつけないと!」

「だから無駄だと言っている。スペクターには物理攻撃は効かない」

「なんだって!?」


 なるほど、だから、先ほどのダクトテープの弾丸の一斉射撃でも倒せなかったのか。

 じゃあ、どうやってスペクターを倒すんだ?


「実態のないアンデッド系を倒すには魔法攻撃と相場は決まっている。さっきから、あまり活躍できていなくてうっぷんがたまっていたんだ。ここは私に任せろ!」


 グラは俺とセシルに向かって片目をつむってみせると、2体のスペクターに向かって両手を伸ばし、呪文を詠唱し始めた。

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