Duct28 ダクトテープと搬出作業
今日は昼前に、街から武器・防具屋ギルドのおっさんたちが大勢やってきた。
先日にサロメとタヌキさんたちが解体したドラゴンの牙や革を買い取りに来たのだ。
おっさんたちはドラゴンの部位を手に取っては口々に感嘆の声を上げつつ、せっせと荷車に革や牙を積み込んでいく。
セシルとフィア、タヌキさんたちもおっさんたちの手伝いに汗を流している。
でも、ドラゴンの部位は形がいびつなようで、縄を使っても積み重ねるのに苦労している様子だ。
一方のグラは、そんなセシルたちの様子を森の木陰から眺めているのみで、手伝おうとはしない。
そして、そんなグラの隣にいる俺も手伝ってはいない。
今朝はずっとグラのそばから離れていないのだ。
ていうか、グラが粛清される可能性を聞かされた昨日の早朝から、寝ているとき以外はずっと隣にいる。
そんな俺に向かってグラが心底うんざりした様子で口を開いた。
「なあ、リョウ」
「なに?」
「いい加減、うざいんですけど」
「いや、だって、いつ刺客が来るかわからないだろ? いざという時に俺がすぐに対応できるようにそばにいないと」
「刺客なんてこないって。もし来たとしても、魔法で返り討ちにするさ」
「うーん、でも、やっぱ心配だな」
「心配無用。もう、離れろって! セシルたちの手伝いをしてこいって!」
グラが俺の顔に手を押し付け、グイッと向こう側に追いやろうとする。
しかし、俺はそこに踏ん張って動かない。
「離れろ!」
「嫌だ!」
俺とグリが押したり引いたりを繰り返しているところに、サロメがニコニコしながら近づいて来た。
「二人とも仲良しですね。勇者様と魔族の女の子がこんなに仲がいいんですから、戦争もきっと平和的に終えられますね」
そう言って、サロメは俺たちの様子を嬉しそうに見つめた。
「別に私はリョウと仲良しなんかじゃないぞ。私は勇者の監視役で、本当は敵なんだ」
グラはそう言うと、ばつが悪そうに俺の顔から手を離した。
すると、サロメはそのグラの手をそっと取って、花咲くような笑顔を浮かべた。
「グラスネージャは敵なんかじゃなくて、本当は優しい人だって私は知ってるよ。ドラゴンを解体した夜にこの家に泊めてもらって、グラスネージャとセシル、フィアと4人で明け方までおしゃべりして、私わかったもの」
サロメがグラを握る手に力を入れたのがわかった。
「私、魔族の女の子と接するのは初めてで、最初はドキドキした。だけど、いろいろなお話をして、魔族だって私たち人間と変わらないってわかったの。だから、たくさんの人間も魔族も傷ついているこの戦争を早く終わらせなきゃって、思えた」
サロメはグラの深緑の瞳をジッと見つめた。
途端にグラの顔が真っ赤に染まる。
「グラスネージャ、私と友達になってくれて、ありがとう」
「友達!?」
「うん、友達。いいよね」
「も、もちろん!」
「わあ、よかった!」
サロメはグラの手を両手で持つと、嬉しそうにブンブンと上下に振った。
「ともだち……エヘヘヘッ」
口端を上げ、悦ばしげなグラ。
俺は、その耳元にそっと口を近づける。
「よかったな。これでチャームの魔法なんて使う必要がなくなったな」
「チャーム?」
サロメが俺の言葉に小首をかしげた。
チャームの魔法にかかっていた間のことは記憶に残らないらしく、サロメはグラに魔法をかけられたことを全く覚えていない。
「わあ! な、なんでもない、なんでもないって! と、ところで、サロメもドラゴンの皮で防具を作るのかい?」
グラが慌てた様子で話題をそらした。
「うん。なにせ100年に一度手に入るかどうかの最高の素材だらかね。腕が鳴るよ。ギルドのみんなも同じ気持ちだよ」
サロメは後ろを振り返ると、ギルドのおっさんたちの様子を笑顔で眺めた。
ドラゴンの部位の積み込み作業は休憩中のようで、おっさんたちはタヌキさんたちから冷水の入ったコップを受け取っている。
おっさんたちの顔は良き仕事に巡り合えた充実感に満ちている。
サロメは自分がドラゴンの素材を扱うことよりも、仲間のおっさんたちが喜んでいることの方が嬉しいようだ。
うん、まさしくオッサンからの愛されキャラだな。
しかし、俺の方に向き直ったサロメは、そのいつもの明るい顔に困ったように眉根を寄せていた。
そして、おっさんの一人に声をかけ、ひと抱えもある革袋を持ってこさせた。
「あの勇者様……ドラゴンの部位を買い取る金額なんですが。私たちのような地方都市のギルドで集められる金貨はこれで限界だったんです。相場よりも少し足りないんですが……」
そう言ってサロメが差し出した革袋には、大量の金貨がみっちりと入っていた。
「こんな金額なのか!?」
「本当にごめんなさい」
サロメが深々と頭を下げた。
「いや、頭を上げてくれ。俺は金貨が足りないと言ってるんじゃなくて、あまりの金貨の多さにびっくりしているんだ」
「えっ!? じゃあ、この金額で売ってくださるのですか?」
顔を上げたサロメの表情が再び華やぐ。
「ああ、貰いすぎなぐらいだ……」
大冒険と激闘のすえに打ち倒したドラゴンならばまだしも、勝手に向こうからやってきて、セシルとグラに瞬殺されたドラゴンをこんな高値で売っていいものだろうか。
きっと、この金貨1枚1枚もギルドのおっさんたちが必死に稼いだ物なんだろうし……。
確かにドラゴンの部位を売ってお金を稼ごうとは思っていたが、予想より大金を持ってこられたので良心が揺らぎ始めた。
そして、商売の取り引きにおいて、対価としての金額が多すぎると考えている自分に驚く。
営業ノルマに追われていた社畜時代には考えられないことだ。
異世界に来てのんびりとした生活を送るうちに、俺も少しずつ変わってきているようだ。
いや、元に戻ってきたというべきか。
「そうだぞリョウ。貰いすぎだ。サロメに金貨を返してやれ」
グラが俺の背中に覆い被さるようにして手を伸ばすと、金貨の入った袋を取り上げた。
そして、革袋をそのままサロメの腕へと押し返した。
グラは俺の首に両腕を絡ませたまま耳元に冷たい息を吹きかけてくる。
「ドラゴンの骸を金に換えると、後でケチがつくぞ」
先日の料理の一件で学んだが、こういうときのグラの警告はしっかりと聞いておいた方がいい。
「ケチがつくって、どういう意味だ?」
「竜族は気位が高いんだ。戦って負けた同族の骸が勝者に食われるのは敗者の摂理として我慢できても、金儲けに利用されることはこころよく思っていない」
「気位ね……竜族っていうのは、グラの氷女族よりも高貴な存在なのか?」
「あいつらは魔族じゃない。巨人族と同様に神に近しい存在だ。だから、竜族と巨人族は光の神、闇の神のどちらの神も崇めない。よって今回の戦争にも参加していない」
「ふーん。じゃあ、あの炎のドラゴンも神様に近い存在だったのか。それにしては、セシルとグラに瞬殺される弱さだったな」
俺はグラの腕をゆっくりと振りほどき、庭に残されたドラゴンの骨格を見つめた。
「あいつはかなり弱っていたよ。ドラゴンの胸の深い傷を見ただろう? あれは竜族の罪人に刻まれる刻印だ。おおかた、竜王に歯向かって、逆に痛めつけられて逃げだし、身を隠す場所としてこの森を選んだんだろう」
「つまり、あのドラゴンを討つために竜族の追っ手がこの森に来るかもしれないと。そのときに、罪人とはいえ同胞の骸を金貨に換えたと知られれば、追っ手の怒りを買う、というわけか」
「ご名答。さすが、物分かりがいいな」
グラは両手を広げ、大げさにおどけてみせた。
そうとわかれば、話は早い。
「ということで、この金貨は受け取れないよ、サロメ」
「えええ!? そんなわけにはいきません!」
「平穏はお金では買えない。これは、俺が前の世界で学んだ真髄だ。トラブルの元になるお金はいらない」
「で、でも、私たちギルドはドラゴンの部位を使って武器や防具を作り、それを売るんです。つまり、商売をするんです。だから、勇者様にこの金貨を受け取ってもらわないと、商いの道理が成り立ちません」
うーん、仁義と人情、昔かたぎの商売人だなあ。
そんな考えだと、利潤優先の外資が参入した途端に敗退しちゃうぞ。
「それじゃあ、この金貨は俺がギルドに預けるかたちにするよ。ギルドのみんなでこの金貨を元手に商売をして、その利益を基金として積み立ててくれ。そうやって儲けたお金は、街の人、いや、この世界に住む人たちのために使ってほしい」
「人のためにですか?」
「さっき、サロメは言ってたじゃないか、戦争でたくさんの人間も魔族も傷ついてるって。戦争で父親を失った子どもとか、戦傷を負った元兵士とか、そういう困っている人たちのために使ってくれ。魔族と人間の壁を越えてね」
俺は信頼の証しとして、サロメの肩をポンとたたいた。
サロメは驚いたように俺と金貨の入った革袋を交互に見つめ、しばらくすると目にいっぱいの涙を浮かべ始めた。
「こんなに素晴らしいお金の使い方を考える人がいるなんて感動しました。私、勇者様の期待に必ず応えてみせます。たくさんの人を助けます。そして、大陸中に勇者様の貴いお考えを広めます!」
サロメはさっきよりも深々と頭を下げると、涙を拭ってほほ笑んでから、ギルドの仲間たちの元に駆けていった。
「サロメを泣かせるとは、とんでもない奴だなお前は」
グラがそう言って大きく嘆息した。
しかし、その顔はどこか満足げだ。
「俺が元いた世界でも、似たような基金はあるんだよ。まさか、自分が関わるとは思っていなかったけどな。でも、これなら竜族ともトラブルにはならないだろ」
「すべては竜王が判断することだ。まあ、竜族がどういちゃもんをつけてこようとも、私とセシル、それとリョウがいれば、どんな敵にも負けないさ」
「魔族の刺客にもかい?」
「そういうこと。だから、そんなに心配するな。四六時中も隣に居てもらわなくても、私たち3人がそろっていれば無敵だ」
グラが俺の耳元にそっと口を寄せてそう話した。
こういう忠告は素直に聞くべきと学んでいるので、俺は少し安心する。
「よし、じゃあ、おっさんたちの手伝いをしてくるか。さっきから、荷が不安定なのが気になっていたんだ」
俺は笑顔を作ってからグラの元から離れると、腕まくりをして荷車に近づいた。
そして、スキルを発動してダクトテープを出現させ、うずたかく積まれた荷と荷車をダクトテープでしっかりと固定していった。
粘着力が高いダクトテープはどんな物にもしっかりと貼り付くので、縄でしばるよりも荷を安定させられるし、なおかつ簡単だ。
「おおっ、さすがは勇者様だ」
「奇跡の魔法だ」
おっさんたちの感嘆を背に受けながら、俺は先ほどのグラの言葉を頭の中で反復する。
――3人そろっていれば無敵だ。
それは、逆説的に言えば、3人そろっていなければ無敵ではない、という意味でもある。
やはり、3人そろっていることが大切なのだ。
そこにフィアとタヌキさんたちがいる。
それこそが愛すべき我が家なのだ。
社畜時代とは比べようがない平穏で楽しい日々。
俺は今、とても幸せなはずだ。
でも、なぜだろうか、胸の奥にトゲのように引っ掛かる不安がある。
――いつか、3人で一緒にいられなくなる日が来るかもしれない。
俺はわざと身震いをして、その不吉な思いを押さえ込む。
そして、笑顔で手を振るセシルとフィアに手を振り返してみせる。
それからは、漠然とした将来への不安を忘れるためにダクトテープを貼り付ける作業に没頭した。
それは、社畜時代の俺となんら変わりなかった。




