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Duct16 ダクトテープで狩る

「肉が食べたい……」


 セシルとグリとの共同生活が始まって12日が経った朝食どきに、グラが切実そうにつぶやいた。

 

 食卓には、根野菜と豆、キノコのみで俺が作った煮物とチーズ、パンが並んでいるが、確かに肉はない。

 ちなみに、昨日の朝からほぼメニューの内容は変わっていない。


「質素だが健康的な食生活でよいじゃないか」


 俺はそう言ってほほ笑むが、グラは「肉食べたいなあ……」と言いながら食卓に突っ伏した。

 

 そりゃあ、俺だって肉を食べたい。

 しかし、ダクトテープとグラが魔法で出してくれる氷でつくったお手製冷蔵庫に保存していた肉の塊は、4日前にすべて食べ尽くしてしまった。


「もう肉が残っていないんだよ」 

「ないのなら、街に買いに行けばいいじゃないか。お金はあるんだろ?」

「あるけど、買い出しは嫌だ。めんどくさい」


 グラが恨めしそうに俺を見つめるが、諦めたのか再び机に突っ伏した。


 オーギュスト侯が大量のダクトテープを買い上げてくれたおかげで、まとまった額のお金は手に入れた。

 生活費には当面、困りそうにない。

 

 しかし、食材などを買うために街の市場まで出かけると、往復で丸1日かかってしまうのだ。

 はっきり言って、遠い。 


 しかも、3人分の食材はかなり重い。

 俺は、これまでに2度も買い出しにでかけ、その労苦にうんざりしてしまっていた。

 

 だから、できるだけ買い出しの回数を減らすためには、食事の内容を質素にし、もうパンしか残っていないよ~ってぐらいの限界ギリギリまで耐えるのだ。

 

 俺の中では、食欲よりも、買い物めんどくさい感の方が強い。


「食事を充実させたいのなら、セシルとグラで買い出しに行ってくれ。俺は家にいる」


 そう促すと、グラが「監視の仕事をサボるわけにはいかんのだ」とぶうたれた。


「困りましたわね。わたしもリョウ様のお側から離れるわけにもいきませんし……」


 セシルがさも深刻そうに眉根を寄せた。


 いや、離れてもいいじゃん、監視だって24時間態勢は必要ないじゃん。

 

 俺にはわかる。

 結局、お嬢さま育ちのこの2人も丸1日徒歩で重い荷物を背負う買い出しが嫌なのだ。

 

 うーん、しかし、このままでは、お金はあるのにじり貧の生活になってしまうな。

 予定より早いが、仕方がない、アレを始めるか……。

  

「では、自足自給の生活を目指そう」

「「自給自足?」」


 俺の言葉に、2人がキョトンとした様子で答えた。

 高貴な2人には縁遠い言葉のようだ。


「野菜や肉といった食料を自ら獲得する生活のことだ。つまりは、農業と狩猟を始める」


 田舎でスローなライフを満喫するためには、いずれは始めなければならない営みだ。

 

 幸いにして、オーギュスト侯からは、周辺の土地や森も自由に使って良いという許可を得ている。

 

 草地を開墾して畑を作り、野菜を収穫。

 そして、森で狩りをして、肉をゲットするのだ。


「猟ですか。子どもの頃、お父様によく連れて行ってもらいました」


 セシルが懐かしげに目を細めた。


「私もよくやったなあ。姉様たちに上手だとよく褒められたものだ」


 グラが深緑の瞳をキラリと光らせた。


「狩りはいいですね。野生動物との駆け引きは、戦闘センスを養うにはうってつけです」

「獲物を探し、追い、仕留める。その過程に人生のすべてがつまっているよな」


 2人は「じゃあ、さっそく行こう」ってな感じでさっさと朝食をすませると、納屋に行って弓矢の準備まで始めた。

 もともとこの家は、オーギュスト侯が狩猟を楽しむときに使った休憩場所なので、狩猟に使う道具はそろっている。

 

 セシルとグラは早々に準備を終えると、のんびり食事中の俺に向かって早く食べ終わるようにと急かしてきた。

 

 休日に遊園地へ連れてってとせがむ姉妹と、久しぶりの休日で寝ぼけ眼の父親みたいで少し嬉しい。


 しかし、この家に来てからぐうたらばかりの2人がこんなに狩猟に食い付くとは予想外だったな。

 しかも経験者でいらっしゃるようだ。

 

 そういえば、元の世界でも、高貴な富裕層は狩猟を生業としてではなく、たしなみとする文化があった。

 

 やべー、庶民の俺、まったくの未経験だ。

 大きな鹿とか猪を仕留めて、かっこいいところを見せようと思っていたけど、難しそうだな。

 

 まあ、2人が楽しそうだからいいか。


    ◇


「ですから! 森の中から獲物を追い出す勢子せこがいなければ、猟はできません」

「そうだぞ、リョウ。私とセシルが射手をやるから、ちゃんと獲物を追い立ててこい」

「だから、なんで俺が森の中を駆け回らにゃあならんのだ!!」

 

 朝食後、3人で森に入ったまではよかった。

 セシルとグラは上機嫌だったし、俺も初の狩りにドキドキしていた。

 

 だが、誰が勢子を務めるかですぐにもめてしまった。


 2人いわく、弓矢を使った猟では、獲物を見つけて射手のいる所までその獲物を追い立てる勢子と、その獲物を弓矢で射る射手が必要だという。

 

 しかし、2人とも射手しかやったことがないので、勢子はできないというのだ。

 

「2人とも猟はよくやったって言ってたよな。じゃあ、なんで勢子はやったことがないんだ?」

「勢子は従者たちや猟場の領民の方々の担当です」

「私も同じ。やったことがあるのは射手だけだ」


 ああ、そうか、高貴な方々の狩猟って、そういうものなのね。

 

 負け組は地べたをはいずり回って仕事のお膳立てをして、勝ち組が成果だけをかっさらっていくという構造は、いつの時代も、どの世界でも変わらないんだなあ。

 

 あれ、なぜだろう、自然と涙があふれてくるよ!?


「勢子のみなさんが大いに騒ぎ立てる声が徐々に近づいてくると、いつ獲物が飛び出してくるかとゾクゾクするんです」

「わかる、わかる! それで、獲物が見えた瞬間に慌てて弓を引くと、外してしまうんだよな」


 セシルの楽しげな声に、グラが同調する。


「そうなんですよね! でも、そんなときは、隣にいるお父様が落ち着いて獲物を仕留めてくださったものです」

「へえ、私は母上様だったけど、どの家も同じだなあ」


「同じじゃあねえよおおおお!!」


 俺の魂の叫びに、2人がキョトンとした様子で見つめ合う。

 そして、途端に優しい顔つきになると、それぞれが俺の肩に手を置いた。


「リョウ様のお父様は弓矢が得意ではなかったのですね」

「弓矢は人によって得手不得意があるからな。恥じることではない」


「ちげーよ!!」

 

 2人の慰めの手を必死に振り払う。

 

 ああ、もう、俺は絶対に勢子はやらないからな!!

 せっかく異世界転生して第2の人生がスタートしたっていうのに、なにが悲しくて、元の世界のように負け組感を存分に味わうまねをしなきゃいけなんいんだ。

 

「とにかく、俺は勢子はやらないからな。もしやるのなら、せめて、誰かと一緒にだ」


「でしたら、グラスネージャが勢子を」

「勢子をやるぐらいなら、家で寝る。セシル、お前がやれ」


 ここにきて、セシルとグラの間で勢子の押し付け合いが始まった。


「ですから、弓矢の腕はわたしの方が上なのですから。わたしが射手をします」

「なんで、お前の方が上だってわかるんだ? 私の方がうまい」


「氷女族の狩りは魔法で獲物を仕留めるのでしょう? でしたら、使い慣れている私の方が上手いです」

「ちょっと、待った! 山から命をいただく神聖な猟に、魔法を使うのは仁義に反する。当然、弓矢で勝負している」


「でも、でも!」

「でもじゃあ、わからん!」

 

 とかなんとか言い合いが続く中、魔法を使う猟という言葉が頭に引っかかった。

 

 そうだ、何も弓矢を使うだけが狩猟ではない。

 今の俺にピッタリの猟の方法があるじゃないか。


「口げんかはそれまでだ!」


 俺は強引に2人の間に割り込むと、まだ何か言いたげそうな2人に上を向くように伝える。

 その方向には、ダクトテープで作った大きなネットが浮かんでいる。


「あれは、ダクトテープですよね」

「なんで、出現させているんだ?」


 小首をかしげる2人に向かい、俺は得意げに腕を組み、力強く宣言した。


「ネット、つまり、網だ。ダクトテープの網で罠を仕掛けて獲物を捕るぞ!」


 どうよ、この素晴らしいアイデアは。

 これで、勢子、射手問題も一気に解決だ。 

 

 さあ、称賛の言葉を俺にくれ!!


 だが、2人は途端に眉をひそめると、口々に不満を言い出した。


「え~、罠なんて卑怯ですよ。正々堂々と獲物と対峙すべきです」

「地味だなあ。矢をつがえ、狙いをつけるときの高揚感がないなあ」


 くっ、なんだ、この高尚な美意識を感じさせる反論は!?

 これでは、どう言い返しても、俺の負け組感が半端なさそうだ……。

 

「と、とにかく、俺は罠猟をするからな。そんなに弓矢の猟がやりたいなら2人でやるんだな。でも、必ずどちらかは勢子をやることになるぞ」


 こう言うと、2人はしぶしぶ罠猟に同意した。


 俺たちは、縦横2メートル四方のネット10個を森の至るところに張り巡らすことにした。

 草木が踏まれていて獣道のように見えるところとか、水辺のそばの茂みの中とか、3人とも素人なので、こう言ってはなんだが、けっこう適当に網を張っていった。

 

 どれもこれも、ダクトテープの表の灰色と、吸着面の白色が森の景色にまったく馴染んでおらず、どうどうたる異彩を放っている。


「リョウ様……本当に、これで獲物が捕れるのでしょうか?」


 最後のネットを大木の枝と枝の間に張り終えたセシルが、みんなの心の声を代弁して心配そうに話した。


「多分ね……」


「というか、こんな見え見えの適当な罠で捕まる動物は、とんでもない間抜けだな」


 今度は、グリが至極当然と思われることを言った。


「そうだね……」


 でも、このとき、俺たちは知らなかったのだ。

 翌日、ダクトテープの網に、とんでもない大物が掛かかるということを。 

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