Duct31 ダクトテープでキツネ退治1
「今日の晩ご飯は焼き鳥なんてどうだろう」
俺は台所のまな板の上に載っている山鳩の肉を前に、フィアにそう提案した。
フィアが午後のティータイムの間に夕食の仕込みをしようとしていたので、久しぶりに料理を手伝ってあげようと思ったのだ。
ちなみに、セシルとグラはフィアが淹れた紅茶を居間でのんびりと飲んでいる。
「鳥を丸焼きにするんですの?」
フィアがそう言って小首をかしげた。
焼き鳥の文化はやはりないようだ。
「焼き鳥っていうのは、肉を一口サイズに切り分け、それらをくしに刺して焼くんだ。味付けは塩だけでもおいしいよ」
「それは食べやすそうですの。それに楽しそうですの」
「よし、じゃあ、どんどん仕込んでいこう」
俺はフィアに焼き鳥の作り方を教え始めた。
フィアは物分かりが早く、くしに手際よく肉を刺していく。
気付くと、俺とフィアの周りには10匹のタヌキさんたちがいて、フィアの手元を必死になってのぞき込んでいた。
どうやら焼き鳥が気になるようだ。
つま先立ちをして懸命な様子がかわいい。
「タヌキさんたちも焼き鳥を食べてみるかい?」
俺がそばにいた1匹に声をかけると、その子はうんうんと必死になって首を縦に振った。
「そうか、そうか。でも、この山鳩1匹だけでは、とてもタヌキさんたちの分は賄えないな……」
「でしたら、みんなにもっと鳥を捕ってきてもらうですの」
フィアは膝を落としてタヌキさんたちと向き合うと、「山鳩や鴨、キジとか軟らかい肉の鳥を捕ってきてほしいですの」とお願いをした。
すると、タヌキさんたちは一斉にうんうんと必死になって首を縦に振ると、トットコナー、トットコナーと足音を鳴らしながら台所の裏口から一斉に森へ駆け出していった。
「眷属808匹全員で集めるって言ってましたの。ですから、たくさんの鳥が捕れますの」
◇
数時間後、フィアが告げたとおり、台所にはさまざまな種類の鳥がうずたかく積まれた。
全部で100羽はあるだろうか。
「おおっ、今晩は鳥肉パーティか?」
鳥の山を見たグラが悦ばしげに声を上げた。
「それにしても量が多いですね。台所では狭くてさばききれませんよ」
セシルの言う通りなので、鳥は屋外に運び出し、そこでタヌキさんたちと協力してさばくことにした。
人手は4人(正確には2人)と808匹もいるのだからすぐに終わるだろう。
フィアは台所にいる10匹のタヌキさんと向かい合うと、すべての鳥を裏口から運び出すように説明し始めた。
その途中、ドン、ドンとダクトテープの玄関が鳴る音がした。
来客のようだ。
「フィアはタヌキさんたちへの説明を続けてくれ。俺が出るよ」
立ち上がろうとしたフィアを制し、俺は玄関に向かった。
そして、今晩は焼き鳥と冷えたビールを楽しもうとウキウキ気分の俺は、大した警戒もないままに玄関の扉を開ける。
いや、開けてしまった。
「な、なんだこれは!」
扉の先には、大勢の小さな子どもたちが庭いっぱいに群がっていた。
ぱっと見だけでも数百人はいる。
しかも、子どもといっても、明らかに人間ではない。
頭に三角形の黄色の獣耳を生やし、お尻からはとんがった黄色の尻尾が生えている。
顔には点と線で描かれた簡単な目と口。
ただし、その目は、たれ目のタヌキさんとは異なり、糸目で吊り上がっている。
「キツネ?」
俺の声にキツネ耳の子どもたちが一斉にうんうんと激しくうなずいた。
いや、タヌキさんにならうのなら、キツネさんと呼ぶべきか……。
「その……キツネさんたちが何の用だ?」
すると、先頭にいた1匹のキツネさんがビシッと家の中を真ん丸い指で差した。
その先には台所がある。
「台所? って、おい、ちょっと待てって、うわあああ!」
俺の制止など一切無視して、キツネさんたちが一斉に家の中へと殺到した。
その勢いに押され、俺は見事に尻もちをついてしまう。
――トットコナー、トットコナー。
そんな足音をけたたましく鳴らしながら、キツネさんたちの黄色い波がもの凄い勢いで俺の左右を通り過ぎていく。
その波のうねりは台所に向かって突進していった。
「わっ!! あなたたち、なんですの!」
「タヌキさんたちにそんなことしちゃあダメですぅ!」
「こらああああああ!!」
台所からはフィア、セシル、グラのけたたましい声が響いた。
「どうした!?」
キツネさんたちの波が去って、ようやく立ち上がれた俺は、慌てて台所に跳び込んだ。
そこで目にしたのは、悲惨な光景だった。
台所中に鳥の羽毛がところ狭しと舞い上がっている。
そして、先ほどまで山と積まれていた鳥が1匹もいなくなっていた。
なによりも悲惨だったのは、10匹のタヌキさんが頭を両手で押さえてうずくまっていることだ。
その頭には大きなたんこぶができていて、タヌキさんたちは涙目になっている。
セシルとグラが座り込んで、タヌキさんたちを慰めていた。
「いったい何があったんだ?」
「三角獣耳の子どもたちが突然に入り込んできたんです」
セシルが困ったように眉根を寄せて説明を始めた。
「その子どもたちはそれぞれに鳥を抱え、あっと言う間に裏口から出て行ってしまいました」
「しかも、去り際にタヌキさんたちの頭を叩いていったんだぞ! それもパーじゃなくて、グーだ」
グラが悔しそうに拳を握ってみせた。
「そうなんですよ、かわいそうに」
セシルとグラはタヌキさんたちの頭を撫で撫でしながら、「よしよし」と声をかけている。
その隣では、羽毛を頭に載せたフィアがワナワナと肩を震わせていた。
「キツネの仕業ですの! 絶対に許さないですの!」
フィアは瞳に怒りを満ちさせ、半円の獣耳と丸っこい尻尾をピンと立ち上がらせた。
「すぐに追いかけて、盗まれた鳥を取り返すですの。そして、眷属が受けた屈辱の報いを与えるですの」
フィアが怒るなんて珍しい。
だが、あのキツネさんたちは、そうされて当然の行いをした。
鳥を盗んだことはまだ許されても、タヌキさんたちをいじめたことは許し難い。
「これは黙って見過ごせないな」
俺は怒りを込めて拳を握った。
この思いはセシルとグラも同じだったようで、セシルは「確かに、しっかりお説教が必要ですね」とつぶやき、グラは「いや、お仕置きが必要だな」と断言すると、それぞれゆっくりと立ち上がった。
「でも、キツネさんたちはいったいどこに行ったんでしょうか? 今から追いかけても森の中では見当もつきませんよ」
セシルが開け放たれたままの裏口の扉を見つめると、フィアが「大丈夫ですの。臭いをたどれば追いかけられますの」と自信ありげに自分の鼻をさすった。
「キツネのいやらしい臭いはすぐにわかりますの」
フィアは四つんばいになって鼻を床に近づけると、フンフンと鼻を鳴らした。
「さあ、ご主人様、お嬢様たち、フィアの後について来るですの!」
フィアが意気揚々と声を上げた。
しかし、その意気は長続きしなかった。
裏口から出た途端、フィアの動きがピタリと止まったのだ。
「……何百匹もの臭いが四方八方に飛び散っているですの。これでは、どの臭いを追えばいいのかわからないですの……」
フィアが立ち上がってしょんぼりと肩を落とした。
「では、キツネさんたちの後を追えないということですか」
「逃げられたままというのはしゃくだなぁ」
セシルとグラも悔しそうだ。
ふむ。そろそろ俺の出番のようだ。
ああ、また3人から称賛され、かつ尊敬されてしまうな。
「気を落とすな。キツネさんの行く先なら俺がわかるぞ」
3人が驚いた様子で一斉に俺を見た。
「ジャーン。これは何でしょう?」
俺はもったいつけて、右手を開いてみせた。
そこには灰色のねじれた紐状の物がある。
「これはダクトテープですか?」
セシルが俺の手をのぞき込んだ。
「そうダクトテープをねじって紐状にした。キツネさんたちが玄関から家の中に突進したときに、先頭にいたリーダー格にこのダクトテープの紐を貼り付け、俺の手元からどんどん伸びるようにしておいた。つまり、このダクトテープをたどって行けば、キツネさんの行く先にたどり着くという寸法だ」
俺は見事なドヤ顔を決めてみせた。
さあ、称賛してくれ。
しかし、3人から返ってきたのは予想外の反応だった。
「リョウ様、そういうことはもっと早く言ってください。時間の無駄です」
「まったくだ。フィアも臭いを嗅ぎ損だったな」
「キツネのいまいましい臭いが鼻に残ってしまったですの」
セシルは不満げに頬をふくらませ、グラは慰めるようにフィアの肩に手を置き、フィアは心底嫌そうに鼻をさすってみせた。
うん、隠し玉としてダクトテープの紐を取ってあったのだが、タネを明かすタイミングを完全に間違えたようだ。
いや、でもさ、フィアが臭いを追えばわかるって言ったし、それなら、ダクトテープもいらないかなって思うじゃん!
「えーと、じゃあ、このダクトテープを使うのは止めようか?」
「なんでそうなるんですか!? 使うにきまっています」
セシルは俺の手からダクトテープを引ったくると、それをたどって歩き始めた。
「さあ、グラスネージャ、フィアも行きますよ」
「はいよ」
「はいですの」
あの、俺もいますよ。行きますよ。
俺は慌てて、3人の後を追い掛けた。
◇
ダクトテープの紐をたどって30分ほど森を歩くと、無事にキツネさんたちを見つけることができた。
大きく口を開いた洞窟の入口の前に大勢がたむろしている。
その数およそ800匹。いや、タヌキさんと同じ808匹がいるとみた。
我が家からバラバラになって逃げた後、ここで合流したようだ。
追っ手を巻くとは、智恵があるなこいつら。
俺たちは茂みに隠れ、キツネさんたちの様子を見張ることにした。
すると、808匹のキツネさんたちは、我が家から奪い取った鳥100羽の羽根をむしり、串刺しにしてはたき火のそばの地面に突き立て始めた。
どうやら、鳥の丸焼きパーティーを始めるつもりらしい。
「あいつら、とっちめてやる」
そう言って茂みから跳びだそうとしたグラをフィアが手で制した。
「もう少し待ってほしいですの。まだ、黒幕が現れていないですの。キツネへのお仕置きは黒幕が現れてからですの」
「黒幕?」
「そうですの。性悪キツネの親玉ですの」
フィアはいまいましげに口端を曲げると、半円の獣耳をピンと立たせた。
どうも先ほどからフィアのキツネに対する発言には敵意がこもっているように思えてならない。
いまいましいとか、性悪とか、いやらしいとか……。
普段のフィアなら決して使わない言葉だ。
「なあ、フィア。キツネに何か恨みでもあるのか?」
「恨みなんて生易しいものではありませんの! フィアたちタヌキにとってキツネは仇敵ですの!」
「仇敵って、穏やかじゃないなあ……」
「あっ、来ましたの!」
フィアが指差す方向を見ると、洞窟の入口から真っ赤な髪の女の子が出てくるのが見えた。
背中まである長髪で、フィアと同じぐらいの背丈のほっそりとした体型。
みだれ髪のようなフサフサとした赤い髪の上には、三角形の黄色の獣耳。
そして、先っぽだけが白い尻尾がお尻から生えている。
完璧にキツネっ娘である。
そのキツネ娘は濃い茶色のプリーツスカートを穿いていた。
上着は白いシャツを胸元まではだけさせ、赤と黒のチェックのリボンが首から気だるげにぶら下がっている。
白いシャツの上には茶色のジャケットを羽織っている。
つまりは、ブレザータイプの制服っぽい。
セーラー服っぽい格好のフィアが黒髪の清純派女子中学生とするならば、あのキツネ娘はアバンギャルドなギャル、いやヤンキー女子中学生といった感じだ。
そのヤンキーキツネ娘は、キツネさんたちの作る鳥の丸焼きを見て嬉しそうに目を細めている。
そして、キツネさんたちの頭を撫でて回り始めた。
「よしよし、まんまとせしめてやったべ。しかし、一度にこれだけの鳥を奪われるとは、マヌケなタヌキたちだべ。まっ、タヌキだからマヌケは当然だべ」
「タヌキはマヌケではありませんの!!」
キツネ娘の蔑みにフィアがたまらず大声で反論し、茂みから飛び出した。
「性悪キツネのルウめ! 今日こそはとっちめてやるですの!」
「なんだ、マヌケのフィアか。マヌケのくせによくこの場所がわかったべ」
ルウと呼ばれたキツネ娘が赤髪をかきあげ、不敵な笑みを浮かべた。
しかし、語尾が「だべ」だが、キツネ娘としてそれでいいのか?
普通はコンじゃないの? せめて伏見稲荷に敬意を表して京言葉とかさ。
湘南出身なのかな?
でも、方言とは使い方が違うから、この世界のキツネの特徴なのだろう。
「いつもマヌケ、マヌケとバカにするのはやめるですの!」
「ああ、すまないべ。じゃあ、ドン・マヌケと呼ぶべ」
「ちょっとファッションリーダーっぽいけど、もっと悪いですの!」
フィアは鼻息を荒くして怒っている。
どうやらこの2人は以前からの知り合いで、何やら因縁の関係のようだ。
タヌキとキツネって仲が悪いんだっけ?
日本の里山じゃあ仲良く共存していた気がするが……。
「そうやって、タヌキをバカにできるのは今日までですの!」
フィアはそう言うと、俺の腕をつかんで立ち上がらせた。
その様子を見てセシルとグラもなんとなく流れで立ち上がる。
「今日は勇者様と剣士様、魔法使い様をお連れしましたの。これで性悪キツネも年貢の納め時ですの」
「ふん、さすがは臆病者のタヌキだべ。人間を援軍に連れてくるとは卑怯者め。まっ、タヌキだから仕方がないべ。どうやってもタヌキがキツネに勝てるわけがないべ」
「べえ、べえ、うるさいですの! それに、タヌキは臆病でも卑怯でもないですの! キツネごときには負けませんの! 正々堂々とタヌキとキツネだけで勝負ですの」
フィアは肩を怒らせると、俺の腕を下に引っ張って再び座らせ、茂みに隠れさせた。
その様子を見てセシルとグラも一緒に座り込む。
おい、おい、ルウって子のペースに完全に踊らされているぞ。
俺のダクトテープであのキツネ娘を縛り上げ、セシルとグラがお姉さん面でお説教すればすぐに終わる話じゃないか。
それと、フィアも、ですの、ですのと文字がうるさいぞ。
「フィア、落ち着け。ここは俺たち3人に任せろ」
「ご主人様たちはここで見ていてほしいですの。タヌキ族の一人として、キツネに売られたケンカを買わないわけにはいきませんの! これは矜持の問題ですの!」
俺はフィアの腕をつかんでいさめようとしたが、逆に怒られてしまった。
いつものフィアらしくない。
そんなフィアを見て、ルウが鼻で笑った。
「ふん、おもしろいべ。では、互いの眷属808匹同士で勝負だべ」
「望むところですの」
フィアが指を唇に当て口笛を吹くと、後ろの茂みがザザッと波立ち、808匹のタヌキさんたちが一斉に現れた。
まったく気付いていなかったが、俺たちの後ろからついてきていたようだ。
「古来からのしきたり通りに相撲で勝負だべ」
「望むところですの」
フィアが勇ましく両手で握りこぶしをつくると、タヌキさんたちは一斉に四股を踏み出した。
その小さな足が大地を踏みしめるたびに、トーン、トン、トーンとかわいらしい音が鳴る。
こんなんで大丈夫かなあ。




