煩う番外編(桃華)
5/3に投稿したものです。時系列に合わせて疑似餌後に並べ替えました。
「今夜はようこそお呼びくんなましんした」
主役のねえさんの声に合わせて頭を下げる。ひい、ふう、みぃ、よ・・・ゆっくり数えて頭をあげる。
背筋は伸ばしても視線は畳に。ここはねえさんを立てて控え目に、でも、お大尽に顔を売るのを忘れちゃいけない。あたしの出番はもうちょいと後だ。
あたしは、花魁でも太鼓新造だ。つまり、人気はないけど芸に秀でる花魁。化粧をしてもパッとしない顔だけど、三味線の芸だけは誇れる。普通の客付きはイマイチで、席を盛り上げたいねえさん達が呼んでくれるから、何とかやっていけていた。
今日も人気のねえさんが呼ばれて、禿や振袖新造の初々しい少女達に交じって、揚屋まで練り歩いた。
・・・ちょいと、もう少し離れて離れて!白塗りしててもキメ肌違うんだから、見比べられちまう。は?あたしの傍に居ると安心する?飴玉あげっから、離れなって。ねえさんまで羨ましそうに見るんじゃないよ!
・・・正直言おう、ねえさんねえさん言ってるけど、あたしの方が年上だ。客に少しでも若く見てもらおうと、十近く下の花魁をねえさん呼びさ。文句あっか?あたしは客付きギリギリの二十七だよ!結局呼ばれんの三味線だけだよっ。
禿や振袖新造の顔を着物の袖で次々隠して、軽いじゃれ事のように見せかけて、砕いて小さくした飴玉を口に放り込む。小さな欠片ならすぐ舐め尽くせるし、顔形も変わらず周囲にバレない。あたしは普通の飴玉も持ち歩くけど、砕いた飴玉も常備している。これ、客前で喉が痛んだり咳がでたりするときに重宝するのさ。
だからねえさんまで・・・こっち見すぎだよ。あとであげっからさあ。
こんなことしながら下の面倒を見ているせいか、あたしは格は低いけど花魁達に慕われているみたいだ。
こうして宴席に呼んでくれるんだから、有り難いね。
部屋には花魁を真ん中に、色艶やかな女達が並ぶ。膳にはたくさんのご馳走が並べられている。
今日はよっぽどのお大尽様だね!
畳の上に視線を這わせて、周囲を伺う。客は複数いるようだ。馴染みになってもらえるよう、頑張らないと。
ふいに、違和感を覚える。何かーーー。
もう一度視線を戻すようにゆっくり走らせて、気がついた。場を設けたお馴染みさんの横、ゆったりと胡座をかいて座る新顔さんのやや後ろに、足が見える。
みぃんな、座っている筈なのに、誰か、立っているのかい?
裸足に細い足首・・・女?それに、着物も変だよ。妙にヒラヒラしてて、前合わせが無い?しかも墨を垂らしたような黒色じゃないか。なんだい、辛気臭い。
つい気になって、視線を上げすぎたようだ。新顔さんとばっちり目が合った。
しまった、と思ったけど、やっちまったもんは仕方ない。この機会を無駄にしないでおこうか。
あたしは緩く首を傾け、口に弧を描いて目を細める。どうだい?大体の新顔は、これで頬を染めるんだよ。
予想は外れた。その新顔は、いい笑顔をしていた。面白いものを見付けたような、そんな顔。あたしは、もろもろ嫌な気しかしなかった。
次の日、あたしに客がついた。いや、これでおまんま食べてるから、客のつかない方が困るんだけどさ。三味線じゃない客って久し振りと言うかなんと言うか、ねぇ。でも三味線は抱えてきたよ。
・・・・て、アンタか。昨日の新顔さんかい。
何でも、昨日のお大尽さまが抱える占屋の若当主様らしい。目線を合うか合わないか微妙なところで留めて、型にはめた笑顔を向ける。
「『夜蛍楼』にお通い、ありがとうごさんす。わっちは桃華といいんす」
「今日は螺旋におねだりされてね」
「わっちの三味線、鳴らしてもいいでありんすか」
「絶対来たくない場所なんだけど、占いにも『吉事』って出るし」
「今日は三味線を弾き明かしたい気分でありんす!」
「見えてるだろ?」
じょん、と撥が弦を撫でる音と一緒に、女の声が聞こえて、びくん、と肩が跳ねる。
「へえ、本当に見えてるね!声も聞こえてるみたいだよ」
ずっと客の言うことを無視していたけど、堪忍。とにかく嫌な感じがするんだ。
女のいない方へ顔を向けると、そちらにわざわざ女がやってくる。また顔を背けた。するとひたひた来る。しつこいよ!
「わっちにはなも見えていんせん!」
「見えてるね」
「見えてるな」
それが、螺旋とあたしの出会いだった。
螺旋という変な女は、あたしの住む『夜蛍楼』にほぼ毎日来た。若当主様はたまに来た。あたしと寝るわけでもなく、三味線と酒、料理だけをゆっくり楽しんで帰る。そこで交わす話から、女が座敷童子だと知った。
「ぬしが座敷童子でありんすか?」
いつも無表情でこちらを見ている女は、話に聞く『座敷童子』と重なるところが無い。
目は曇天色、肌は薄黒いし、髪も暗闇みたいな色して、うねって不気味に垂れ下がっているし、見てて良いことがおこりそうな予感が一匙もないよ。歳も童子ってより女だしね。
「もののけにも、色々あるんだよ。まあ、話せる相手も少ない子だから、仲良くしてやってよ」
「・・・わっちでよければ。螺旋様、良くしてくんなまし」
女をみて愛想笑いをする。形だけでも女とよろしくすれば、この客もずっと通ってくれそうだ。
ーーーでも、やっぱり無表情だねぇ。笑えば別嬪なのに、勿体無い。
「!」
あ、やっちまった。
禿なんかの下の皆にやるように、つい頬を摘まんでしまった。女はさすがに目を丸くしている。不自然にならないように、そのまま頬をくるくる撫でて軽く指先でつついた。
「笑った方が可愛いでありんす」
思いがけないことを言われた、って顔をしているねぇ。目がくりくりとしていて、これはこれで愛らしいじゃないか。
つい、ふふっ、と笑いが溢れてしまった。なんだか本当に仲良くできそうだ、と思った。客が、目を細めて笑っている。
「人の常識とか・・・普通の事に不慣れな子だから、教えてあげて貰えると有難いな。お礼は、桃華の指名で払うよ」
それからも毎日、螺旋はあたしのところに会いにきた。もう真っ黒黒な出で立ちも見慣れた。さすがに客をとっているときや、ねえさん達に呼ばれているときに部屋に来ることはなかったけど。
「螺旋、飴玉食うかい?」
螺旋はフルフル首を横に振っている。そうかい。じゃあ・・・。
近くを通った禿の口に飴玉を放り込んでおいた。あたしも咳が出るから、カラコロ飴玉を舐める。三味線で唄うから、喉は大事だ。
『夜蛍楼』でも、少しずつ噂が立つようになった。どうやら、螺旋のことを見える人が、他にいるみたいだ。
『座敷童子』が『夜蛍楼』に居る。
『桃華』の部屋に『座敷童子』が棲み着いた。
どの噂も半分だけ当たっている。噂なんてそんなもんだ。だけどその噂を聞いて客が増えた。増えに増えた。閑古鳥だったあたしだけでなく、『夜蛍楼』全体が賑わうようになった。
楼主は喜んで、あたしの格を上げると言う。あたしはねえさん達がしていたように、なるだけたくさん、見込みのある禿、振袖、留袖新造を抱え込む。
たくさんお大尽に呼ばれるから、皆がなるだけ顔を売れるように。あたしの売り上げで、世話をみる下の皆が少しでも楽になれるように。
あたし達は、廓に借金をしている。親に払われた身代金に、着物や身の回りの支度用品の代金。客をとっても毎度支度に出費して、借金は減らない。廓を出られるのは、客に身請けされるか、年季の明ける二十八まで働いて借金を返すか、死ぬかの三つだ。
あたしは十からこの廓にいて、今二十七だ。
ある時、お大尽の一人が傘を貢いでくれた。蛇の目傘だ。
自由に外出もできない、行っても門までしか出られないあたしらに傘とか、皮肉かい。でも、いい傘だねぇ。
こんこん、と咳をして飴玉を食む。季節の変わり目はいつもこうだ。飴を口の中で転がしながら、部屋の中で傘を開いてくるくる回す。
羽二重の朱色の胴に、白い中入り。頭は紺色、柄は飴色だ。何より、桃の花びらが頭から渦を描くように淡く描かれている。くりっとした眼がこちらを見ている。
「螺旋、近くにおいでよ。傘、気に入ったんだろ?持ってみな」
「おれ、触れない」
「もう、螺旋!『おれ』じゃないよ」
「わっち?」
「・・・それも使っちゃダメだよ。『廓の女』じゃないんだから」
「あたし?」
あたしの言葉も綺麗じゃないからなぁ。『わらわ』もなんか違うし。
「難しいねぇ。まあ、『おれ』よりマシか。これから先、いろんな言葉を聞いて、アンタらしい可愛いやつにしなよ」
ウン、と螺旋は素直に頷いている。艶々した癖のある髪を撫でると、少し目許を緩ませている。最近、ようやく感情らしいものが見えるようになってきた。
「あたし、モノに触れない。当代の奉るモノだけ、触れる」
たどたどしく、螺旋が言う。当代って、あの若当主様か。
「そうなのかい?ホラ、」
螺旋の目の前に、畳んだ傘を差し出すと、釣られたように手を出した。
「?!」
「あれ、触れたねえ?」
あたしは首を傾げながら、螺旋の両手にのった傘をみる。そしてこれを貢いだ男の話を思い出す。
「それ、材料が特別だとか聞いたよ。将軍様に奉納できるくらい厳選されたやつとかで、作る前に神社で穢れを祓ってあるとかなんとか?」
験担ぎなのかねえ?と螺旋をみると、手のひらに傘をのせたまま、まだ固まっていた。




