Duct29 ダクトテープと竜王の涙1
家の中に焦げた甘い香りが広がる。
その元は、かまどに載せた鍋の中にある薄茶色のどろどろとした液体。
水に大量の砂糖を入れ、加熱して作るべっこう飴だ。
飴が焦げ付かないように、俺は鍋に木製のスプーンを差し込み、ゆっくりとかきまぜる。
セシルとグラ、フィアがそんな俺を取り囲み、鍋の中のべっこう飴をキラキラした瞳で見つめている。
「これがべっこう飴なんですね。香ばしくておいしそうです」
セシルがうっとりとした表情を浮かべた。
「飴なんて専門の職人じゃないと作れないと思っていたが、案外と簡単なんだな」
グラがごくりとつばを飲み込む。
「できあがりが楽しみですの」
フィアが満面の笑みで尻尾を揺らした。
なぜ俺がべっこう飴なんぞを作っているのかというと、武器・防具ギルドが「金貨の代わりに、せめて物資を納めたい」と大量の砂糖と塩、そして瓶ビールを持ってきてくれたのが発端だ。
それらはどれも森の中では手に入らない貴重な物資だったので、遠慮せずに受け取ることにした。
そして、砂糖を見た女子3人の「なにか甘い物が食べたい」というリクエストに応えるかたちで俺がべっこう飴をつくることになったのだ。
ちなみに、べっこう飴は俺が小さい頃におばあちゃんがよく作ってくれたので、作り方は知っていた。
「もういいかな。この水あめ状のべっこう飴に棒を入れ、適度な大きさに絡め取ってくれ」
俺はそう言いながら、竹ぐしの様に細く削った木の棒を3人に一本ずつ渡してやる。
「わあ、楽しそうですね」
「うまくできるかな」
「落ち着いてやれば大丈夫ですの」
3人はキャイキャイしながら棒を鍋に入れ、ドロドロとしたべっこう飴を絡め取る。
うん、とてもほほ笑ましい。
「木の棒で取った後は、本来は常温で冷めるのを待つんだが、グラが冷気の魔法で飴を冷やせばすぐに食べられるぞ」
俺のひと言にセシルとフィアの視線がグラに集まる。
おねだりの顔だ。
「しょうがないなあ。もう、魔法を菓子作りに使うなんて、本当はダメなんだからね!」
相変わらずのベタベタのツンデレを披露したグラが魔法を詠唱し、べっこう飴に冷気を当てた。
途端にべっこう飴は固まり、窓から差し込む日の光を受け、黄金のように輝き出す。
「「いただきまーす」」
「いただきますですの」
3人がべっこう飴を頰張ろうとした瞬間、ダクトテープで作った玄関の戸がドン、ドンと激しく鳴った。
「誰か来たようですの」
慌てて玄関に向かおうとするフィアを俺は手で制す。
「俺が行くよ。せっかくべっこう飴が完成したところなんだ、ゆっくり食べていてくれ」
「でも、お客様を出迎えるのも家政婦の仕事ですの」
「いや、いいんだ」
「でも……」
――ドン、ドン。
急かすように再び鳴る玄関の音にフィアが驚いて耳を伏せた。
「やっぱり俺が行くよ」
俺はフィアを台所に残し、玄関まで歩き、その扉に手をかける。
――ドン、ドン。
また荒荒しげに玄関が鳴った。
客は相当にせっかちなようだ。
いったい、誰だろう?
いつも丁寧な対応のサロメやギルドのおっさんたちではなさそうだ。
オーギュスト侯かハンゾが急用でやってきたのだろうか?
いや、もしかしたら、グラの命を狙う刺客かもしれない。
真っ昼間に正面から訪ねてくる刺客なんて聞いたことはないが、用心に越したことはない。
ダクトテープの扉が俺の手の動きに合わせてゆっくりと外側に開いていく。
「あれ? 君は誰だ?」
扉の向こう側に立っていたのは、俺の懸念とはかけ離れた人物だった。
小さな女の子だ。
黄金のように輝く金髪ロング、パッチリとした二重まぶたの奥にも金色の瞳がまたたいている。
そして、その全身の輝くような出で立ちとは真逆な真っ黒なワンピース。
陰と陽を兼ね備えたその姿は神々しくさえある。
「お前が勇者か?」
両手を腰に当てた少女が横柄そうに言い放った。
街に住む少女が、勇者が森にいるという噂を聞き付け、探検にでも来たのだろうか。
俺はその場にしゃがみ込んで、少女の視線に自分の視線を合わせてやる。
「そういう人もいるけどね。でも、俺は勇者じゃないんだ。ただの人だよ」
「ほう。勇者として召喚され、その素質がありながら、忌避するのか」
忌避って……最近の子どもは難しい言葉を知っているんだなあ。
「忌避というか遠慮かな。俺が勇者をやらない方が平和の望みがあるんだそうだ」
「ふん、物は言いようだな。要は、お前が臆病者ということじゃ」
ぐっ、胸に突き刺さるひと言だ。
ときとして純粋無垢で無遠慮な子どもは大人の真実を言い当てるという。
――お前は臆病者だ。
魔王軍との戦いに苦しんでいる人たちからそう糾弾されている気分になってきた。
これでは、まるで裸の王様だ。
へこむなあ。
俺は少女に何も言い返せず、その場でうなだれてしまう。
少女はそんな俺の髪の毛をグイッとつかむと、強引に俺の顔を上げさせた。
その行為に俺は少々驚くが、なぜか怒りや反発の気持ちは湧き上がってこない。
もしろ、ぞんざいに扱われても当然なように思えてしまう。
「まあよい。余は人間や魔族がどうなろうと興味はない。して、セシルがこの場にいるという報告があったが、確かにいるのか?」
「セシル? 君はセシルに用があるのか?」
「そうじゃ。いるのなら、さっさと呼べ」
少女はぞんざいな様子で俺の髪から手を離すと、あごを使って俺に命令した。
まったく、最近の子どもは大人への礼儀がなってないなあ……。
「おーい、セシル。お客さんだぞ」
立ち上がった俺がそう呼ばわると、セシルが「はーい」と元気いっぱいの声を上げて台所から出てきた。
口にべっこう飴をくわえ、頬が満足そうに緩んでる。
「わはしにお客はんって、いっはいたれ……」
満面の笑みののセシルの顔つきが、金髪幼女の姿を見た途端に凍りついた。
そして、ワナワナと震える手でべっこう飴を口から出すと、そのまま目の前の少女に飴を突きつけた。
「な、なぜ、あなたが、ここに……」
「ふん、あれだけ派手に火竜を退治しておいて、余の耳に入らぬとでも思ったのか。アホウめ。それと、そのけったいな物で余をさすのはやめろ」
「あっ、ごめんなさい……」
セシルが慌てて手を下ろし、べっこう飴の棒を後ろに回した。
セシル相手にも偉そうな少女と、それを甘んじて受け、むしろ恐れているようにも見える人間最強の剣士。
なんとも奇妙な光景だ。
「セシルはこの子と知り合いなのか?」
「知り合いといいますか……」
俺の質問に対し、セシルは困ったように小首をかしげた。
一方の金髪幼女は大げさにため息をついてみせた。
「勇者よ、余とセシルの関係はそんなかわいいものではない。盗っ人と被害者の関係じゃ」
「へえ……いったい君はセシルから何を盗ったんだい?」
「アホウが、余が人の子から物など盗むか! 盗ったのはセシルじゃ」
「あははは、下手な冗談だなあ。セシルが盗みなんて、しかも、子どもから物を盗ったりするもんか。なあ、セシル」
俺が笑顔でセシルを見つめると、セシルは「えーとですね……」と言いいながらばつが悪そうに顔を背けた。
「あれ!? まさか本当に……」
「盗ったわけではないのです! リョウ様を召喚するのに必要なアイテムだったので、ちょっとお借りしただけです!」
俺のジト目にセシルが懸命に手を振って弁明した。
「アイテム? 俺を召喚するための?」
「そうです。異世界から勇者様を召喚するために必要とされた秘宝の一つ『竜王の涙』です……」
うなだれてモジモジとするセシルに向かって、金髪幼女が少し苛立たしげに声を上げた。
「アホウのセシルめ。余のダンジョンに黙って侵入し、まんまと秘宝をかっさらっていくとは」
「貸してくださいと言っても、聞いてもらえないかなあと思って……」
「そのとおりじゃアホウ。我が竜王家の家宝を、人間ごときの事情で貸し出すものか。じゃが、余を出し抜いたその度胸と腕前は認めてやろう。しかも、お前の亡き父には大きな貸しがあるからな。今回の事は大目に見てやる。ただし、この場で竜王の涙を返してもらうぞ」
我が竜王家……?
なによりも、この偉そうな態度……。
「もしかして、君が竜王なの?」
俺の驚きの声に少女があきれた様子で顔を向けた。
「アホウめ。今さら気付いたのか。勇者のくせに鈍いの。出会った途端に、余の溢れんばかりの神々しさに気付け」
うーん、自分のことを神々しいとか言っちゃうなんて、なんか竜王っぽい。
セシルの恐縮した態度をみても、この少女が竜王というのは本当のようだ。
「余は365代目竜王ことエルドーラじゃ。知らばひれ伏せ、そして讃えよ」
エルドーラと名乗った竜王幼女が偉そうに腰に手を当て、胸を張った。
なるほど、見た目では判断できないが、とても偉い人だということはわかった。
しかし、幼女にひれ伏したくはないなあ。
あいにくと、俺にはそんな趣味はない。
「なんじゃ、恐れおののいてひれ伏さんのか。その度胸は褒めてやろう。さすがは光の神の代理者じゃな。少し見直したぞ」
エルドーラはそう言うと頬を緩めた。
なんだ、笑うとかわいいじゃないか。
「さあ、セシル、すぐに竜王の涙を返せ」
エルドーラは再び険しい顔つきに戻ると、右手をグイッとセシルに突き出した。
「あっ、はい。すぐに取ってきますね!」
セシルは慌てて回れ右をすると、2階の自室に向かって駆けていった。




