Duct26 ダクトテープでピクニック2
「いい景色だな」
小高い丘のてっぺんに登った俺は、眼下に広がる景色の美しさに息をのんだ。
森の緑が広がる遠く向こう側に、オーギュスト侯が治める街が小さく見える。
視線を近くに寄せると、俺たちが暮らす家の屋根が緑の絨毯からヒョッコリと頭をのぞかせていた。
さらに視線を上へ上へと向けると、そこには雲一つない青空とうららかな日差し。
「まったくもってのピクニック日和だ」
ウキウキ感が止まらないので「丘を越え行こうよ~」と童謡ピクニックを口ずさむ。
1番を歌い終えると、周囲から大きな拍手が巻き起こった。
「リョウ様、素敵なメロディーですね」
「動物の鳴き声を歌に組み込むとか、センスありすぎだろ」
「聞いていると、とっても楽しい気持ちになりましたの」
セシルとグラ、そしてフィアからの称賛を一身に受ける俺。
会社の2次会カラオケではアニソンを歌ってドン引きされたのに、君たちは優しいんだね。
よし、これからは、どんどん元いた世界の歌を歌ってあげよう。
ただし、版権が切れた歌だけな。JA○RA○がうるさいからな。
しかし、今日は歌いにきたわけではない、ピクニックの目的は昼飯だ。
森を歩き、丘を登って運動した甲斐もあり、もうお腹はペコペコなのだ。
俺たちは木陰にダクトテープで作った布を広げ、思い思いの場所に座り込んだ。
「さあ、どうぞ、召し上がれ」
セシルが満面の笑みで両手を広げた。
そこには、ダクトテープの籠から取り分けられて小皿に載ったサンドイッチがある。
具は卵、肉、葉野菜、チーズとバラエティーに富み、どれもおいしそうだ。
「では、いっただきまーす」
「いただきますですの」
俺とフィアが同時にサンドイッチに食らいついた。
そして、一口ですべてがわかった。
まっずうううううううううううう!!!!!!
しょっぱいとか辛いとか、甘いとかそういう次元じゃねえ!!
口に含んだ途端に全身の細胞に走る拒絶反応!
五感のすべてがまずい、すぐに吐き出せと訴えてくる!
「どうですか? おいしいですか?」
しかし、セシルは聖女のような清らかな瞳で俺を見つめてくる。
そういえば、出発前に「リョウ様に食べてもらうのが楽しみです」なんてこと言ってたな!
これは、吐き出せねー!!
でも、吐き出してー!!
俺はなんとか吐き出すのを我慢し、横目でフィアの様子を見る。
そこには、全身全霊でげっそりとしたフィアがいた。
獣耳が力なくたれ、尻尾の毛の1本1本がしおれている。
やだ、魂が天に召される一歩手前みたいだよ!!
「……っぐぅ……お、お嬢様……たいへん、おいしいですのっ……のっのぉ」
それでも、フィアはサンドイッチをのみ込むと、力なく口の端を上げて笑ってみせた。
おおっ、家政婦魂ここにあり。偉いぞ、フィア!
でも、君がおいしいとか言っちゃうから、俺もおいしいって言わざるを得ない感じに追い込まれたよ!
「良かった。それで、リョウ様はいかがでしたか?」
セシルが天使のほほ笑みを浮かべている。
汚せない、この笑顔を汚すことなんかできない。
俺は気合いで全神経を押さえ込み、なんとかサンドイッチをのみ込む。
おおおおおお、食道を通っていく異物に対して、すべての内臓がSOSを叫んでいる!!
そ、それでも、俺は言わなければならない。
「お、おいしいよ……」
俺は営業スマイルを全開にする。
悲しいかな、社畜ならば誰しもが、心ここにあらずとも笑顔を浮かべることができるのだ。
「わあ、とっても嬉しいです! さあ、もっと召し上がれ」
セシルが大天使のごとき完璧な笑みでサンドイッチを差し出してきた。
こ、これ以上食べるわけにはいかない!!
食べると俺、死ぬる。
「いやー、おいしかったけど、もうお腹がいっぱいだな。フィア、もっと食べなさい」
「このサンドイッチはセシルお嬢様がご主人様のために作ったですの」
「かまわずに、フィアが食べなさい」
「ご主人様どうぞですの」
引きつった笑顔の俺とフィアの間で、サンドイッチを載せた小皿が行ったり来たりする。
「もう、2人とも遠慮しちゃって。まだまだ、たくさんあるから大丈夫ですよ」
セシル神がサンドイッチをもう一つ追加して、皿に載せた。
「はい、これで、1人1個ずつです」
幸せそうな笑みのセシルの一方で、一気に血の気が失せる俺とフィア。
くっそ、なにか打開策はないのか?
「ああっ!! そう言えば、まだ食べていない人がいます。次はあの人が食べるべきだと思います!」
俺はグラを指差し、思いっ切りそう叫んだ。
しかし、グラは自分のポシェットからおもむろにビスケットを取り出すと、リスみたいにかじり始めた。
そして、平然とこう言ってのけた。
「えー、セシルの料理を食べるなんて嫌だよ。お前ら、あんなクソまずい物をよく食べられるな」
おまっ、直球!!
優しさのオブラートはどこ!?
ていうか、グラはセシルの料理下手を知っていたのか!?
なるほど、それで出発前に「どうなっても知らないぞ」と警告したわけか!
真実を語るのがおせーよ!
自分だけビスケット持ってきて助かってんじゃねーよ!
「もうっ、グラスネージャは小さい頃からわたしの料理を食べないんですから。でも、まずいだなんて嘘はいけません。だって、お父様もお母様も、それに、リョウ様とフィアさんもおいしいって言ってくれましたもの」
「セシルの父上も母上もいい人を通り越して、罪深いんだ」
「……よく、意味がわかりませんが……」
俺にはグラの言葉の真意がわかった。
セシルのオトンとオカンも、娘の料理のまずさに驚きおののいたのだろう。
ピクニックを1度しか行わなかった理由がそこにある。
でもな、ご両親!! しっかり娘に伝えとけよ!
お前の料理は宇宙破壊レベルだってなああああ!
「もう、いいですよーだ。グラスネージャが食べなくても、リョウ様に食べてもらいますから」
ふくれっ面のセシルがサンドイッチをつかむと、「はい、あーんですよ」と言って俺の口元に悪魔の権化を運んできた。
「わあああああああ!!ムグッ」
恐怖にかられた俺は思わず自分の口にダクトテープを貼り付け、サンドイッチを物理的に拒んでしまう。
「あれ、リョウ様? なんの冗談ですか?」
「ムグググ」
「ダクトテープを取ってください。ほら、あーんですよ」
「ムグググ」
「あーんです、ほら、あーんですってば」
「ムグググ」
「あーんだって、言ってんだろがあああああ!!!!」
セシルの右手が空を切り、俺の口元のダクトテープを一気に剝ぎ取った。
「ぎゃああああ!」
焼けるような痛みにのたうち回る俺。
そして、セシルは呆けた顔で、自分の右手にあるダクトテープと「痛い、痛い!!」と騒ぐ俺を交互に見つめている。
「……わたし、どうしたのかしら? リョウ様の叫び声と苦痛に歪む顔を見ていると、胸の奥からえも言われぬ感覚が押し寄せ、体中に満ちていきます……こ、これが、か、い、か、ん?」
あかん、セシルはんのヘブンズドアが開きかかっている!
Sなんだね。なんとなくわかっていたけど、本性はドSなんだね。
だが、その性癖を開花させるわけにはいかない。
もう、これ以上の変態キャラは我が家には必要ないんだ!
――ダクトテープを……。
神様うっさい!!
でも、思い付いた。
ようは、Sの快感を忘れさせればいいのだ!
「ショック療法!」
俺はサンドイッチをわしづかみにすると、「どりゃああああ」とセシルの口にぶち込んだ。
「っぐえ」
セシルが目を白黒させ、サンドイッチを吐き出そうとする。
「させるか!」
すかさず、セシルの口にダクトテープを貼り付ける。
――ごっくん。
サンドイッチを一飲みにしたセシルは「くぇ」と鼻から小さな息を漏らすと、その場に卒倒した。
「すまない。だが、こうするしか方法がなかったんだ」
俺はセシルの体をズリズリと引きずって木の根元まで運び、その場にダクトテープの布を広げ、寝かせてあげた。
ダクトテープを口から引き剥がしても、セシルは穏やかに眠っている。夕方になれば起きるだろう。
セシルを置いてグラとフィアの元に戻ると、グラが「ほい、お疲れさん」と言ってビスケットを差し出してきた。
俺とグラ、フィアはビスケットをかじりながら、お日様の下でいろいろな話をした。
お互いの好きな歌とか料理とか、そういうたわいもない話題。
でも、それが、とっても楽しい。
ぽかぽか陽気も相まって、俺たちの幸せな時間が過ぎていく。
セシルが元いた場所には、代わりに熊のぬいぐるみを置いておいた。




