20.煩う4
4/29に投稿したものです。時系列に合わせて疑似餌後に並べ替えました。
ーーー深夜。私は屋根裏の出窓に腰かけて、外を眺めていた。新月だけど、街灯があるから暗い感じはしない。昔は新月なんて、真っ暗で歩けたもんじゃなかったな。
遠くに響く車の音に、どこかで流れる水の音。さすがに電車は終電を迎えていて、ココにまで微かに響く、走り抜ける独特のリズムはもうきこえない。拾える音全てに耳を澄ます。
ふわ、と耳を風が撫でた。
ナンとなく部屋の中を振り返る。
目に入るのは、白い、蝶?
ーーー二週間ほど前の、『掃除』を思い出す。
ぱりぱりした、紙を開くような音がした。顔を向ける。在るのは開いた蛇の目傘、だ。私の。・・・じゃない、昔の、私の傘だ。
ダレ? ん?・・・こま、しぃ?
二匹がいないことで、周りの音が消えていること、ココは私の部屋だけど、違うことがわかった。
コレは、意識がトんでるのかな?
「ダレなの?話なら聞くよ?」
一応、話しかけてみる。うん、声は出るな。
ぱり・・・
蛇の目傘が閉じられると、女がいた。着重ねた着物が艶やかで、結った頭に櫛がいくつも挿されている。花魁だ。
「っん、・・・桃華?」
白塗りも紅もない、健やかな顔が笑った。懐かしさと共に、鮮やかに昔が甦る。きらびやかだけど、辛く、苦しいトコロに居たヒト。
「いつぶり・・、ドコに?っ、ずっと会えなくて・・・」
いくつもの問いかけが、ありすぎて切れ切れになる。桃華は、目を細めて笑い、閉じた傘をたん、たん、と手のひらで叩いた。
「・・・そう、ずっと傘にいたの」
気付かなかった。そっか。ヒトは、死ぬと幽かになるっていうけど、ホンと薄いんだな。
「ごめん、わからなくて。・・・ごめん、縛って」
遥か昔、ヒトのことがよくわかってなかった頃に出逢い、私のことを見聞きできたヒト。蛇の目傘がお揃いだと、喜んでくれたヒト。私が考えなしに、一緒に旅をしようと約束してしまったヒト。それが桃華。
こんなに永く、この世に留まらせた。私の中にいたのに、知らずにいて。
私は目をぎゅっと瞑った。・・・胸が、重い。体の中でぐねぐねとした暗い想いが隙間なく押し合い溢れそうで、苦しい。
ぎゅむ。
「ももひゃなっ」
目を見開くと、真ん前に桃華がしゃがみ、私の両頬をつまんでいた。悪戯っぽく笑うと、指先でくるくる頬を撫でて持ち上げるように止めた。・・・『笑え』と?
昔もよくやられた。「笑顔が足りない」って。・・・そうだ、小悪魔笑顔は桃華を真似たんだよ。全然できてなかったみたいだけど。
「桃華、また、一緒に居られる?」
聞かなくてもわかっていた。どうして今現れたのかも、わかってしまった。それでも聞いた。私も桃華にも、必要だから。
桃華は、晴れやかに笑った。悔いのない、逝く前のヒトの顔だ。そうか、そうだね。
彼女の傘は消えた。その時が、消えるときだった。それが私の中に居た桃華の選んだ、命日。白い蝶が現れたのは、傘が消えて三十五日。弔いの節目だ。今日はーーー四十九日、旅立つ日。
「・・ん、ありがとう、」
いろいろ思い浮かんだけど、言えたのはこの一言だけだった。
ふわりと桃華が私を包む。鼻先が付くくらい顔を寄せあった。そして整った唇がゆっくり動くのをみた。
たのしかったよ、そばに、いられて。
じゅうぶんすぎる、よい、たびだった。
ながいときを、ともに、ありがとうーーー。
聞こえたよ、桃華・・・。
両手で、ぎゅっと抱きしめられる。あったかいな。
ぱりぱりぱりぱりぱり、・・・
蛇の目傘を、開く音ーーーー。
そして、幽かに届いた声。
さあ、お、き、て、螺旋。
ばり、
目覚めると、目の前にきれいな女が居た。いや、顔だけ女の、巨大な蜘蛛だ。
膨らみのある腹は上を向き、大きく広げられた細く、節のある脚は四本ずつの対。先は尖り、私の前に開かれた蛇の目傘を切り裂いていた。薄紅の桃の花弁が散る、桃華の傘。
さらさらと裂かれたトコロから光り、そらに消えていく傘。それを瞬きもせずに見ていた。
ごう!と風が鳴る。赤白い炎と黄白い炎が筋となり、女と闇に隠れたもう一つを弾き飛ばす。
「ぎゃあっ!」
「ぎいいぃっ」
ダン!
はあああ!!
はふぅ!!
こまろが女の腹に乗り上げて、唸る。
しぃまろはうす黒いナニかに噛み付く。
私は・・・そらに、逝ってしまったヒトを思う。
「そう、・・・」
気が冷たく荒れる。自身の表情がなくなっていると、わかる。
「愚か者が、舞い戻ったと?」
あれから二週間、蛇の目の効果が切れる妖怪も出てくる。そして蜘蛛。『掃除』のとき、糸が体に残っていたか?蜘蛛の糸を狛犬の結界内に持ち込んでしまったから、本体まで招き入れて気付けなかった。
また、私のせい。
白と黒の太い縄を撚ったような渦が、どうどうといくつも体から溢れて、隙間なく身の回りを渦巻き、跳ねる。腰の後ろに、手がのびる。ソコにあるモノを掴みーーー。
はあっ。はふっ。
小さな火玉が二つ、ここん、と頭を撃った。
『しっかりしろ!』って、聞こえた気がする。・・・うん。
「・・・ごめん、ごめん。ちょこっと血迷った」
ばたばた手を振り回して、白黒渦を散らす。ちょこっとか?みたいな視線を二匹分感じるけど、セーフだったでしょ?
「こまろ、しぃまろ、ありがとう」
いつもいつも、世話をかけるねぇ。埋め合わせを考えないと。
「女郎蜘蛛と、・・・枕返しか。斬新な組み合わせだな?」
ホントは、『通り道』に巣を張り、かかった妖怪を枕返しが眠らせて、ふたりで仕留めていたんだろう。だけど、私の蛇の目傘で倒れ、『道』の外に運ばれて、今まで忘れていたんだな。思い出して、糸を辿ってココに来たか。
「狙った相手を間違えたな」
いや、私らで良かったのか?死にはしないから。
「切り刻まれるのと、痺れ燃やされるのと、噛み砕かれるの・・・ドレがいい?」
切られ、燃やされ、噛まれた二つは、しぃまろがドコかに放りにいった。
すっきり、・・・しない。
朝、おかずを置きにきた大地の制服の裾を掴む。
「ねえねえ、聞いて」
「んあっ、何だ?珍しい」
「昔むかし、『桃華』って花魁がいてね、・・・」
とにかく、喋り続けた。桃華とのことを。私のことが見えて、会話ができたこと。蛇の目傘を出して、お揃いで喜んだこと。笑う練習を見てもらったこと。「あのな、俺、学校・・・」と言いながらも、話し続ける私を引き連れて朝ごはんを食べて、登校して、大地はずっときいてくれた。・・・桃華の最期のときまで。
「桃華は、桃華は・・・」
学校の帰り道、大地はお線香を買って、家の庭であげてくれた。
「・・・白い蝶、俺もみたよ。掃除に行って、あの時背負ったのを、迎えに来てくれた。ももはなさんだったんだな」
そう。そっか。
「ももはなさん、楽しめて、良かったなあ」
ダレに言う訳でもなく、呟いた。
うん。
うん・・・。私も楽しかったよ。
すらりとのぼる細い煙は、静かにそらにとけていく。




