Duct17 ダクトテープでゲットだぜ1
ダクトテープの網を森に仕掛けた翌朝、俺たちはさっそく罠の様子を見に行った。
すると、獣道のど真ん中に堂々と仕掛けた網に、大きな動物が掛かっていた。
かなり網の中でもがいたのだろうか、ダクトテープを体や顔に貼り付かせ、身動きがとれないでいた。
「……肉」
その動物の姿を見た途端、グラがジュルリと口を拭った。
その目は血走っている。
肉を絶ってから5日目、もはや我慢ならないようだ。
「さばきましょう」
セシルが腰の剣に手をかけた。
にこやかないつもの笑顔を浮かべているが、その瞳に負のオーラを感じる。
ああ、これが肉の禁断症状なのだろうか……。
たった5日でこの状態とは、2人ともよほど肉のない食事がこたえていたようだ。
鬼気迫る2人の様子を見聞きした動物は、突如として激しく震えだした。
そして、「んっ、んっ、ん――」と嗚咽のような鳴き声をもらし始めた。
ダクトテープで口を封じられていて声は出せないが、命の危機を感じているようだ。
そんな動物に1歩1歩、狂気の表情のセシルとグラが近づいていく。
もちろん、殺生をしないと肉が食べられないことはわかっているし、殺生はダメなどときれいごとを言うつもりもない。
ただ、気がかりなことがある。
「あの……1つ確認したいんだけど」
俺は遠慮がちに2人に声をかけた。
2人は歩みを止めると、「「あん?」」と同時にぶっきらぼうに言い放ち、険しい目で俺を見つめた。
普通に、こわいんですが……。
しかし、これだけは、確認しておかなければ。
「あのさ……この動物は本当に食べられるのかな?」
「これはタヌキです」とセシルが目を細めた。
「タヌキ汁は美味だ」とグラが口角を上げた。
だから、2人とも瞳が笑っていないから怖いんですけど……。
しかし、そうか、網にかかっているこの動物のことを、この世界ではタヌキと呼ぶんだな。
なるほど、確かに半月状の丸く茶色い耳、竹ぼうきの先のようなフサフサとした太い尻尾と、俺の知っているタヌキと似ている。
タヌキって日本では食用ではなかったけどな……。
まあ、でも、2人の様子をみる限りでは、この世界ではタヌキは食べるんだろう。
「……肉」
「さばきましょう」
グラとセシルが生気のない瞳をタヌキに向ける。
タヌキの「んっ、んっ、んんん――!!」という嗚咽がさらに激しくなる。
「……肉」
「さばきましょう」
セシルが音もなく剣を抜いた。
その刃先が日の光を受けて、ギラリと光る。
その刃を見た途端、タヌキの下半身から湯気が立ちこめ始めた。
恐怖のあまり、おしっこをもらしてしまったようだ。
「……肉」
「さばきましょう」
セシルが剣を振り上げ……って、ちょっと待ったたあああああ!!
慌ててタヌキと2人の間に割って入った。
「セシルもグラも落ち着いてくれ!! どう見ても、このタヌキは食べられないだろう?」
「これはタヌキです」
「タヌキ汁は美味だ」
2人は機械仕掛けの人形のように、無表情で先ほどと同じ言葉を繰り返す。
「いやいや、タヌキは、タヌキでも、俺の知っているタヌキとだいぶ違うよ!?」
「これはタヌキです」
「タヌキ汁は美味だ」
俺は2人に正気を取り戻してほしくて、2人の両肩を代わりばんこに激しく振る。
その度に、生気を無くした2つの顔が無表情のままカタカタと揺れる。
「2人ともよく聞いてくれ! これはタヌキじゃない!!」
そうだ、何を言っているのかわからねーと思うだろうが、このタヌキは、タヌキであってタヌキではない。
だって、丸い耳の下には毛皮ではなく、美しい黒髪が生えている。
尻尾は生えているけれども、生え際はやはり毛皮ではなく、ミニのプリーツスカートだ。
そのスカートからはスラリとした肌の足が2本生えている。
つまり、俺の知識の範囲内では、このタヌキは獣人です。タヌキ娘だ。
タヌキ耳とタヌキ尻尾を生やした、少したれ目のショートボブのかわいい女の子。
しかも、紺のプリーツスカートに、白い上着、襟に大きな赤いリボンをつけている。
俺の知識の範囲内ではセーラ服っぽい!!
「なあ、どう見ても、この子はタヌキじゃないだろ!? むしろ人だ! 目を覚ませ、なにがあっても人を食べちゃあダメだ。背後に光の輪が出ちゃうんだぞ!」
そう言いながら必死に2人を抱きしめると、「チッ」という舌打ちとともに2人が引き下がった。
くっ、こんな下卑た舌打ちをまた聞く羽目になるなんて。
本来は、こんなことをする子たちじゃあないのに……。
ひもじいってことは、飢えるっていうことは、人間にとって1番の苦しみなんだなあ。
2人に肉を食わせてやれない不甲斐なさに俺は自己嫌悪におちいる。
しかし、このタヌキの女の子は食べちゃあダメでしょお!!
俺は、タヌキの女の子にくっついたダクトテープを1枚1枚丁寧に取ってあげる。
「よし、これでいい。罠に掛けてすまなかったね。さあ、森にお帰り」
タヌキの女の子に手を貸し、立たせてやる。
思ったよりも身長が低く、人間とすれば10代半ばぐらいの容姿に見えた。
タヌキの女の子は、何度も何度も頭を下げながら、小走りで森の奥へと消えていった。
俺はその小さな後ろ姿に「もう罠にかかるなよ」と優しく声をかけててあげた。
「さあ、セシル、グラ、罠を張り直しだ。次こそは鳥とかシカとか食べられる獲物を捕るぞ!」
俺たちは再び森のいたるところに罠を張り、翌日を待った。




