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Duct30 ダクトテープと竜王の涙2

「なんだ、騒々しいな。べっこう飴をゆっくりと食べていられないじゃないか」


 グラが台所からひょこっと顔を出すと、その表情を一気に引きつらせた。


「っげ、エルドーラ様じゃないか。竜王が自らなんの用だ!? 火竜の仇討ちか? あれは、あいつから仕掛けてきたんだから、私たちは悪くないぞ」

「グラスネージャ……相変わらずの不遜な態度じゃな。まったく、セシルといいお前といい、幼いころから礼儀を知らんな。火竜の一件はよい。あやつは反逆者じゃ。お前らが殺さずとも、いずれ余が自ら手を下しておったわ」


「あっ、そうなの。良かった。ああ、それと、火竜のむくろで金儲けはしてないからな」

「すでに報告が入っておる。欲に駆られなかったことは褒めてつかわす。それと、そのけったいな物は口から出して話せ」


 グラは言われた通りにべっこう飴を口から出すと、エヘヘヘと愛想笑いを浮かべた。

 一方、同じように顔を出したフィアは慌てふためいている。


「えっ、竜王様なのですの!? ご、ごきげんようですの!」


 フィアはそう言うと、居間の床にひざまずき、エルドーラに向かってひれ伏した。


「顔を上げい、タヌキの娘よ。この場には余をうやまわない奴の方が多いようじゃ。お前だけひれ伏しては、余が無理強いをしいているようで気分が悪い。普通にしておれ、特別に許す」

「もったいないお言葉でございますですの」


 フィアは大急ぎで立ち上がるが、緊張からかその身を硬くしている。


 そんな中、ドタバタとした足音が階段を駆け下りてきた。


「お待たせしました!」


 セシルが大事そうに両手に布を抱えて1階にやってきた。

 どうやら、竜王の涙とやらをあの布で包んでいるようだ。


「あの……エルドーラ様、本当に大目に見てくれるんですか? 怒ったり、悲しんだりしてないですか?」

「くどい。無事に返しさえすれば、それでよい」


 セシルが恐る恐るといった感じで、ゆっくりと布をエルドーラに差し出した。

 エルドーラがその布を開くと、七色の虹の輝きが部屋に満ちた。

 

 布の上には、拳ほどの大きさをしたしずくがたの宝石が載っている。

 その宝石が虹の輝きを放っているのだ。

 

 あれが竜王の涙か……。

 そう言えば、俺がセシルに召喚されたとき、確かにこんな宝石がそばに二つほどあったな。


「うむ、竜王の涙に間違いない。これぞ、初代竜王様が子を産んだときに流した涙の輝きじゃ。では、返してもらうぞ」


 エルドーラはそう言ってあごを上げると、竜王の涙を右手で鷲づかみにした。


 家宝というわりにはぞんざいな扱いをするなあと思いながら、俺はエルドーラが竜王の涙を持ち上げる様子を見ていた。


 そのとき、エルドーラ以外の4人が同時に「あっ」と声を上げた。


 エルドーラの手から竜王の涙がツルリとこぼれ落ちたのだ。


「「あ―――!!!!」」


 全員の絶叫が部屋に響き渡る中、竜王の涙が床に衝突した。

 さらには、音もなく真っ二つに割れてしまったではないか。

 竜王の涙は途端に七色の輝きを失い、ただの白い石になってしまった。

 

「「あ――――!!!!」」


 再び起きる全員の絶叫。


「エルドーラ様! なにをしているのですか!」

「竜王家の家宝だろ!? どうすんだよ、これ」

「割れてしまったですの……」


 セシルが呆然と立ちつくす横に、グラとフィアが駆け寄ってきた。


 しかし、エルドーラは黙して語らず、ワナワナと震えながら割れた竜王の涙を見つめている。


 どうやら、怒っているようだ……。

 無理もない。なんせ、家宝が真っ二つだからな!

 

 しかし、神に近い存在である竜王が怒るというのは、かなりヤバイ状況ではなかろうか。

 もし戦闘になったりしたら、俺、勝てるのかな?


「エルドーラ様! 大丈夫です。まずは落ち着いて」

「そ、そうだぞ、落ち着くことが大事だ。深呼吸しろ」


 セシルとグラが必死な様子でエルドーラを慰めにかかった。

 やっぱり、怒らせたくないようだ。


「いや、全然、大丈夫じゃないじゃろ……深呼吸ぐらいで、落ち着ける事態か……」


 エルドーラが地の底から響くような声を出し、ゆっくりと顔を上げた。

 その黄金色の瞳の奥は、先ほどまでの人のそれではなく、爬虫はちゅう類のごとく縦に鋭くなっている。

 ドラゴンの瞳だ。


 あかん、完全に怒ってるわ。

 これ、人の形をしたラスボスが最後にドラゴンに変化して、一気に勇者パーティー全滅のパターンだわ。


「わあ、ダメですよエルドーラ様。深呼吸、深呼吸ですよ」

「10秒、いや5秒を心の中で数えるだけで、気分は落ち着くぞ」


 セシルとグラがエルドーラにしがみついて、必死に慰める。


「じゃ、じゃから、深呼吸とか数を数えても、どうしようもないじゃろうがあ!!」


 エルドーラはそう咆哮すると、その小さな身をさらに震わせた。


 なんか竜化が来そうな予感!

 俺が身構えるのと同時に、部屋中に耳をつんざく大音量が響いた。 



「うわああああああん!! 割れちゃったよぉぉぉぉぉ!!」



 なんとエルドーラが大粒の涙を流しながら、泣き出したのだ。


「うわああああああああん!!! ご先祖様に怒られるぅぅぅぅぅぅ!!」


 その泣き声は大きいなんてものではなく、声の波動で空気がビシビシと音を立てるほどだ。

 その波動によって大地は揺れ、森の木々が一斉にしなり、家がぐらぐらと左右に傾く。


 まるで地震だ。


「エルドーラ様、落ち着いて!」

「頼む、泣き止め、泣き止んでくれえ!」


 セシルとグラがエルドーラの肩をゆすって声をかけるが、エルドーラは聞く耳を持たない。

 大粒の涙が次から次へとあふれ出て、止まらない。

 頬をつたう涙は日の光を受けて虹色に輝いている。


「うわあああああああん!! セシルのアホー、グラスネージャのアホー!!」


 泣き声はさらに大きくなり、それにつれて大地の揺れもさらに大きくなる。

 もはや立っていられないぐらいの激しい揺れだ。

 ついに木造の家がミシミシと音を立て始めた。

 

 まずい、このままでは家がもたない。

 全壊で圧死もあり得る事態だ!


 ――ダクトテープを信じろ。


 そのとき、恒例の神様の声が俺の頭の中に響いた。


 ――ダクトテープは万能だ。


 その通りだ。

 ダクトテープさえあれば、大抵のことはなんとかなる。

 これは異世界でも不変だ!


 俺は大きくうねる床に這いつくばって、割れた竜王の涙の二片をなんとか拾い上げる。

 そして、二片を元通りにピッタリと合わせ、そのつなぎ目にバチコーンっとダクトテープを貼り付けた。


 ダクトテープで破片をつなぎ合わせた瞬間、なんと竜王の涙に七色の輝きが戻った。

 

 よし、さすがはダクトテープだ!

 なんでも直せる!


「エルドーラ! ほら、竜王の涙が元に戻ったぞ。もう泣くな。なっ、これでいいだろう」


 俺はエルドーラのそばまで這っていき、その小さな手の平に竜王の涙を載せてやった。


 エルドーラはその虹色の輝きに驚いたように目を見開くと、ゆっくりと泣くことを止めていった。

 それにつれ、大地の揺れが収まっていく。


「ひっっぐう……で、でも、こんな布が付いたままなんて、かっこ悪い……ひっぐ」


 エルドーラは涙を必死に堪え、何度もしゃくり上げている。

 その様子は、人間の幼子とまったく同じで、俺は彼女がかわいそうになる。

 まあ、割ったのは君なんだけどね。


「ダクトテープはかっこ悪くないですよ! むしろ素敵です!」

「そうだぞ、なんせ勇者しか出せない奇跡のスキルだ! わあ、かっこいいなあ」


 セシルとグラが懸命にエルドーラをなだめる。

 この二人は、エルドーラが泣くと一大事になると前々から知っていたんだなと実感。 

 セシルが戦々恐々として、グラが警戒していたのも納得だ。


「で、でも……ひっぐ、ひっく」


 しかし、エルドーラのしゃくり上げる声は次第に大きくなっていく。

 その隣で、セシルとグラは優しい言葉で必死になだめ続ける。


 やれやれ、二人には悪いが、なだめ方がなっていない。

 泣いた子を黙らせるには、言葉だけでは足りないんだ。

 子どもを泣き止ませるには、昔からこの方法が1番なのだ。


「ほら、これをあげるから、もう泣くな」


 俺はそう言って、べっこう飴が付いた棒をエルドーラに差し出した。


「甘いお菓子だ。さっきから気になっていただろう?」

「……その黄金色のお菓子をくれるの?」


 エルドーラが涙を手で拭きながら、黄金色の丸い瞳で俺を見つめた。


「ああ、でも、約束だ。もう泣いたりするなよ」

「うん!」


 エルドーラは俺からべっこう飴を受け取ると、さっきまでの泣き顔が嘘のような満面の笑みでべっこう飴を頰張った。


「やっと泣き止んだ……」

「死ぬかと思った……」


 ニコニコ顔のエルドーラの横で、疲れ切ったセシルとグラがぐったりと肩を落として座り込んだ。


「竜王の涙は割れちゃったのは残念だったな。でも、ダクトテープさえあれば、いつでも直せるから。もし、また壊れたらいつでも俺のところにくればいい。すぐに直してあげるし、べっこう飴もご馳走するよ」

 

 俺はエルドーラの前に座って、彼女と視線を合わせてから、その金色の頭をなでなでしてやった。


「うん! わかった」


 エルドーラは先ほどまでの不遜な態度はどこへやら、少女らしいかわいい笑顔を浮かべた。


「あっ、もう終わっちゃった……」


 エルドーラは飴がなくなった棒を小さな唇から離すと、悲しそうに棒の先を見つめた。


「よし、また作ってやろう。フィア、手伝ってくれ」

「はいですの!」


 フィアが元気いっぱいの声を上げると、「さあ、エルドーラ様も一緒に作りましょう。楽しいですよ」と言ってエルドーラを家に招き入れた。


「うん。作ってみたい!」


 エルドーラがウキウキした様子で台所に向かって行くのを見て、俺は「竜王といってもかわいいもんだな」と言って笑顔でセシルとグラを振り返った。


「かわいいって……まあ、確かに竜王は何年たっても成長しないですから、エルドーラ様は昔からずっとかわいいままなんですけどね」

「私とセシルは小さい頃、竜王の遊び相手だったんだ。でも、エルドーラ様は泣き虫で、そのたびに地震を起こすから大変だったんだぞ」


「まあ、でも、かわいいからいいじゃないか」


 俺のあっけらかんとしたひと言を受け、二人は深くため息をついてから同時に口を開いた。


「「泣く子と竜王には勝てぬ……」」 

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