煩う番外編2(桃華)
「・・・写していい?」
「ん?壊さないならいいよ。直ぐに売って金に替えちまうから・・・」
あたしが言い終わらないうちに、螺旋は片手に傘を持ち直し、空いた方の手のひらを上向きに差し出す。そこからは夢を見ているような光景だった。
螺旋の手のひらから、白と黒の紐みたいなものが絡み合うように湧き出して、それが傘になった。螺旋の両手に、蛇の目傘。片方は白と朱色で、もう片方は白と黒色。色以外、そっくり同じだ。
「カラクリ・・・じゃないよね?凄いねえ」
朱色の傘を受け取り、螺旋とくるくる開きあう。
「お揃いだね、何だか嬉しいねえ」
持ち物はほとんど金に替えて借金返済に充てるから、自分の物なんてほぼ無い。だから束の間でも螺旋と同じ物が持てて、心が弾む。
雨の日を待って、螺旋と店先で蛇の目傘を差し合いっこしてから、朱色の傘を金に替えた。
こんこん、こんこん。
雨が続く。咳が止まらない。風邪引いたかね、と飴玉を口に入れる。三味線の稽古を続ける。唄もつけたいけど、喉が痛むから弾くだけにしよう。
あたしの支度を手伝う禿達が、ねえさん最近色っぽい、と言う。白塗りせずとも色白で、目はいつも潤み、唇は紅をさしたように紅い、と。
そりゃ、飾る物がいいからね、雰囲気美人ってやつだよ、いいモン身に付けりゃ皆そう見えんだよ。まあ、あたしも熟した女だから、それなりの色気はあるけどさ。最近は忙しさもあって、体重が減った気がする。こりゃ、儚さも売りにするか?
じょん、
三味線を音を確かめるように鳴らす。地唄、民謡、わらべ歌。客前では弾かない唄も指慣らしに弾き連ねていく。
そばでちょこんと座っている螺旋が、ふわりと笑った。つられてあたしも笑う。
「桃華の三味線、好きだ。ナンだか気持ちいい」
「・・・そうかい?」
おまけで、子守唄を弾く。くすぐったそうな顔をして、螺旋は目を閉じた。
最近、体が怠い。風邪が悪化してるかな。休むにも金がいるから、休んでいられない。ただでさえあたしには時間がないから。年季明けまであと少し。借金を返さないと。
年季が明けても借金が残ってれば、廓から出ても外で客を取ることになる。それは嫌だ。廓に残る道はあるけど、三味線しか能のないあたしには無理だ。それに、やりたいこともある。
「桃華、こんにちは」
「もうそろそろ、こんばんは、だよ」
「こんばんは」
「・・・螺旋は、『外』から来るんだよねえ。『外』はどんなだい?」
螺旋は難しい顔をしている。説明する言葉が思い付かないんだろう。ふいっと顔を上げて、顔を輝かせてあたしに言う。
「一緒に、行く?」
「行けたら、いいねえ」
・・・そんな顔しないの、笑った方が可愛いんだからさ。
あたしは笑いながら螺旋の頬を撫でて、つつく。
年季が近づき、馴染みのお客達が隙間なく通ってくれた。ご祝儀だと、皆金になるものをたくさん貢いでくれた。もちろん、螺旋の若当主様もしっかり金目の物をくれたよ。お陰で、借金は何とかなりそうだ。
ある晴れた日の早朝、門には楼主と廓を取り仕切る遣手に門番と、旅装束のあたしがいる。
「桃華、残ってもいいんだよ?お前の三味線はたいしたものだから、禿達に教えてやらないか?」
楼主に遣手は、あたしを引き留めようとする。
「外に出たって、里に帰れないだろう?稼ぎはどうするんだ。体も本調子じゃないだろうに」
あたしじゃなく、螺旋狙いだろ。餞別に三味線をくれたのは有難いけど、あたしは『外』に出るよ。あたしは、『外』がみたいんだ。
「お世話になりんした」
深々と頭を下げて、彼らを拒絶する。あたしが居座っても、螺旋はそう長くは夜蛍楼にいないだろう。
門を出ると、螺旋がいた。自然と顔が笑う。
二人で、門から歩いて歩いて歩いて・・・、あそこが見えないところまで。そうして町を螺旋と歩いた。あたしは今、『外』にいる。螺旋と顔を見合わせて笑う。
あたしはーーー、
ごほっ、ごほっ、
「あたし、旅をするんだ」
けほっ、
咳き込みながら、胸を押さえる。飴玉を・・・。
「桃華、休もう、」
螺旋の言葉に、首を横に振る。
「あたし、・・・あたし、アンタと色んな物、見てみたいんだよ」
螺旋と一緒に。なのに、
激しく咳き込む。胸が熱く、痛い。
ごほっ、ごほっ、ごほっ、
ごぼ、と込み上げたものが口から溢れる。押さえた手のひらも、それの落ちた地面も赤く染まる。
・・・もう時間切れだねえ。
「桃華っ!」
悲鳴のような螺旋の声。そんな、顔しちゃダメさ。笑って。
「桃華、あたしと、行こう!一緒に!だからっ、
だから・・・・あたしを、置いて逝かないで・・・」
意識が薄くなり、傾くあたしの体を何かが柔らかく包む。そしてあたしの世界は暗転した。
次に目覚めたときに、あたしは螺旋の傘に居た。
何となく、あたしは幽霊みたいなもんで、あの揃いだった、螺旋の方の蛇の目傘に憑いちまったんだと分かった。
それからはとにかく楽しかった。いつでも螺旋と一緒にいられたし。あたしの声が螺旋に届かないことは残念だけど、それ以上の喜びがあった。
螺旋は色んな場所を歩き回っていた。人の会話に耳をすませたり、動物について回ったり、妖怪と対峙したり。人や動物、妖怪と仲良くなるときもあった。あたしはずっと、傘からみて一緒になって一喜一憂していた。
あたしの夢が叶ったんだ。ふたつもいっぺんに。
外の世界を見て回ること
螺旋と一緒に過ごすこと
だから、螺旋以上にあたしが反応していたかもしれない。新しい場所であの子が戸惑えば胸をドキドキさせて、可愛い失敗をすれば笑い、親しい者との別れの時は、泣かない螺旋の代わりに涙した。
長い時間をかけて、螺旋は変わっていった。表情は豊かになり、言葉も増えた。
やっぱり、螺旋には笑顔が合うねえ。
時には寂しそうな時もある。気付かないだろうけど、あたしはそんなとき、螺旋の頭を撫でてから三味線を弾くんだ。
長い長いときを過ごした。
次の当代は、ずいぶん若いねえ、螺旋。
五歳くらいの童子と楽しそうに話す螺旋を見て、ことん、と胸に落ちるものがあった。そろそろ、かね。
あたしの周りに蝶々が舞い始めた。
童子だった当代は今男一歩前。まだまだやんちゃ盛りみたいだね。
ある日の朝、あたしを愉しげな男の気が包み、そして優しく螺旋と引き離した。あたしと螺旋の繋がりが、とうとう切れた。
『傘』を『蕗』に変えられた螺旋の中は混乱しているようだね。大事にしてくれてたもんねえ、傘。落ち着きなよ、螺旋。あたしは大丈夫だよ。はやく気が付いて、アンタも・・・。
傘が消えて三十五日目、あたしは閻魔様に会いに行く前に螺旋の顔を見に行った。あの子はあの傘に良く似た傘を使って、皆と楽しそうにしている。
「三十五日、ありがとう。行ってくるから」
あたしの挨拶、気付いたかね?
さて行こうとしたら、当代の方にたくさんの童子の気配がある。覗いてみると、男の背におぶわれた幼い童子達が、きゃっきゃと歓声を上げて喜んでいる。
あれまあ、たくさん背負ったもんだね。さすがに辛そうだね。あんだけのると重たかろう。でも頑張るねぇ、投げ出してもいいのに。
・・・螺旋と約束したからかい?
いいねえ、その心意気。あたしも手伝うよ。
これからも、螺旋を宜しく頼むよ、大地。
男の頬を撫でてから、その背にいる幼子達を優しく抱える。
ほら、おいで、アンタ達。あたしと一緒に閻魔様にご挨拶に行くよ。大丈夫、あたしがついてるよ。怖くないさ。
四十九日目。
静かに螺旋との別れを過ごしたいのに、邪魔するやつらがいるよ。蜘蛛女と枕男が、忌々しいね。
やっと螺旋が気付いたのに。あたしが居なくても、もう大丈夫だって。ああ、ちゃんと話してお別れしたいよ。
伝えたいことは、あたしもたくさんあるんだ。
螺旋の、言いたいことが言えなくなる癖は、相変わらずだね。そこも可愛いところだけど。
さあさ、本当に時間切れだ。
螺旋を起こさなきゃ。
ぎゅっ、とありったけの愛しさをこめて胸に抱き包む。
この声が届くように、心を込めて言葉を落とす。
あたしの最後の役目。
螺旋、螺旋、会えて良かった。あたしの可愛い子。
桃華は現代でいうと結核です。
花魁に多い死因だったようです。
桃華は螺旋の『らしさ』を作った人です。
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『疑似餌』が当初の予定よりボリュームが出たため、時間軸を揃えないとややこしくなりそうなので並べ替えを行いました。混乱させるような投稿を行い申し訳ありません。




