4.漂う4 *大地視点
土日に更新できるか怪しいので、更新してしまいます。
宜しくお願いします。
「ワアーーーー」
廊下の奥から、声変わりはしてるけどやや高めの声が聞こえた。
「鈴っち?」
高橋が、顔を上げて声の方を見た。襖があるから、声の主である鈴木の姿は見えない。和室に腰を据えた俺達は、母さんが帰ってくるまでと、とりあえず夏休みの宿題を始めた。まだ周囲ではミシミシピシピシ家鳴りが聞こえるけど、誰も気に止めない。鈴木はちょっと前にトイレに行ったはず。
とたとた慌てた足音の後、スラッと襖が開く。
「見て見てー!!」
目を輝かせた鈴木が、胸に抱えたモノを一番近い所に座っていた高橋に突き出して見せた。高橋の鼻先スレスレだ。
「う?っぎゃあああああーーーー!!」
高橋は仰け反った。首飾りのキラキラがゆっくり弧を描く。どすん、と高橋はそのまま後ろにひっくり返った。
「あれ?」
「高橋っ?!」
「鈴木!なんだそれっ」
田中は倒れた高橋を見ていて気付いてない。鈴木の両手に捕らわれた、赤ん坊位の栗色のモノがもぞもぞ動いていることに。
「凄いでしょ!トイレに行ったら廊下の天井から落ちてきたんだ!」
自慢するように伸ばされた両手に捕まれたそれは、枯れ枝のような脚が三対、そのうちの一対が太く長い。傘の骨のように折り畳まれたり伸ばされたりと元気に動いている。頭はバッタのそれで、長い触角が揺れている。そして海老のように節張り丸まった腹が特徴的だ。にしてもデカイな。
「僕、こんな大きいの初めて見たよ!」
俺の隣で、ようやく鈴木が手にするモノを見たのか、田中のウッ、と息を詰める音がした。
「巨大カマドウマ!」
と、頭上に持ち上げられた大きなカマドウマは脚のバネを利かせて鈴木の手を逃れ、宿題の冊子が広がる長方形の大きな座卓にぴたん、と着地した。
俺と田中は静かに机から距離を取った。
「あっ、コラ、どこいくの! 標本・・・は勿体ないな、うん、魚拓ならぬ虫拓にする! ね、そのあとは大事に育てるから~!」
メガネの鼻に当たる部分をクイッとさせて、息の荒い鈴木が、ぶつぶつ言いながらカマドウマを追いかける。カマドウマは、びょんびょんと部屋中を逃げている。虫が慌てているように見えるのは錯覚じゃないな。
ちなみに俺と田中は鈴木と虫から逃げた。すまん、高橋。お前まで気を回せないわ!跳躍のスピードが鋭すぎて避けるので精一杯!!
びょ~ん、と大ジャンプしたカマドウマは、高橋のお腹にわしっと乗ったかと思うと、ドロン、と効果音が付きそうな煙を出して、消えた。わたあめのような灰色の煙が霧散すると、なにも居なかった。残ったのは横たわる高橋だけだ。妖怪が化けてたのか・・・。
「あ~っ!逃げられた」
鈴木、ほんと残念そうだな? 理系で特に生物が好きって、生き物なんでも、てことだったのか。もしアレが俺の前に落ちてきてたら、反射で蹴飛ばすか踏んづけてしまいそうだ。
嫌な汗を背中に感じながら、俺は田中と、あれが腹に乗ったことは高橋に秘密にしよう、と目配せし合った。
間もなく気付いた高橋にお茶を飲ませようと、俺は台所にいくべく席を立った。鈴木も改めて手洗いに行くと言い一緒に部屋を出た。
数歩廊下を進んだところで、全身が水に浸かったような違和感。
あ、またなんかあるんデスか?と、少し脱力しつつ、事態の予測がつかなくて戸惑う自分もいた。
今は和室を出たところで、後ろに鈴木がーーーいない。というか、うちの廊下、こんな長くねえよ。
俺は、前も後ろも両側が襖と柱で仕切られた、終わりの無い廊下にいた。水中のように手足の動きが鈍い。少し動くと波紋が広がるように視界が揺らめく。息は普通にできるから、変な感じだ。恐らく、結界の類いなんだろう。
右側の壁に手を付けて、とりあえず歩いた。迷路じゃないからこれで出られる訳無いけど、何もしないよりマシだろう。
歩いても歩いても同じ風景で廊下が続く。ふと、手を左に変えて歩いてみた。
・・・ふむ、俺の手、こんなときも有効なのか。
右と左の手に伝わる感触が、同じ歩数分進んだところで違和感を拾う。何度も確かめたから間違いない。何となく、ここはドーナツ状の通路で、俺の手は繋ぎ目の部分を探り当てたと思った。
じゃあ、と思い付きでその感触が違う場所をしばらく撫でてみた。
「くわわっ」
壁からぷるん、と1メートルくらいの河童が躍り出た。そして頭から足に向けて水が引くようにスッキリしていく。結界、消えたな。俺の手すげーな。
河童は「くわわ、くわわ」とすり寄ってくる。つい頭の皿を撫でた。撫でてもらえて感謝感激!と、くわくわ震えている。
「大地くん?まだそこにいたの・・・て、カッパ?」
手洗いから戻ってきた様子の鈴木に声をかけられた。結界の外は五分ほどしか時間が過ぎていないみたいだ。俺、一時間は歩いてたよな・・・。
「お茶を、・・・取ってくるわ」
頭をがしかし掻きながら台所に向かった。手足に水圧を受けたような疲労感がある。負荷トレーニングかよっ。
直ぐにお盆に人数分お茶をのせて戻ると、和室前で鈴木が河童の両手を掴んで水掻きをじっくり観察していた。「ねぇ、カッパってキュウリ好きなの?棲んでるの川だけ?海はどう?皿が濡れてないと弱るって本当?」とニコニコしながら質問責めにしている。「くわわわわ~」と涙目の河童が助けを求めていた。
河童を連れて和室の襖を開けると、高橋の胡座に螺旋が座っていた。
「Terra、ヘルプっ」
「な~んか、押し入れにいるかな?って気がして、開けてみたらいたよ、ふふっ」
高橋は人形を抱っこするように螺旋を抱えている。て、螺旋、ずっとこの部屋の押し入れにいたのかよ! 隠れるの上手くなったな・・・。
組合員相手なら、嫌だと誰彼構わずピコハンを振るって逃げ出していただろう。でも相手は俺の友達だからか手荒い真似ができずにいるみたいだ。「勘がいいにもホドがっ・・・あんなに斑角と特訓したのに・・・」とか、顔を引きつらせながら言ってる。反対に、高橋は目も口も思い切り弛んでいる。お気に入りを見つけた顔だな。
俺は高橋にお茶を渡しつつ、螺旋を引っ張りあげた。
「あうっ、可愛いをもうちょっとー!」
螺旋を求めて手を伸ばし、くねくねする高橋を、俺達は若干引いてみていた。ちなみに田中が、しれっと河童を胸に抱いている鈴木を見て、こっちにも軽く引いている。螺旋は河童に気が付き、「皿吉~っ!お前も捕まったか!」とショックを受けている。皿吉て。なんてネーミング。
どっちにも、螺旋とか生き物系組合員とかを近付けないようにしよう、と俺は心にメモした。
ピロンピロン♪ ピロンピロン♪
河童と螺旋と俺達の間に、スマホの着信音が響いた。
「・・・あ、すまん。親からだ」
田中が謝りながらスマホを触る。僅かに空気が弛んだ隙をついて、螺旋が鈴木の腕から河童を抜き取った。
「はっ、コレにて御免! 我らの催事はまだまだ続くでゴザル!」
螺旋は朗々と宣言すると、馴染みの白黒渦を噴き出して姿を隠し「ドロン!」と効果音まで付けて、河童と共に消える。ちょっと、螺旋に演出指導したのが誰なのか気になる。ござる、て。古っ。・・・まさか若さんか?
あ、しまった!俺達に何を企んでいるのか螺旋に聞きそびれたわ。
「な・・・なんか、すまん」
俺が考え込んでいると、残念な顔になっている他二人を見て、田中が申し訳なさそうに謝り、部屋を出ていった。親に電話をかけるそうだ。
お茶で一服して、宿題をまた始めようとすると、廊下の方から、ドッ、ダダッ、バタン!ギッ、ギッ、ドタン!と、床板のしなる音と打ち付ける音が繰り返される。
「たなやん・・・?」
そう、今廊下には、電話をしている田中がいるはず。高橋と鈴木は、顔が笑いを堪えるようにヒクついている。次はアイツか、とでも考えているんだろう。これまでのことを鑑みるに、田中にも可笑しなことが起きていると予想できる。
そう、怖がらせるには足りなく、何か抜けていて、後からおかしく思えてくる何かが。
廊下が静かになり、襖がシャッ、と開いた。
田中が、肩に小柄な何かを担いでいる。
あー・・・あれ。
俺はそれが誰か分かって、さらに田中に何が起きたのか理解した。あれは、人の背中にいきなり乗っかってくる奴だ。確か『おばりよん』の、おばちゃんと螺旋に呼ばれてた。んで、田中は柔道部だ。攻めてくる奴を引っくり返すのが楽しいと聞いたことがある。・・・そういうことだ。
田中は、清々しそうだった。
やり遂げた男の顔だ。
「田中、どんなもんだった?」
「・・・なかなか。また、手合わせしてもらいたいな」
そっか。良かったな。おばちゃんも更に腕が上がるだろう。
俺達の会話で、鈴木と高橋も何があったのかわかったようだ。何技を仕掛けられたのかとか逆にどんな技を返したのかとか、興味津々で田中に聞いている。
おばちゃんは田中の背を狙い、上から下から横からと隙をついて、勇猛果敢に食らいついた。田中は投げ、掬い、払い、落とし、とかわし続けたそうだ。・・・見たかったな、それ!
おばちゃんは田中のそばで目を回していたが、はっと起き上がると、ドロン!と煙を纏い、消えた。それを見て、
「また来いよ!」
と、なぜか高橋が声をかけた。みんなも笑顔で見送る。
応えるように、ミシミシ、ピシン、と家鳴りが起きた。またみんなで笑った。
「なんか、びっくり箱の中にいるみたいだ」
「ああ、普通じゃないものが見えても、嫌じゃないこともあるんだな」
「お化け屋敷が楽しめるのって、こんな感じかな」
ん・・・いや、お化け屋敷の方は、怖さを楽しむんじゃないの? 俺らのコレは、不思議体験であって全く恐怖はないな、と思ったことを口にすると、
「僕は怖いのはもうお腹一杯だからなあ~。怖いと楽しいが同居とか、わかんないや」
という困った顔で笑う鈴木の言葉に、やっぱり皆で同意した。
そして母さんが買い物から帰ってきて夕飯ができるまでは、家鳴りが時折きこえるくらいで、四人で他愛のない話をしながら宿題を進めた。
次話で大地視点終わります。




