Duct27 ダクトテープとニンジャ
今日は早朝から1人で釣りに出かけた。
森の中を流れる川まで歩き、河原の大きな石に腰かけ、釣り竿を振る。
セシルとグラは家でまだ寝ているはずだ。
2人には悪いが、釣りに出かけることは黙って家に置いてきたのだ。
一方のフィアは、俺が1階で出発の準備をしている音に気付いて起きてきた。
そして、手際よく簡単な朝食を作って、ダクトテープの籠に入れてくれた。
うん、出来る子だなあ。
というわけで、俺は今、異世界に来てから初めて1人のゆっくりとした時間を過ごしてる。
仕事がないのに早起きなんて、社畜時代の俺には信じられないことだが、たまには1人の時間を過ごしてみようと思って今朝は頑張ったのだ。
緩やかに流れる水面、鳥のさえずり、朝の新鮮な空気、どれもが俺だけのものように感じる。
「やっぱり、1人もいいものだな」
ちなみに、釣り糸の先からは、さっきからなんの反応もない。
釣り糸を手元に戻し、疑似餌が喰い取られていないか確認してみる。
釣り針の根元には、灰色の毛虫もどきがちゃんと付いていた。
この疑似餌は、俺がダクトテープで自作した物だ。
うーん、やっぱり無理があったかな。
いや、ダクトテープは万能だ。きっと釣れる。
再び、水面に釣り糸を垂れるべく、釣り竿を後ろに傾け、振り上げる。
が、途中で釣り竿が急に持ち上がらなくなった。
釣り針が何かにひっかかったようだ。
「しまった」
後ろを振り返ると、釣り針は茂みの中にスッポリと入ってしまっている。
釣り針が枝に引っ掛かったのかな……。
しかし、釣り針を外しに行くのも面倒くさいな……。
「てい、勢いで外れろ!」
俺は渾身の力を込めて釣り竿を振り上げた。
すると、まぶたに釣り針をぶっ刺した男が「痛いでござる!!」と叫びながら茂みから飛び出してきた。
「ござる!? なんか変なのが釣れたよ!」
ござると言った男は黒装束を着込み、黒い布で頭を覆っている。
なんか、忍者っぽい!
その忍者は俺の猜疑心に満ちた視線に気付くと、無言で釣り針をまぶたから引き抜き、俺に向かってひざまずいた。
「拙者の存在に気付くとは、さすがは勇者様です。感服いたしました」
そう言って頭を垂れる忍者さん。
いや、違うんです。偶然です。
「えーと、どちら様でしょうか」
「拙者、オーギュスト侯より伝達役を仰せ付かっているニンジャのハンゾと申しまする」
「半蔵ではなくハンゾ? 偶然の一致? それとも知ってた?」
「はて、なんのことか。拙者はハンゾでござる」
「ござるとか拙者っていう言葉使いは、あれかな、キャラを寄せてきた?」
「はて、なんのことか。これは拙者の故郷の方言でござる。お聞き苦しいようでしたら、標準語で話しまする」
「いや、そのままで行こう。ニンジャだし」
「御意」
ハンゾは再び頭を垂れた。
「それで、ニンジャがなんの用?」
「はっ、お耳に入れたいことがあり、はせ参じました」
ああ、入手した情報の伝達ね。
オーギュスト侯の子飼いの兵300人は、ニンジャとしてダクトテープを売る商人に変装して大陸中に散らばり諸侯や魔族の動向を調べているのだ。
「情報は機密事項ゆえ、勇者様が1人になる機会をうかがっておりました。しかし、中々お一人にならぬので、もうこれは、今晩にも寝所に忍び込むしかないと覚悟していたところでござった」
そこでなぜか恥ずかしそうにそっぽを向くハンゾ。
異世界はこんな人ばっかだな。
今朝は早起きして本当に良かったよ!
これは早く目的を果たしてもらい、早々にお帰り願おう。
「それで、その機密事項の内容は?」
「はっ、魔族の穏健派についてでござる」
魔族の穏健派……。
ということは、グラの仲間についての情報か。
「穏健派の中心人物であった副魔王が急死しました。これを受け、予定されていた和平交渉のための極秘会談は中止に。人間軍内でも魔王軍内でも主戦派が勢いを盛り返しています」
「喜ばしくないな。しかし、会談前のタイミングで急死とは、きな臭い」
「はっ、お察しの通りでございまする。副魔王の死因については、毒殺もしくは魔王が直接手を下したとの情報がありまする」
暗殺もしくは粛清か……。
どっちも好きじゃないな。
「人間と魔族の戦争は膠着状態と聞いているけど、今回の騒動を機に大きな戦いが起きる可能性は?」
「少のうございます。両軍とも兵力、兵站ともに困窮しております。また、両軍の主力になり得るエルフ族とダークエルフ族には厭戦気分が広がっておりますので、すぐには大戦にはならぬかと」
「そうか……少し安心したよ」
「しかし、ご忠告したいことがございます」
ハンゾの声が急に沈んだ。
「グラスネージャ殿についてでございます。魔族の中では、副魔王の死を機に穏健派の粛清が始まっておりまする。この地は魔王城から遠い大陸のはずれではございますが、念のためご注意を」
ふむ、貴重な情報をもらった。
グラの身に危険が迫るかもしれないのか。
その可能性を知らないのと、知っているのとでは大違いだ。
オーギュスト侯にダクトテープを売って、ニンジャを組織化して本当によかった。
「ハンゾ、ありがとう。今日一番の有益な情報だったよ。オーギュスト侯と仲間たちにもよろしく伝えてくれ」
「はっ、ありがたきお言葉」
うん、時代劇っぽくてかっこいい。
ここで、ハンゾが「では、失礼つかまつる」とか言って煙とともにドロンと消えれば完璧だ。
……しかし、ハンゾはいっこうに姿を消す素振りを見せない。
「うん? どうしたの? もう報告は聞いたよ」
「そ、それがし、勇者様にお願いがござる!」
ハンゾはそう言うと、俺に向かって堂々たる土下座をした。
あまりの勢いに、ハンゾの尻が高々と上がる。
おい、尻は強調しなくていいんだ。
下げろ、もっと下げろ、よしそれぐらいで丁度いい。
「勇者様、どうか拙者にダクトテープの秘技を教えてくだされ」
「秘技?」
「はっ、我らニンジャ300人、ダクトテープの使い方に日々悩んでおりまする。せっかく奇跡のテープを取り扱っておりますのに、商売以外では有効に使えていない気がしてならぬのです」
「商売以外には、普段はどう使っているの?」
「拘束、拉致、拷問でござる」
「聞かなきゃよかったよ……でも、それでもう十分だろ!?」
「いや、もっとこうダクトテープならではの、かっこいい秘技があるような気がしてならぬのです」
かっこいい使い方ね……。
しかも、ニンジャらしく……。
……あるわ。
「よし、ハンゾ。お前に忍術を教えてやろう」
「忍術とは?」
「ニンジャにしか使えない魔法のようなものだ」
「おおっ、かっこいいでござる」
「しかし、忍術を習得するには厳しい修行が必要だ」
「覚悟しておりまする!!」
俺はスキルを発動させると、空中で次々とダクトテープを貼り合わせ、編み込み、底が円形に大きく広がったブーツを出現させた。
「これを履くと水の上を歩けるのだ。これを水蜘蛛の術という」
「な、なんと!」
俺は思い付くままにダクトテープで他の忍び道具を作る。
「等身大のダクトテープの人形はどうだ。戦闘時や退却時に敵を惑わすのに使える。身代わりの術だ!」
「ぐはっ、か、かっこいい!」
「次はこの大きなダクトテープの布だ。こいつを広げれば、空を飛べる。ムササビの術だ!」
「エクセレント!」
「ただし、厳しい修行をして、実際に使えるようになるまでは実戦で使っちゃ駄目だぞ。特にムササビの術はな」
感動に打ちひしがれるハンゾに向い、優しく諭す。
そして、ダクトテープのブーツと布、人形をさずけてあげた。
「理論上はすべての忍術が可能とされている。まあ、頑張って試してみてくれ」
「はっ、はああああ。ありがたき幸せでござる。今後、我ら勇者様をニンジャマスターとお呼びいたしまする」
ハンゾはひざまずきながら、ダクトテープの忍び道具をうやうやしく両手で受け取る。
そして、恐縮して頭を下げすぎたので、代わりに尻がどんどんと上がっていった。
いや、だから、尻は強調せんでいい!
下げろ、もっと下げろ、そう、それぐらいでいい。




