Duct32 ダクトテープでキツネ退治2
「タヌキさんたち相撲に勝てるかな」
「リョウ様は相撲ってなにか知っているんですか?」
セシルがキョトンとした顔つきで俺に聞いてきた。
「あれ? さっき、あのキツネ娘のルウって子が古来のしきたりって言っていたから、みんな知っているんじゃないの」
「知らないです」
「私も知らん」
セシルとグラが一斉に首を横に振った。
この世界ではタヌキとキツネの文化には相撲はあるが、人間と魔族の文化にはないようだ。
「相撲っていうのは1体1で行う格闘技だ。土俵と呼ばれる円形の場所で武器を持たずに戦い、相手を地面につけるか、円より外に出すと勝ちになる」
「へえ、シンプルな闘い方ですね」
「シンプル過ぎておもしろくなさそうだな」
「いや、これが奥が深くてだな……」
俺がセシルとグラに向かって相撲談議をしている間に、洞窟前の広場ではタヌキさんとキツネさんによって相撲の準備がせっせと進んでいた。
森に生えているつるを束ね、それを円形に地面に敷く簡易的な土俵。
その土俵は直径2メートルほどの小ささで、広場には100個ほどの土俵がすぐに完成した。
「これぐらいでいいべ。さあ、マヌケのフィア、眷属を土俵に上げるべ。一斉に試合を始め、808匹目まで戦って、白星の多い方が勝ちだべ」
「いいですの! それと、マヌケって言うなですの!」
フィアはプンプンと怒りながらも、眷属たちに土俵に上がるように伝えた。
小さな100個の土俵のそれぞれに、小さなタヌキさんとキツネさんが1匹ずつ入り、そんきょの姿勢で向かい合った。
そして、軍配を持ったルウが広場の中央に進み出た。行司役らしい。
相撲の取り組みが100番一斉に行われるとは、なかなか楽しそうじゃないか。
俺は身を乗り出し、隣のセシルは緊張からかごくりと息を呑んだ。
「待ったなしだべ。はっけよいだべ!」
ルウが軍配を裏返すと、100匹のタヌキさんとキツネさんが一斉に立ち上がり、取り組みが始まった。
「頑張れって……おいっ! 反則だ、反則!」
なんと、立ち合いの直後にキツネさんたちがタヌキさんたちにラリアットをぶちかましたのだ。
さらには、よたつくタヌキさんに向かって必殺のドロップキック!
あわれ、100匹のタヌキさんたちは土俵の外にぶっ飛ばされていった。
あっけに取られる俺の前で、フィアが怒髪天を突く勢いで怒りだした。
「反則ですの! これは相撲ではないですの!」
フィアはルウに向かって猛抗議をした。
しかし、ルウは平然と軍配で顔をあおいでいる。
「反則? どこからどう見ても、古来のしきたり通りの相撲だべ」
「どこがですの! 殴ったり、蹴ったりは反則ですの!」
「うん? ああ、タヌキの相撲はそうなのか。キツネの相撲は殴ったり、蹴ったりはOKだべ」
「そ、そんなへ理屈は通りませんの!」
「でも、それがキツネ相撲のルールだから仕方ないべ」
「こ、この性悪ギツネ……いいですの! キツネに正々堂々という言葉はないとはっきりとわかりましたの!」
「おい、おい、キツネは正々堂々と勝負してるべ。いちゃもんをつけて卑怯なのはタヌキだべ」
「こ、この、ですの……」
うーん、どうやら口げんかではフィアよりルウの方が一枚上手のようだ。
「もう眷属同士の相撲はなしですの! 別の勝負をするですの!」
「じゃあ、久しぶりに、あっちとフィアで化け合戦なんてどうだ」
「いいですの! 子どもの頃以来の決闘ですの! 腕が鳴るですの!」
フィアは腕まくりをして鼻息を荒くした。
しかし、性悪とかずる賢いとか非難している相手の提案に素直に乗ることが上策とは思えない。
「フィア、勝負をするなら別の内容にしろ。その決闘は断れ」
「大丈夫ですのご主人様。ルウとの化け合戦で、フィアはこれまで負けたことがないですの!」
「そうか、なら、いいが……というか、フィアは変化の術なんて使えるのか?」
「もちろんですの! 大得意ですの!」
フィアがエッヘンと自慢げに胸を張るので、ここはフィアを信じることにした。
「確かに子どもの頃によくやった化け合戦では、あっちはフィアに勝ったことがないべ……」
ルウが急にションボリして肩を落とした。
「だから、せめてお題はあっちに決めさせてほしいべ……」
「いいですの。どんなお題でもフィアは平気ですの!」
弱々しい声のルウに対して、フィアは腕組みをして強気の姿勢。
うーん、やっぱり変だなあ。
そんなに自信がない戦いを自ら勧めてくるとは思えないのだが……。
「じゃあさ、お題はセクシー水着にするべ」
ルウの瞳が急にキラリと光り、口元に不敵な笑みが戻った。
「セ、セクシー水着ですの!?」
一方のフィアは目を泳がせ明らかに動揺している。
ほら見たことか。余裕ぶっこいているうちに、相手の口車に乗せられてしまった。
俺は失礼を承知で、フィアのルウの胸元を見比べてしまう。
ルウのはだけたシャツの襟元には深い谷間が刻まれているが、フィアのそこにはいつもの絶壁があるのみだ。
もちろん、貧乳には貧乳の素晴らしさはあるよ!
恥じらいとかコンプレックスとかもろもろ……いや、これ以上はよそう。
とにかく、セクシー水着対決はフィアには分が悪そうだ。
「どっちがセクシーに水着を着こなせるか競うべ」
「で、でも、それは、恥ずかしいですの……」
フィアがチラリと俺とセシル、グラの方を向くと、急に顔を真っ赤にしてうつむいた。
「フィアさん、卑怯者の言う通りに勝負を受ける義理はありません」
「というか、最初から勝負なんて必要ないだろ。悪いのはキツネなんだから」
セシルとグラが至極真っ当な正論を話した。
「で、でも、ここで勝負を受けないと、キツネに負けてしまいますですの……」
「その通りだべ。化け合戦でお題を聞いてから辞退するのは、負けを意味するべ」
「やりますの! キツネに負けるわけにはいかないですの!」
フィアが真っ赤な顔を上げ、嘲笑するルウをにらみつけた。
その様子を見たセシルとグラは、やれやれといった様子で肩を落とした。
「では、化け合戦の判定は眷属たちにお願いするべ」
「いいでしょ……」
「だあ、ダメだダメだ。審判は俺がやるぞ!」
ルウの提案を丸飲みしようとしたフィアを慌てて制し、俺は審判に名乗りを上げた。
途端に、セシルとグラがゴミ虫を見るような目つきで俺を見た。
ち、違うもん! 水着が見たいわけじゃないもん!
ルウの言うがままにことが進んでは、どんな悪だくみがあるかわからないからだもん!
「ダメだべ。勇者はフィアのご主人様だべ。そんな人間が審判をしたら、フィアに肩入れするに決まってるべ」
「俺は公平にやるぞ」
「信頼できないべ」
ふっ、この小娘が。
男たるものを何もわかっちゃいない。
こと女性の色気とかセクシーさとか、いわんや己のフェチズムに対して偽りの言葉を用いる男などいない。
男の美学ってもんがわかっちゃあいねえな!
「ということで、俺は公平だ」
「よくわからんが、ダメだべ」
ぬう、このキツネっ娘め。
しかし、ここで俺が引くと、またルウの思い通りの展開になってしまう。
おお、そうだ、かりそめの審判にうってつけの男がいるじゃないか。
あいつは今日、俺の近くにいるはずだ。
なんか、水着の話題が出てから熱い視線を背中に感じるし、間違いないと思う。
試しに地面に落ちていた石を後ろの茂みに投げてみる。
その石はギャと小さな音を立ててから、茂みの外に転がり出た。
よし、作戦決行だ!
「俺がダメなのであれば、眷属でも俺でもない審判を提案したい」
「その剣士と魔族のねえちゃんもダメだべ」
「第三者の人間の男ならいいだろう」
「そんなの、ここにいないべ」
「ここから10分も歩くと森の中を通る道に出るだろ。その道を最初に通り掛かった人間の男に審判を頼むっていうのはどうだ。これなら公平な判断をするだろ」
「うぬう……まあ、それならいいべ。どうせ、あっちが勝つに決まってるべ」
ルウがしぶしぶという感じでうなずいた。
よし、あとはこの会話を聞いたあの男がしっかりと対応できるかどうかだが……信じているぞ。
◇
俺とフィア、ルウ、それにセシルとグラが道に出てしばらくすると、森の奥から1人の行商人風の男がトボトボと歩いて来るのが見えた。
「あっ、本当に人が来ましたよ。タイミング良すぎですね」
「とういうか、こんな森の奥に人なんて歩いてないよな」
セシルとグラが至極真っ当な疑問を口にした。
うん、2人の言う通りなんだが、ここは黙っていようか!
ルウに気付かれるだろ!
「すいませーん。旅の人、ちょっとお願いがあるんですが」
「はい、なんでございましょう」
俺が行商人に気さくに声をかけると、その男は商売人らしい柔和な笑顔を浮かべた。
栗色の髪と瞳、細身で清涼感のあるイケメンだ。
その顔を俺は初めて見るが、その目を見るのは初めてではない。
男の頬には小さな傷跡が残っている。
さらには、頭に大きなたんこぶがある。
うん、間違いない。
この人はニンジャのハンゾだ。
俺とルウの押し問答を聞き、俺の期待に応えるべく行商人に変装して道を歩いてきたのだ。
必要なときにサッと姿を現すとは、さすがニンジャだぜ。
あと、さっきは石をぶつけてごめんね。
「これから、このタヌキっ娘とキツネっ娘が水着に着替えるんですが、どちらがセクシーで魅力的か決めてもらえませんか?」
「おお、そんなことでしたらお安いご用です」
ハンゾが背負っていた荷物を降ろすと、さわやかに額の汗を拭いた。
「いきなり快諾とは、怪しいです。この人」
「というか変態だな」
だから、セシルとグラは黙っていようか!
いいんだよ!
通りすがりに水着美少女の審査員を頼まれて断る男がいるか?
いねえよ!
「おっほん。ということで、この人が審査員をしてくれる。それでいいなフィア、ルウ」
「まあいいべ」
「が、頑張るですの……」
フィアとルウはそれぞれに胸の前で両手を組むと、「へ~んげ!」と同時に声を上げた。
すると、途端に2人の周囲に白い煙が立ちこめ、その煙が晴れると水着の2人が姿を現した。
「完璧だべ」
ルウが真っ赤なビキニ水着姿を披露した。
そのバストは、はちきれんばかりに小さな布きれを外へと押し出している。
ルウは胸を強調するように両手を上げたり、二の腕で胸を挟んだりとポーズを決めた。
「は、恥ずかしいですの」
一方のフィアは紺色のワンピースタイプの水着。
腰回りにスカートのヒラヒラがないタイプ。つまりはスクール水着っぽい!
頬を真っ赤に染めたフィアは、両腕を巻きつけるようにして小さな胸を隠し、太もも同士を擦り合わせてモジモジしている。
「はい、両者、出そろいました。では、旅の御方、どちらがセクシーでしょうか?」
俺がハンゾに向かって右手を突き出すと、ハンゾは俺の右拳をつかんで大声で言い切った。
「タヌキっ娘の勝ちでござる!」
ハンゾは興奮のあまりか俺の右手をブンブンと振り、ござる方言を丸出しにした。
「はあだべ?」
「えっ、ですの?」
ルウとフィアが同時に驚きの声を上げた。
そして、次第にフィアの顔が歓喜に輝きだし、ルウのそれは怒りに赤く染まった。
「おかしいべ! どう見てもわっちの方がセクシーだべ! おっぱいも大きいし、腰のくびれだってあるべ!」
ルウが噛みつかんばかりにハンゾに抗議した。
すると、ハンゾはチッチッチと指を左右に振ると、小馬鹿にしたようにルウを見てから一気にまくし立てた。
「ふっ、この小娘が。男たるものを何もわかっちゃいないでござる。男の美学ってもんがわかっちゃあいないでござるよ! ただ乳や脚を出せば男が喜ぶと思ったら大間違いでござる! 確かにタヌキ娘は貧乳。だが、それを恥じらう仕草、表情のすべてがそれを補って余りあるでござる! さらには、紺色のワンピースタイプには男の夢が(以下略)」
ハンゾは持論をたっぷりと語り終えると、さわやかな笑顔で俺と握手してから風のように去っていった。
ありがとうハンゾ。君の声は全ての男を代弁していたよ!
「変態でしたね」
「変態だったな」
セシルとグラがうじ虫を見るような目でハンゾの後ろ姿を見ていた。
「うっほん。では、勝者フィア!」
俺がフィアの右手を取って持ち上げると、フィアは「やったですの!」と言ってピョンピョンと何度も跳び上がってよろこんだ。
うん、うん、こんなことでもフィアが喜び、自信がついたのなら良かった。
「納得がいかないべ!! へ~んげ!」
ルウが突如として巨大なドラゴンに変身した。
「勇者! お前が何か小細工をしたんだろ! 怪しいべ!」
ルウのドラゴンはその大きな手で俺を鷲づかみにし、口を開いて鋭い牙を俺の頭上に並ばせた。
「リョウ様!」
「リョウ!」
セシルとグラが一気に戦闘態勢に入るが、俺は「手を出すな!」と一喝して2人の動きを止めた。
「どうしたべ。どうして剣士と魔法使いに攻撃させないべ?」
「いや、もう観念したんだ。こんなに大きなドラゴンに一瞬で変身できるルウに俺たちがかなうわけないからな」
「ふーん。わかればいいべ」
俺が力なくうなだれると、ルウドラゴンはよろこばしげに鼻を鳴らした。
「ああ、そうだ、どうせ死ぬのなら、ルウのもっとすごい変化を見てから死にたいな」
「わっちにも、いまわのきわの頼み事を聞く度量はあるべ」
ルウドラゴンはガハハハと豪快な笑い声を上げた。
バカめかかったな。
こういう展開の勝利の方程式は、前にいた世界のおとぎ話や神話で知りつくしているんだ!
「でも、どんなにすごいルウでも、小さい姿には化けられないだろうなあ。しかも、手の平に載るぐらいに小さくなんて、絶対に無理だよなあ」
「バカめ、あっちの変化に不可能はないべ。それ、へ~んげ!」
ルウドラゴンはみるみるうちに小さくなり、俺の手の平にスッポリと収まってしまった。
「どうだべ! すごいべ!」
「ああ、本当にルウはすごいなあ」
俺は笑顔で感嘆しつつ、「でも、ずっとこう言いたかったんだ。お仕置きだべ!」としゃがれた声を上げた。
そして、サッとダクトテープを出現させると小さなルウドラゴンをグルグル巻きにしてやった。
「げっ、なにをするべ! へ~ん、むっぐう!」
さらには、これ以上変化ができないように口にダクトテープを貼り付けて、言葉が出せないようにする。
これで、ルウはもう手も足も出せない。
「さあ、生意気なキツネをどうしてくれよう。煮て食おうか、焼いて食おうか」
俺がルウをつまみ上げ、わざと怖ろしげに声を上げた。
ルウはブンブンと必死に首を横に振っている。
「もう二度と悪さをしないと誓うなら、逃がしてやってもいいぞ」
するとルウはブンブンと懸命に首を縦に振った。
「よし。森にお帰り」
ルウの体からダクトテープを剝ぎ取ってやる。
白い煙を上げて元のキツネ娘姿に戻ったルウは、こちらを振り返りもしないで一目散で森の奥へと走り去った。
「これで懲りただろ。さあ、もう家に帰ろう。けがをしたタヌキさんの手当てをしてあげないと」
「ご主人様は甘いですの。ルウにはもっときついお仕置きが必要ですの」
フィアは不満げに頬を膨らませるが、俺は「大丈夫さ」と言ってその肩をたたき、家路を急がした。
◇
「こらー!! どろぼうギツネ! とっちめてやるですの!」
翌日早朝、俺がまだ寝室で寝ていると、台所からフィアの怒号が鳴り響いた。
キツネ!? また出たのか!
俺は慌ててベッドから跳び起きると、寝間着姿のままで台所へと駆け込んだ。
すると、ほうきを持って裏口から飛び出していくフィアの後ろ姿が目に入った。
「フィア、どうした?」
俺もフィアの後を追って裏口から外に出る。
フィアは大きな木の下でほうきを振り上げて「こら、降りてくるですの!」と怒鳴っていた。
フィアの横に並んで上を見上げると、大きな枝の上にヤンキーキツネっ娘のルウが座り込んでいた。
その口には、イチゴジャムがたっぷり塗られたパンがくわえられている。
「ルウじゃないか。また、悪さをしたのか……」
俺があきれ顔をすると、パンを口から離したルウが射るような視線を俺に向けた。
「やい、勇者! 昨日からずっと言ってやりたかったことを言いに来たぞ!」
「なんだ?」
ルウはジャムまみれの唇をわずかに開くと、そこから桃色の長い舌をペロリと出した。
「あっかんべ!」
はっは、これは一本取られたな。
「こら、ルウ! ご主人様への非礼は許さないですの!」
フィアがまたほうきを振り上げた。
「ふん! じゃあな、アホだぬき。このジャムはおいしいからまた来てやるべ」
ルウは捨てぜりふを吐くと枝から大きくジャンプして、背後の森へと消えていった。
「ほら、だから言ったですの。ルウにはあの程度のお仕置きでは効き目はないですの」
「まあ、いいじゃないか。今度ルウが来たときには、玄関から出迎えて、ジャムパンと紅茶でもてなしてやろう」
「甘やかし過ぎですの! でも、ジャムが好きなら、ご馳走するのはやぶさかではないですの!」
「フィアも甘いじゃないか……」
俺はプンプンと怒るフィアの肩を優しくつかんで反転させると、横に並んで一緒に家に戻った。




