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3.漂う3 *大地視点

 宜しくお願いします。

「今日はお世話になりますっ」


 学校の最寄り駅を出たところにある時計台が、俺達のいつもの待ち合わせ場所だ。

 そこで、制服の半袖シャツのボタンを上までキチッと留めた鈴木が勢い良く深々頭を下げる。その横で襟もとのボタンを一つだけはずしている田中と、胸元ががばっと開いた高橋も頭を下げている。

 高橋の首飾りがじゃら、と宙に垂れた。それに太陽の照りが当たり、きらきら反射している。気付いた鈴木に「高橋くん、それ仕舞っときなよ」と言われている。


「おっとと、忘れそーだった。サンキュ~!」


 高橋は耳と首のアクセサリーをさささっ、とポーチに入れて片付けた。学校ではつけていられないからと、登下校だけしているとかマメな奴だ。今日のは母親から借りてきた飾りらしく、いつもよりキラキラが多い。でもこいつが着けてても変じゃないんだな。女物なのにサマになるって、すげえな。


 三人一様、制服にボストンバッグを斜めがけしているのは、夏の学習会のあとそのままウチに来て一泊するからだ。


「いやいや、気楽にすればいいから」


 俺もだけど、この三人は外泊を殆どしない。旅行にしろ何にしろ、そういうイベントに適した場所は見えやすい(・・・・・)から。良いのも普通のも悪いのも。


 その点、俺の家はこましぃがいるお陰か、悪いやつらは入ってこないみたいだ。俺は生まれたときからこの家だから意識したことなかったけど、ウチには神社みたいな雰囲気があるらしい。こまとしぃは狛犬だもんなあ。


 初めて三人を家に呼んだとき、めちゃくちゃ羨ましがられた。俺の家は『見える心配をしなくていい』って。その日の内に俺の家に泊まる約束をして、それから毎日遊びにくる。


 俺はこんな頻繁に友達が来るとか初めてのことで、嬉しい反面戸惑っている。三人も同じ様で、おもてなしってなんぞ?とか、菓子折りはいらないのとか、何時まで居たらいいのかとか、友達の家族は何て呼ぶのとか・・・毎回浮かぶ疑問を相談し合っている。皆初めてだから結局正解はわかんねーんだけどな。そういう事を喋ってるだけで楽しい。あいつらと友達になれて、俺は運が良かったとつくづく思う。


 うちの中学の学習会は面白い。長期休暇の時期だけ学外の専門家を呼んで数回開かれるそれに、去年から欠かさず出席している。今日も行ってきた。今日は株取引を疑似体験した。鈴木は堅実に稼いで、田中はとんとん、高橋と俺は・・・悪ノリするとこ、あいつと俺は似てるんだな。うん。疑似取引でよかった、本当に。


 鈴木は学習会のあと生徒会に寄って、田中は部活終わりにうちに来る。高橋は帰宅部だけど時間潰しに鈴木の手伝いをしているらしい。

 鈴木は二年から生徒会の書記になった。夏休み明けに始まる学祭の準備の為の準備には、猫ならぬ高橋の両手足を借りても足りないほどだそうだ。鈴木は輝く笑顔で「高橋くん、何やっても器用だね!理解も早いし。僕、高橋くんと友達で鼻が高いよ!」と高橋を誉め殺して操っていた。たまに鈴木って底が知れないと思う。


 俺は学習会のあと部活を済ませて、三人と合流して帰宅した。







 帰宅した、・・・んだけど。


 家の門の前で、俺と三人は立ち尽くしていた。

 俺の家が、異様な気配を放っていたから。


 普通の人は見えないだろうけど、屋根の上には曇天(どんてん)の厚い雲のようなものが浮かび、周囲の空気も何だか薄暗いというか重苦しい。


 今は晴天の夕方だぞ?日が長いからまだ昼間みたいなもんだ。なのに家の周りだけ、ヒュードロドロと効果音が付きそうな様相だ。三人にもバッチリ異変が見えているようで、顔色が悪い。


「ごめんな、何かイタズラされてるみたいだ」


 ほんと、申し訳ない。


 ・・・原因というか犯人の心当たりが一人しか浮かばないのな。ここ最近忙しそうにしてると思ったら、アイツは。


螺旋(らせん)っ!」


 家に向かって呼び掛けるも、返答なし。今朝も「夏の思い出作りに!」と雄叫びを上げて家を飛び出して行ったから、まだ帰ってないのか、仕込み済みで隠れてるのか?まったく。


「座敷童子のイタズラか。なら大丈夫だろ」


 はぁ、とため息をつく俺の肩をぽんと叩き、田中が笑う。「不気味だけど、悪い感じはしない」と三人は頷き合い、気にするなという。確かに、雰囲気はおどろおどろしいが、嫌な気配は全くない。それに、今日までの間に螺旋のやらかした話や妖怪組合の話もちらほらしていたから、皆、この異常は障りのある事態にならないと考えたんだろう。


 仕方なく、警戒しながら玄関をくぐった。

 窓からの陽光で日中は灯りも要らないはずが、家の中が日暮れ後のように薄暗い。




 すると、そこに母さんがいた。(あが)(がまち)をのぼった廊下に正座して、指をついて、額まで床に付きそうなくらい頭を下げて。旅館の女将が客を迎える感じだ。俺は意表を突かれて目を見開いた。


「えっ、かあさ・・・」


「お帰りなさい・・・だ、い、ち」


 母さんが妙にゆっくりと面をあげる。綺麗に整えられた黒髪から、徐々に顔がみえーーーー。



「ぎゃあああああーーーー!」



 叫んだのは俺か、三人の誰かか。・・・皆か。


 母さんに顔が無かった。のっぺりした肌色が広がるばかりで、必要なパーツが、・・・目、口、鼻、眉、そうシワ一つない。


「大地・・・?」


 肌色が身を起こす。問いかけるのは口の無い母さん? 誰かが俺のシャツを引いている。見慣れたハズの親の顔が思い出せない。


 いつの間にか、土間に尻をついていた。


 ぎゅっと目を閉じて、深く息を吸う。細く、長く吐き出す。




 こんの・・・・!




「のっぺらー!ビビらせんじゃねえー!!」


 カッ!と目を開いた俺は、目の前の母親に化けているモノに飛び掛かった。腕をこいつの首に回しそのまま前に倒す。こいつの弱点は顔だ!空いた手で顔を撫で回した。


「うひー!それっ、気持ちイイーっ!」


 のっぺらぼうは声を上げてじたばた悶えているが、ヘッドロックがきまっていて頭が抜けない。ていうか、逃がさん!


 俺は、気をさわった相手に流せる。しかも相手は相当気持ちいいらしい。俺は去年から妖怪を撫でまくっていて、コツを掴んでしまった。妖怪によってツボがあるんだ。


「洗いざらい吐くまでやるからな?」


 のっぺらぼうの顔を遠慮なく撫でた。「あねさんにっ、めんぼくが・・ああーっ!」びくんびくんと体を跳ねさせているが、中々口を割らない。仕方ないので、ポカンとこちらを見つめる三人に説明しながら顔を撫で続けた。


「こいつ、のっぺらぼうな。『のっぺら』て呼べばいいよ。どうやらやっぱり螺旋が何か企んでるみたいだから、今吐かせるわ。もうちょい待って」





 「ひぃー!」だの「らめぇー!」だの悶えながら喚くのっぺらを撫で詰めたが、かなり粘った。


 変化は解けて男のなりに戻り、不思議と記憶に残らない顔を晒している。幸せな表情で呆けてピクリとも動かない。詳細は最後まで吐かなかった。やるな、こいつ。


「ほんとに妖怪と知り合いなんだね・・・!」


 玄関に転がるのっぺらを見て、鈴木は驚いている。


「なんか、一応歓迎してるつもりらしい。怪我とか、痛い目には遇わないはず。ごめんな、せっかく来てくれた日にこんなんで・・・」


 のっぺらから引き出せた情報は歓迎の意思と、本物(母さん)は買い物に出ていることだけ。

 謝る俺に、三人は笑顔で首を振る。怖くない妖怪に興味を惹かれたようだ。その様子を見て、俺は、何となく螺旋の意図を掴めた気がする。のっぺらは組合員の中でもひょうきんで、人当たりがいい。こいつを出だしに据えたのは、『楽しんで』という螺旋からのメッセージに思えた。俺はともかく、三人はずっと『見えること』に苦労していたはずだから。


 でも、こましぃを見つけたらヨウコさんか若さんに知らせてもらおう。あの人たち、このことを知ってるのか? 主導が螺旋みたいだからなんか不安だ。




 赤い金魚柄のシャツを着たのっぺらを廊下の隅に寝かせて、三人を客間に通した。広めの和室に、四人分の布団が畳んで寄せてある。俺が皆の布団をここに運んでいたら、母さんがせっかくだからと俺の分も用意してくれた。



 ミシミシ・・・、 キシ、 キシ、・・・・ピキン



「あの・・・大ちゃん?」


 高橋が俺を呼びながら天井や四隅をそわそわ見遣っている。鈴木と田中も落ち着かない。音が気になるみたいだ。うん、異音が怖くなさすぎて困惑してるんだな。ちっちゃい子達が楽しそうに歩き回ってる感じだから。ヤバい奴が鳴らす音は、僅かな音でも肌にまでビリビリ響く。


「あぁー、『家鳴り』な。気にすんな。イタズラが続いてるんだわ。多分、こんなのが明日まで起こるから」


 適度にびっくりしてやって、と三人にお願いした。

 玄関にいたのっぺらは組合員の古株らしいけど、さっきから部屋中にチラッチラと見え隠れする奴らは、公園にいる組合員の中でも新参者ばかりだ。その顔触れと螺旋の性格から、二つ目の意図が読めた。


 これ、強化訓練だわ。


 俺らを歓迎する舞台は、この家。役者は、人を驚かすことにまだ慣れない新規組合員。観客の俺らは『見える者』。言わば『見慣れてる』から、甘い演出には反応しない。演者に度胸をつけさせるにはうってつけ、てとこか。


 螺旋がピコハン振り回して、もっとハデにやれ!とかハッパかけてる姿が目に浮かぶわ。


 今は夏だ。特に理由もなく妖怪が人前に出ても、『夏だから』で許される不思議な季節。驚いたり怖がったり楽しんだり、そんな人間の感情の揺れを糧にして、存在を確かなものにしている妖怪には、欠かせない季節(稼ぎ時)らしい。


 もっともっと、妖怪が存在できるように。人間の前で上手くパフォーマンスできるように組合員を鍛える、のが螺旋の仕事になりつつある・・・と若さんから聞いた。いっつも、追いかけっこやらかくれんぼして楽しんでるように見えるけどな。



「皆、お化け屋敷得意か?」


「怨念こもったのが居着いていないやつなら、問題無いな」


「それな! たなやん、経験有り?」


「見たら、分かるだろ」


 俺の問いに田中が答え、高橋が突っ込み、さらに田中の簡潔な返答に皆で同意する。建物系は入る前に『見たら分かる』から、行くわけ無いんだな。大抵いるし。


「ま、そりゃ良かった。どうも明日まで俺達を楽しませてくれるらしいから、期待しとこうぜ?」


 俺は口の端を上げて、部屋にいる奴らに聞こえるように言った。心なしか、部屋の空気がプルプル揺れた気がしたが、気のせいだろう。


 




 


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