蕾
葉は、まだ散らない。
そして。
戦いの花が咲き始める。
「流石に失花如きじゃ無理かぁ……」
だるそうな声が落ちる。
葉級の男は欠伸を噛み殺しながら、ゆっくりと手を振った。
その瞬間。
ドゴッ!!
地面が裂ける。
戦場の“線”が書き換わる。
湊と迅の攻撃の軌道に合わせるように、後衛が失花を“置いていく”。
通る瞬間だけを潰すように。
迅が目を細める。
「戦場そのものを作ってるな……」
湊が踏み込む。
「薔薇の舞――!」
華やかにして苛烈な連撃。刃を振るうたびに薔薇の棘のような鋭い軌道を描き、対象を幾重にも切り刻む湊の十八番だ。
蒼真も続く。だがその瞬間、刃の“先”に失花が爆ぜるように生まれる。軌道を完全に潰された湊の刃が止まった。
蒼真も続く。
だがその瞬間。
ドゴッ!!
刃の“先”に失花が生まれる。
完全に軌道を潰す。
「チッ……!」
湊の刃が止まる。
その横を抜ける影。
「まずはあの女だ」
「潰せば崩れる」
白石へ一直線。
「しまっ……!」
湊の声が漏れる。
一瞬遅い
その一瞬で、戦場が割れる。
「っ……!」
蒼真が動いた。
間に合わない。
それでも体は前へ出た。
――ドンッ!!
衝撃。
視界が反転する。
蒼真の身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、戦場の外へ。
「おいおい、大丈夫か?」
ポンの声。
蒼真は荒い息のまま立ち上がる。
視線の先。
白石へ向かう刃。
それを止める湊。
そのさらに奥で。
葉級の男が退屈そうに笑っていた。
「まだだ」
「崩れてねぇよ」
その瞬間。
ポンの声が落ちる。
「お前はな」
「まだ迷いがある」
蒼真の動きが一瞬止まる。
ポンは続ける。
「守るってのは」
「届くかどうかじゃねぇ」
「届かせる側に立つってことだ」
静寂。
戦場の音が遠のく。
白石へ向かう“あの女”。
止まらない現実。
その全てを見たまま。
蒼真の中で何かが変わる。
(守る)
(じゃない)
(届かせる)
空気が変わった。
「……まずは一人」
声が落ちる
次の瞬間。
蒼真が消えた。
音が遅れる。
「――っ!?」
前衛の男が振り向くより早く。
刃が走る。
一閃。
首が落ちる。
静寂。
遅れて、枯れ草のように崩れ落ちた。
蒼真はそのまま着地し、息を吐いた。
もう視線は揺れていない。
そこにあったのは迷いではなく、“到達”だった。
湊が短く笑う。
「……やっとか」
その声には焦りはない。
確かな信頼だけが残っていた。
白石へ向かう圧が、一瞬だけ途切れる。
「……は?」
残った前衛の視線が止まる。
何が起きたのか理解できていない。
さっきまで“いたはず”の仲間がいない。
蒼真の一閃。
その結果だけが、遅れて現実として落ちてくる。
「おい……今の……」
声が掠れる。
「見えなかったぞ……」
理解できないものを見た時、人は一瞬止まる。
その“止まり”。
それが戦場では致命的だった。
空気が揺れる。
「華技・乱れ桜――」
その揺れに、刃が滑り込む。
迅。
躊躇はない。
迷いの“余白”だけを狙うように。
桜が散る。
一撃ではない。
無数の斬撃が、思考の隙間ごと削り取る。
「――っ!!」
遅い。
気づいた時にはもう、身体が崩れている。
枯れ草のように力を失い、地面へ落ちる。
静寂。
残る一人。
「……は?」
声が出ない。
数が機能していない。
戦場が壊れている。
「……無理だ」
最後の一人が呟く。
その瞬間にはもう、判断は終わっていた。
「無理だ!こんなの!!」
踵を返す。
戦場から離れる方向へ。
背を向けた瞬間。
戦場はまだ、終わっていなかった。
残った一人が、踵を返す。
「……お願いです!!」
声が裏返る。
「華月様……!!見逃してくださ──」
「そういうの、いらないの」
ぴたりと、声が落ちる。
次の瞬間。
音はなかった。
ただ結果だけがそこに落ちる。
抵抗の意思ごと、静かに“終わる”。
沈黙。
残るのは迅・湊・蒼真・白石。
そして、男――華月。
「……貴方達も」
「成長したのね」
評価でも賞賛でもない。
ただの事実確認。
その瞬間。
背後から空気が爆ぜる。
「おい!!」
「お前やばい奴だろ!!」
ガハハ、と笑いながら。
蓮隊長――御門大河が飛び出す。
「顔見たことあるぞ!!」
「そういう奴はだいたい殴っていいやつだ!!」
理屈はない。
記憶と勢いだけ。
両手に刃を構える。
二刀。
「逃げるなよ!」
踏み込み。
次の瞬間。
地面が“抉れる”。
ドゴォォォッ!!
一撃で地形がえぐれる。
圧が爆ぜるように広がる。
「……っ」
華月の視線が一瞬だけ揺れる。
直撃はしていない。
それでも空気ごと削られたような衝撃。
「ガハハ!!逃げんなよ!!」
二撃目。
さらに深く。
地面が裂ける。
戦場そのものが“削られていく”。
「これが蓮隊長か…」
誰かの呟きすらかき消す暴力。
だが――
「我もいるぞ」
ポンの声。
ドンッ!!
衝撃が一点に刺さる。
華月の身体が揺れる。
「……っ」
初めて、動きが止まる。
再生が走る。
はずだった。
だが――
「……?」
戻らない。
「なぜだ……」
「再生が……」
声がわずかに揺れる。
理解できていない。
自分の“前提”が崩れていく。
じわりと、崩壊が始まる。
「……流石ね」
「隊長も、副隊長も」
悔しさはある。
だが評価は揺れない。
「ここまで崩せるとは思わなかったわ」
一拍。
そして、静かに続ける。
「……けど」
「ここでやられるほど、私も弱くないの」
空気が変わる。
「華技――」
「華の舞」
次の瞬間。
斬撃が嵐となって戦場を覆う。
大河が踏み込む。
「華技――蓮風!!」
風が逆流する。
斬撃と風がぶつかり合い、削り合いながら消えていく。
やがて――
静寂。
「……チッ」
大河が舌を打つ。
視線だけを一度だけ戦場に向ける。
「逃げられたか」
その言葉を最後に。
気配が消えた。
「終わった?」
湊が更地を見渡しながら呟く。
その声に、ようやく空気が緩む。
大河は二刀を肩に担いだまま笑った。
「ガハハ!何ぼーっとしてる!」
「帰るぞ!」
いつもの調子に戻る声。
戦場の重さが少しだけ薄れる。
その横で、ポンが小さく息を吐いた。
「じゃあ俺も帰るか」
軽い一言。
だがすぐに、大河の声が飛ぶ。
「いやお前は謹慎中だから留守番だぞ!」
「え」
ポンの動きが止まる。
しゅん、と肩が落ちる。
分かりやすく落ち込む姿。
「えぇ……」
その視線がゆっくりと白石へ向く。
「……白石」
「俺、帰って良いよなぁ?」
すり寄るような声。
戦場の緊張とは真逆の温度。
白石は一瞬固まる。
「え、いや……それは……」
どう返すべきか迷ったまま、視線が泳ぐ。
その隙に湊が肩をすくめる。
「……どんまい」
そう言いながら、ポンの頭に手を伸ばす。
「ほらほら、元気出せって──」
バチッ!!
「いでぇぇぇ!!」
湊が弾かれて転がる。
「おかしいだろお前!!」
大河は腹を抱えて笑っている。
「ガハハ!お前ら何やってんだ!」
場が完全に崩れた空気の中で。
白石は一拍遅れて、小さく苦笑いを浮かべた。
*
開花衆本部。
薄暗い廊下を一人の男が歩いていた。
足取りは重い。
服は裂け、全身には無数の傷。
滴った血が床を汚していく。
「おやおや」
奥から声が聞こえた。
「随分と酷くやられたようだねぇ」
そこにいたのは一人の女。
長い髪を後ろで束ね、手には酒瓶を抱えている。
顔は赤い。
どう見ても酔っていた。
華月は眉をひそめる。
「……すまねぇ、華酒」
華酒はケラケラと笑った。
「気にしない気にしない」
「ほらほら動かないよー」
「治してあげるからさぁ」
そう言いながら瓶の栓を抜く。
独特な香りが辺りに広がった。
華月が嫌そうな顔をする。
「待て」
「それは――」
だが遅い。
「よっと」
バシャァッ!!
中身が容赦なく全身へ浴びせられる。
「っっっっ!!?」
華月の身体が大きく震えた。
「てめぇぇぇ!!」
「痛ぇんだよ!!」
華酒は腹を抱えて笑う。
「はははは!!」
「効いてる効いてる!」
傷口から淡い光が漏れる。
裂けた肉が音を立てるように再生していく。
常人なら卒倒していてもおかしくない激痛。
だが確かな効果があった。
「相変わらず酷ぇ治療だな……」
華月が舌打ちする。
華酒は酒瓶を肩に担いだ。
「褒め言葉として受け取っとくよー」
「ヒック」
そして。
ふと首を傾げる。
「で?」
「誰にやられたの?」
華月は濡れた髪をかき上げた。
「……蓮の隊長と副隊長だよ」
その言葉に。
華酒は「あー……」と天井を見上げた。
「蓮かぁ」
「そりゃ災難だったねぇ」
「相変わらず頭より先に刀が飛んでくる連中だし」
「ヒック」
華月は鼻で笑う。
「特に隊長な」
「あの野郎、顔見たことあるから殴るとか言いやがった」
華酒が吹き出した。
「はははは!!」
「言いそう!!」
「めちゃくちゃ言いそう!!」
しばらく笑い続ける。
だが。
ふと華酒の目が細くなった。
「でも」
「それだけじゃないんだろ?」
華月ほどの実力者が。
ただ隊長と副隊長にやられただけで、こんな顔はしない。
華月は数秒黙り込んだ。
そして。
「……あぁ」
静かに頷く。
「面白い奴を見つけた」
華酒の口元がわずかに吊り上がる。
「へぇ?」
華月は壁にもたれながら笑った。
「あぁ」
「お前の酒に合いそうな実験材料をな」
一瞬。
華酒の動きが止まる。
そして次の瞬間。
酔った瞳の奥に別の光が宿った。
「……ほぉ?」
華月は肩をすくめる。
「やめとけ」
「今はまだ蕾だ」
「摘むには早い」
華酒は残念そうに息を吐く。
「残念」
「せっかく良い実験材料になりそうなのに」
華月は踵を返した。
「まぁ」
「これからも情報収集よろしくぅ〜」
軽い口調だった。
華酒は酒瓶を揺らしながら手を振る。
「はいはい」
「任せなさいな」
「ヒック」
華月はそのまま部屋を後にする。
足音が遠ざかる。
静寂。
華酒は酒を一口流し込んだ。
そして。
「……何の花なのかしらねぇ」
口元がゆっくりと吊り上がる。
「楽しみだねぇ」
「ヒック」
酒瓶の中で液体が揺れた。
【前書き】
仲間と共に掴んだ勝利。
だが。
新たな花は、静かに芽吹こうとしていた。




